今日は酉の市
「酉の市だよ、酉の市。今日は酉の市。行かないなんて都民じゃないよ」
俺はバイトを休んで夕日さんと酉の市に向かう事になった。
酉の市。
都内以外では余り見掛けない祭りで、11月の酉の日に、一部の神社で商売繁盛の熊手を売っていたり屋台が出たりする。大体の年は二の酉の日まであって、三の酉の日まである年は火事が多いと言う。
酉の市で有名なのは新宿の花園神社とか、浅草の鷲神社とかだが、都内のお酉様を祀る神社なら都心から離れていてもそこそこ賑わう祭りである。
俺達は駅前の神社前で熊手なんて買わずに屋台のたこ焼きを食べて、コンビニのビールを飲んで、だるだると地元民に愛されるこじんまりとしたバーに入って、二次会(2人でも二次会と言うべきなのか?)をしていた。
夕日さんはチェーン系の居酒屋は嫌いだし、俺はビールが苦手だから、少し洒落たバーテンダーがシェイカーを振るようなバーだ。俺はカクテルの種類は夕日さんから教わった。
「夕日さん、何飲みます? 俺はディスカバリー」
「私はね、やっぱり『長いお別れ』のギムレットかなぁ」
夕日さんが此処のバーを気に入っている理由は、特別なレシピのギムレットを作ってくれるからだった。
卵黄のリキュールをジンジャーエールで割ったカクテルを飲みながら、微かなBGMをバックに静かに話すのは大人になった証拠な気がする。
「真昼君。2杯目はノチェロミルクにしなよ。なんか、こう……ハードボイルド小説の構想が……出そうで出ない……」
2杯目はテキーラサンライズにした夕日さんは、暖色のカクテルを見ながら呟いた。
「……三の酉の日に、皆燃えてしまえば良くないかい? 伏線とか面倒臭い……」
「良いんじゃないっすかね」
夕日さんが書くものを余り読んだ事はないけれど、意味なく唐突に全焼するのは夕日さんらしい。
胡桃の癖のある香りを嗅ぐと、微かに硝煙に似ている気がした。