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ダンジョンで接客業をしているが、職場がまさに戦場でしんどい。  作者: 森口デコ
パーティーをクビになりそうでしんどい
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第82話 魔曲

 エールは見た目は小学生だが、自称五百十四歳なので、先に赤ワインを頼んだ。

 合唱やバンド演奏などもできそうなステージがある広々とした食堂で、エールと吸血鬼は丸テーブルに向かい合わせに座っていた。


「料理は適当で良いな……」


 吸血鬼が短く言った。


「それではすぐにお待ちします」


 給仕係が挨拶をして、その場から姿を消した。


「あのおっさんは来えへんのか?」


 とエールはもう手酌で飲んでいた。


「中将はここでは食事はしない……」


「へえ」


 吸血鬼が身じろぎすると、血と硝煙の匂いの他に、凶々(まがまが)しい悪意が漂ってきた。エールは敏感にそれを嗅ぎ取るが、無言でグラスをあおった。

 エールが早くもボトルを空にすると、吸血鬼が新しいボトルの栓を抜いた。


「まあ、あんたも飲みや」


 替わって、エールが吸血鬼のグラスに注いでやる。

 話がはずむはずもなく、はたから見れば、ミニスカメイドの少女と軍服を着た白髭の老夫が一緒にお酒を飲んでいるという異様な光景である。


「生まれはどこだ……?」


 吸血鬼はワインを少しだけ口に含んだ。


「忘れた」


 エールは、面白くなさそうに長い銀髪を手ぐしで直す。


「ていうか、もう五百年以上前の話やからな、興味ない」


「…………」


 吸血鬼の表情がかすかに柔らかくなった。しかし、エールは窓の外を眺めていたので、それに気がつかなかった。


「舌平目の白ワイン蒸しに骨つきローストキチン、トリュフとフォワグラのパイ包みのスープでございます」


 料理を運んできた給仕係が、どちらにともなく声をかけた。


 エールはローストキチンにむしゃぶりつきながら、


「夜中にこんなに食ったら太るで--て、あんたの分は?」


 吸血鬼の顔を見た。


「この年だ……食が細くてな……」


「消化のええもん食わなあかんで」


 エールは意味ありげにニヤリと笑った。

 給仕係が不思議そうな顔をして、奥へと引っ込む。おじいちゃんとその孫にでも見えたのかもしれない。

 エールはスプーンを使ってパイを崩し、ズルズルと音を立ててスープを(すす)った。

 吸血鬼は無表情で、それを眺めている。


「蛇のお嬢ちゃん……」


「なんやそれ」


 エールが顔を上げずに答えた。


「儂も少し楽しみにしていた……」


「何が?」


「こちらの世界で同胞に会うのは、初めてなのでな……」


「……同胞?」


 エールはココット皿に顔を埋めたまま、吹き出しそうになる。


「正体を見せるのは嫌か……?」


 吸血鬼の視線の虚さは、まるで死人のようだった。


「いや、その前にあんたと一緒にせんといてくれるか」


 エールが苦笑しながら答えると、吸血鬼は沈黙した。

 言う通りにしなければ殺すつもりなのか、そうではないのか。吸血鬼の表情からは窺い知ることはできない。ジェット元中将の意のままに動くと聞いていたが、案外そうではないのかもしれない。

