第85話 シン・カイン、男の意地
ジェット元中将は、アーキラブ国内で違法にモンスターを売買したなどとして、数日のうちに逮捕された。
つながりのあったグレゴリーパーティーも同様だったが、定期的に開催されていた闇の会合にまで捜査が及ぶことはなかった。
カインは、重要参考人として複数回取り調べを受けることになったが、逮捕されることはなかった。
エール店長が狙われた今回の事件が、一応の収束を見せた後、カインはシャトー☆シロの採用面接を受けることとなった。
--先日、ニナから、
「シャトー☆シロで一緒に働かない?」
と提案を受けた。
「嘘だ」
カインは驚いてつぶやく。ニナの魅力的な身体のラインを、咎められるまで目で味わった。職種は違えど、あの時と同じような日々を過ごすことができたら、どんなに素晴らしいことか。胸が弾んだ。
面接は形式的なものに過ぎない。他の社員たちへの建前上やらないわけにもいかない、とニナからは聞かされていたのだが--
店長室で行われた面接は、正面の机にエール、その前にカインが、少し離れたところにニナとサナギがいた。
特製エナジードリンクのグラスに手を伸ばしながら、エールが言った。
「こんなグズを雇って、ウチに一体何の得があるっちゅうねん! 慈善事業でやってんちゃうんやぞ! こんなグズに払う金なんか一銭たりともありゃせんわ! こんなグズに!」
--ええっ? 聞いてた話と全然違うんですけど……。カインは混乱した。
「だいたい、どのツラ下げて、この店の敷居をまたいどんねん! お前も金に目が眩んで、ウチの命を狙ってたんやろが! それとチャペルや! お前らのせいで全壊やぞ! お前が一人で建て直すって言うんやったら雇ってやるわ……もちろん、無給でな! まあ、お前みたいなグズには到底、無理筋な話やろうけどな!」
エールは特製エナジードリンクを一気に飲み干し、「ゲプッ」とげっぷをした。
「うっ……」
漂ってきた地獄のような匂いに、カインは両手で鼻と口を覆う。
「ちょっと! 何なの、そのひどい言い方は!? だいたい、形だけの面接って約束でしょうに……」
ニナが口をはさむ。
「甘い! それが甘いっちゅうねん!」
そこで、エールが一人でくすくすと笑い出した。カインとニナを等分に見る。
「雇うでぇ……雇ったるがな……約束や。ただな……店長のウチがその気になったら、雇うんは10年20年先になることもあり得る……っていう話や!」
「はあっ?」
またニナが叫んだ。
「お前らのような冒険者は、小さい頃から格闘技や魔法やらの訓練ばっかりして、ろくに勉強しとらへんからこんなグズになるんや……わかってんねんぞ、お前らの魂胆は! シャトー☆シロは社内恋愛禁止!! そんな真似、ウチの目の黒いうちは絶対に許さへんからなっ!!」
「そんなのパワハラですっ!」
今度はサナギが怒った。エールを睨みつける。
「パワハラやと……?」
エールは、空になったグラスをイライラと指で弾いた。
「お前、誰からそんな知恵をつけられたんや? ええぞ、やったろうやないけ! 労基が怖くてダンジョン経営ができるかっちゅうねん!」
「ええっ!?」
サナギは絶句した。
ニナは勢いよくエールの前まで歩み出て、
「誰と誰が恋愛関係になるっていうのよ!」
机の上に、バンと手をついた。
「当然、お前とそこのグズや!」
そう言って、エールはカインに向かって顎をしゃくった。
「この……」
ニナは怒りの感情を必死で抑えようとしたが、
「…………」
くしゃくしゃと顔を歪めたカインが、こちらを見つめていた。
「カインも黙ってないで、何とか言ってやりなさいよ!」
ニナの言葉に合わせて、
「そうですよ、カインさん!」
後ろのサナギも頷く。
カインは心の中で頭を抱えた。
いやな状況だった。
(くそっ! どうして、こうなっちゃうんだ……ニナの事は諦めたんじゃなかったのか……冒険者は……俺はどうしたいんだ……うああああああ……)
エール店長の言う通り、俺はグズだ。何も言い返せない。だが、今回の一件で分かったことがある。
(環境は簡単には変えられない……その中で俺のベストを尽くすことだ)
カインは、よくセットされた金髪を逆立てた。
「ああ、嫌だ嫌だ! こんなブラック企業はこっちから願い下げだ! 店長のパワハラの問題を週刊誌に売ってやろうか!」
「………っ!」
いきなり怒鳴りつけられたエールは、あわあわと何か言い返そうとするも、カインはそれを黙殺、ニナを見据えて言葉を続けた。
「お前もあんまり彼女ヅラすんなよ! それとも母親ヅラか? 俺の方が全然、年上なのに! だいたい同じ職場に元カノがいて、しかも上司って……どんな拷問だよ!」
「ど、どうしたの?」
狼狽えるニナのこめかみが、ピキピキと動いた。だが、カインは止まらなかった。
「そこのおっぱい! 勤務中にそんな暴力的なものを見せられたら、自動的に触ってしまう恐れがあります……よって、採用されたら1日1回--いや、1日3回毎食ごとに触らせてもらってもよろしいか?」
「カインさんっ!!」
サナギが腹立たしげに、胸の前で拳を握りしめた。
サナギのパワーを知っているカインは、少したじろいだ。
「このボケェ!! どうなるか分かってんやろうなっ!?」
エールが肩を怒らせて、椅子から立ち上がる。
もはや、失うものがないカインの行動は、堂々としていた。それぞれの怒りの表情を見せる三人を眺めて、
「じゃあ、またなっ!」
と身を翻した。
「ちょ、ちょっと待って! カインッ!」
ニナの制止を振り切って、カインは弾けるように部屋から飛び出した。
カインは--、全力ダッシュで逃げた。
急いでシャトー☆シロを出て、ちらっと後ろを振り返る。誰も追ってこないことを確かめると、走るスピードをゆるめた。
「やれやれ。冒険者ギルドに行くか」
カインは顎を伝う汗を拭ってぼやく。
「……そういえば、今は彼氏がいるのか聞いてなかったな」
かすかに心が引かれたが、走るのをやめることはなかった。
また数年後、気持ちが変わってなければ、その時は--。
(第三部 了)
これにて一区切りとなります。また少し書き溜めてから再開します。よろしければ評価・感想をお願いします。