第8話 そういうサービスもしてるんですか? その②
「とりあえず、キワーノ皇太子殿下とそのパーティーの皆様にきちんと挨拶をしてくれませんか?」
ニナは、きわめて真面目な顔で言った。
エールが眉をひそめる。
「挨拶? そんなんどうでもええやんか」
「さっき、扉をガンガンやっているところも見られていますし、あなたは店長なんですよ?」
「……ハイハイ、わかった、わかりました。挨拶したらええんやろ」
「ハイは一回。じゃ、行きましょう」
エールは、サナギに服の襟首を掴まれたまま、宙ぶらりんの状態でVIPルームの中へと入った。
(うわっ……ウチの扱い、ひどすぎ……?)
などとエールは思いもしたが、すぐに気を取り直す。そして、人差し指と中指の間に親指を挟んだ握りこぶしを高々と掲げた。
「おいーっす! 殿下、お久しブリーフッ!! ヤッてるかー? ウチはバンバン、ヤってんでー!」
「え? ああ……、どうも」
凍りつく部屋の中で、キワーノ王子は困惑した顔で会釈をした。
「すみません、少々お時間をいただけますか……」
ニナたちは、再び部屋の外へと出て行った。
「あなたは自分の店を潰したいんですか?」
ニナは、エールの両頬を力強くひねり上げた。
「いだだだだだっ……なんやねん! ウチはいつもこうやんか! こんなんイジメや、 集団リンチや!」
ニナは手を離して、
「もう、いいです。店長には何も期待しません」
「せやから、最初から王子の対応はニナに任すと言うてるやろ!」
「でも、あのパーティーじゃ、シルバーダンジョンでもクリアなんてできませんよ。それどころか骨の一、二本は覚悟してもらわないと……」
ニナは声をひそめて言った。
「そんなん、あかんあかん! 面倒くさいことになる。接待ダンジョンで気持ちよう帰ってもらったらええねん」
「どうやって?」
「スライムをいつもの五割増しにしとけ」
「いや、そんなの……ダンジョンボスはどうするんですか? 今月のシルバーはレベル18のゴーレムですよ? 間違いなく全滅するでしょう」
「ボスもスライムでええやんか」
エールは、小指で鼻クソをほじりながらそう言った。
「真面目に考えてよ! 店の評判にもかかわるし、説明しなきゃいけないのは私なんだから!」
「あのなあ、これからの時代は〝家族で楽しめるダンジョン〟も考えていかなあかんのやぞ。これくらいの事でゴチャゴチャ言うな!」
「家族って、子供と一緒にってこと? そんな無茶な……」
「あーっ! もう、うるさい! じゃあ、ギゾーさんに相談したらええやんかっ。ウチの指示や言うたら、ちょうどええ感じのダンジョンにしてくれるわ」
「ダンジョン管理部のギゾーさんですか……、そうですよね」
「それしかない。よし、決まった! せやから、もう離せって、離せーっ!!」
エールはまた手足をばたつかせてもがいた。サナギは叱られた子供のような顔になるも、やはりビクともしない。
「それと店長。私も詳細はよく聞かされてない、隠しダンジョンのことなんですが……」
「離せーっっ!!」
「妙に自信過剰のバカ……お仲間がいて、隠しダンジョンに行きかねないんですが、どうしますか?」
ニナの言葉にエールの動きが止まる。
「あかん! 隠しダンジョンは絶対にあかん!」
「それはわかってます。ドラゴンですよね? 死人を出すわけにはいきませんから」
「違う。隠しダンジョンなんかないからや」
「え? いや、でも……」
ニナは困惑した。
エールは大きく息を吐き出して、
「……やれやれ、ドラゴンなんておるわけないやんか。無茶言うたらあかんでぇ、ニナちゃん。そんなもん、誰が生け捕りにできるんやって話や。そもそもウチかて実際に見たことないし。
え、ニナは見たことあんの? すごいなあ! サナギ、アンタの先輩はドラゴン見たことあるんやって! また、休みの日にでも、見に連れて行ってもらったらええわ。
そや、ニナ! その時ついでに生け捕りにしてきてくれたら特別ボーナス出すで。な、ドラゴンボーナスやっ!」
と、盛大に煽り倒した。
ニナが猛然と、近くのパンフレットスタンドから一部を取ってくる。
「ちょっと、これ見てくださいよ。シャトー☆シロの案内パンフレットのこの部分。シルバー、ゴールド、プラチナムとダンジョン案内が続いて、その次! ここですよ、こーこっ!! いつも聞かれるたびに私もよく知らないから、噂ですとか言ってなんとかはぐらかしてるけど。パンフレットに思いっきり書いてるんですよ! 隠しダンジョンがあるって! これ作ったの、店長でしょ!? こんなの詐欺ですよ、詐欺! 」
ニナは力まかせにぐりぐりと、パンフレットをエールの顔面にこすり付けた。
「いやっ、いやあああああっ……!」
エールは悲鳴をもらした。
サナギが非難の眼差しをニナに向ける。
「ニナさん……」
「サナギもよく見てみなさい!」
エールの涙と鼻水がついた案内パンフレットを差し出されたサナギは、少しいやそうな顔をした。
パンフレットには、
--さらなる隠しダンジョンが!?
との謳い文句が踊り、あからさまにドラゴンのシルエットが描かれていた。
さらに、ドラゴンが口からボーっと吐き出している火炎が吹き出しのようになっていて、
『君の挑戦、待ってるぜ!』
と、あった。
「詐欺とか人聞きの悪いこと言うな! 隅の方にちゃんと注意書きで、ただいま準備中ですって書いてあるやろがっ!」
エールが猛抗議した。
「書いてあるような……すみあせん、私ちょっとえが悪くて」
サナギは眼鏡の奥の目を細めて見るが、とにかく字が小さくて読めない。
「サナギ、もう離していいわ」
ニナに言われて、サナギはその手を離した。
「あっ、それからもう一つ! 店長、鬼の金棒って知ってますか?」
エールにどれだけ睨みつけられようが、ニナは気にしない。
「鬼の金棒? 何やねんそれ。ニナが愛用してるイボ付きの極太バ◯ブのことか?」
「アホかっっ!!」
「アホ言うやつがアホや! お前ら、ろくな死に方せんからなっ! 覚えとけよ!」
エールは捨てセリフを吐くと、あっという間に姿を消してしまった。
「それはこっちのセリフよ」
怒りを鎮めながら、ニナは無線で呼びかける。
「テッちゃん、ニナです。私はVIPルームを少し離れるので、その間のお客様の対応をお願いします。三十分……、いや十五分! ……ありがとう、テッちゃん」
手を合わせて、ニナはサナギと一緒にダンジョン管理室へと急いだ。