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貴君らは水槽の脳という思考実験をご存知だろうか。
私はこの少女をやれ鬼だの、やれ死神だの疑っていたがようやく結論が出た。
こんな非現実的なことはありえない。これは何者かが私の脳に細工して何らかの実験をしているに違いないのだ。
ちゃんと記録をとっているか?科学者よ、君達の求めていたデータがとれたぞ!
私は何としてもこの仮想現実を楽しむ!!これが私の編み出した答えだ。
そのために私は、倫理のベイルを脱ぎ捨てかなり退廃的になりきれる自信がある。
「ねぇ、おじさん」
少女は無言で道を歩き続ける私に問いかけた。
「おじさん名前なんて言うの?」
いつもなら正直に答えるが、おじさんと言われ大人気もなく腹が立ったので、逆に聞き返してみた。
「私?私はダイヤ…好きに呼んでいいよ」
ならばそのままダイヤと呼ぶことにする、が…この場合、ちゃんやさんを付けるべきなのかが悩みどころだ。
いくら幼い見た目でも扱い方は立派な淑女であるべきだろう。
この辺の判断は私の女性経験の無さが悔やまれる。いや、決して伴侶ができなかった訳では無いのだ。
ただ、私の貞操観念が高すぎただけであって…そんなことは決して…
「おじさん」
いったいなんだ……ね。
「魔物が出たよ、戦って。私戦えない」
_は?
悍ましい呻き声をあげ、私にジリジリと近寄ってくる獰猛な生物。
それは、私が生涯生きてきた中で一度も見たことのない容貌だった。
私は情けない声を出して腰を抜かした。
「おじさん食べられちゃうよ?」
そんなことはわかっている、しかしただただ無力感が募るばかりで立ち上がることすら出来たもんじゃない。
その猛獣は、じろじろと近づいてくる。
あと数センチの距離に迫った時、私から発された声は命乞いの一言であった。
「お、落ち着いて話し合おう、不健康な生活を長年送ってきた私は決して美味しくなどない」
猛獣の動きが止まった。
そんなことは構わず、私は口を続けた。
「それはまるで…口の中に広がる加齢臭、謎の酸味、臭く脂の多い肉、どうだ?食べたいか?食べたくないだろう。そうだろう、な?」
なぜだか分からないが、襲ってくる気配がない。
「君のような高等な生物はもっと気高くあるべきだ、こんな不味い人間が君に対して命乞いをしているのさ。どうだ?見逃してはやれないか?君のような強者は余裕を持ち、慈悲を持ち、寛大さを持ち合わせるべきだと思わないか。私はそう思うよ、いや……まるで…風説の王のような佇まいをした君を見ていると思わずにはいられないんだ」
なにか効いているのかもしれない。
私は立ち上がり、弱虫を殺して猛獣に歩み寄った。
「さぁ、この大地を駆け巡れ。気高き野生の王よ。この世界は君の思うまま、その全ての中心は君なのだから!」
猛獣は大きく雄叫びを上げて、ソワソワしだした。
トドメに、私は右腕を大きく振りかざし、地平線を指さした。
「此方より見えるその地平に、君の輝く姿が容易く想像出来る。さぁ、行け!!走れ!!何よりも早く走りきれ!!」
猛獣は私の指さす方向に向け、一心に走り出した。
なんとも奇妙に、私は猛獣を説得することに成功したのだ!!
「すごいね、おじさん。魔物と喋れるんだ」
いや、私も驚いているのだが。意思疎通は図れていたと考えていいだろう。
「そういうことできる人が王様になれるって聞いたことがあるよ」
王?前世界で一般社員であった私には程遠い言葉だな。
「ああ、そうだった。着いたよ私の国」
周りを見渡すが……建物らしきものは見当たらない。
「これから一緒に頑張っていこうね、王様」
は?
「おじさんを我が国の新しい君主として迎えます。よろしくお願いね、王様」
話の意図が掴めない。ごっこ遊びかなにかか?
「わかんないって顔してるから説明するよ」
お、お願いします。