雨の日、傘一つ
夕日さんが家を出たのは土砂降りの雨の日だった。
俺がいつも通り、バイトから帰ると夕日さんは居なかった。
暫く待っていても、夕日さんは帰って来ない。もう1時間は経つ。よく見ると、テーブルの上にスマホが置きっぱなしだった。
そして、傘を一つ手に持って、もう一つの傘を差して外に探しに出た俺が夕日さんを見付けたのは、徒歩数分のコンビニの喫煙所だった。
「あれ、何しに来たの?」
夕日さんはのんびりと煙草を吸っていた。夕日さんは煙草を部屋では吸わない。
夕日さんが雨に降られたのは、びしょ濡れの髪から分かった。
「夕日さんこそ、何やってるんですか。出ていったの1時間以上前でしょ」
「小銭しか持ってなかったし、私には行く所なんてないからね。あったかい缶コーヒーと煙草を持って公園に行っていたら、濡れたんだ」
考えなくても分かるだろう。雨に濡れる事位。
「……嗚呼、何をしていたのか、だったね。偶にあるんだ。行き詰まって何処にも居場所が無くなる事。世界中の何処にも居場所なんてないんだ、ってね」
夕日さんの髪からぽたりぽたりと雨の雫が落ちる。
「夕日さん、帰って風呂入りましょう。風邪引きますよ」
「……帰る場所なんて…………」
「行きましょう」
夕日さんの外気で冷えた手を握ると、相合傘と言う同性同士では恥ずかしい状態で俺は家まで引っ張って行った。手に持った傘は夕日さんに渡さなかった。
夕日さんは「帰る所が出来た、のか」と呟いていた。