 同胞などと言って、謎の親近感を抱かれているのは事実だ。

 軍人気質ぐんじんかたぎというか、昔気質というか。浪花節とか好きそうだ。今の時代には極めて珍しい。だからこそ、()()だ。


 長い沈黙のあと、吸血鬼の真っ白な口髭がふっと動いた。


「中将に抗うつもりで来たのか……」


「そうや」


 エールは出された料理を全て平らげた。皿に残ったソースをぺろぺろと舐める。


「中将はお前にひどく御執心だ……」


「せやからって、あんたのように飼い犬にはなれんな」


「だとすれば、儂に食われることになる……」


 吸血鬼はあっさりと冷たく言い放つ。


「はぁ。ウチは美味しいんやろか」


「さて……」


 何を考えているのか、吸血鬼の(まぶた)がぴくぴくと痙攣した。


「ウチとしても、食べられたくはないけどな」 


 やはり、吸血鬼(こいつ)をどうにかしないことには、ジェット元中将を倒すのは無理だ、とエールは思った。


「ホンマにたいした忠誠心や。子供の死を看取ってくれたというだけで、普通そこまでするか?」


「出来の悪い次男坊でな……」


 吸血鬼は、にっと口元に凄惨な笑みを浮かべた。


「………」


 反射的に、エールは攻撃をしそうになった--

 しかし、ちょうど給仕係が近づいてきたので、それを踏みとどまることができた。

 吸血鬼は立ち上がり、給仕係からヴァイオリンを受け取った。


「音楽はどうだ……?」


「好きやで。昔、流しのギター弾きをやってたことがある」


「〝ロブ・ポイズンベリー〟、故郷の曲だ……」


 ヴァイオリンを構え、弾き始めた。

 不審げなエールを気にすることなく、吸血鬼は演奏を続ける。とらえどころのないアルカイックスマイルのような音色。獣のようなビブラート。それはエールが聞いたことのない曲だった。初めて聞く曲のはずなのに、鳥肌が立ち涙が止まらなかった。


 吸血鬼の声が「どうした……?」「懐かしいのか……?」と、多彩な響きとなってエールに問いかけてきた。


 エールはふるふると首を振って、涙を拭く。なぜだか分からないが、心の奥底が揺さぶられて仕方がなかった。

 吸血鬼は目に異様な光を宿らせ、


「この曲は、死者を蘇らせる〝魔曲〟の異名を持つ……」


 と悪魔の表情を露わにして演奏した。

 ぼうっとなっていたエールは、大きく目をみはる。


「…………!」


 ヴァイオリンの音色が、今はまるで警鐘のように聞こえた--かつて生きていた者たちが、部屋中のいたるところから床を突き破り、這い出てきた。


「アンデッド……」


 エールがびくっと椅子から立ち上がる。と--

 アンデッド達が、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! と、凶悪な唸り声を上げエールに殺到し、押さえつける。


「……卑怯やぞ……卑怯やぞ! このクソジジイッ!!」


 またしても捕らえられてしまったエールは、ショックを隠せなかった。


「責任を果たしたまで……」


 吸血鬼の言葉は、実直で真面目だった。

 --いや。

 吸血鬼の音楽や、その存在に、エールは少なからず惹きつけられていたのだ。

 エールは胸を(えぐ)られるような痛みを覚えた。


 ややあって、ジェット元中将が姿を現した。ちらりとエールを見やる。


「蛇になってないな」


甲斐(かい)なく……」


 吸血鬼はゆっくりとヴァイオリンを置き、目を伏せた。


「タイムオーバーだ。このまま連れて行く。」


「御意……」


 ジェット元中将と吸血鬼は、アンデッド達に拘束されたエールを伴い、部屋を出る。

 そのときだった。後から邸内に侵入していたニナとカインが、それぞれ柱の陰に隠れる。

 ジェット元中将が先に立って、白い壁に囲まれた廊下を早足で行く。


 邸宅の中は、無駄に部屋数も多く、地図を用意してくれないと困るくらいである。

 ジェット元中将の後には、ぞろぞろとアンデッド達が大名行列のように付き従っており、その中にエールの姿も見えた。

 ニナは慌てるが、この数をまともに相手にしていたらひとたまりもない。デザートイーグルに、アンデッド用の銀の弾丸を装弾し、後を追う。


 カインに目配せをして、ニナが前に出ると、床下からアンデッドが出現して襲いかかってきた。

 ニナははっと息を呑むが、回し蹴りでアンデッドを手近な部屋に叩き込む。

 そのまま、馬乗りになって発砲。アンデッドの頭を吹き飛ばした。


「ああ、弾丸を節約しないといけないんだけど……」


 案の定、銃声に反応したアンデッド達が、次々とこちらに向かってきた。

 カインもアンデッドの弱点である火炎(ファイア)剣で応戦する--二人は、アンデッド達をできるだけ迅速に処理しながら、エール達を追いかける。


「…………」


 吸血鬼は一度後ろを振り返ると、また前を向いた。後方のせめぎ合いを無視するように、玄関ホールを通り、外へと出る。

 エールを囲むアンデッド達の輪の中から、先にジェット元中将と吸血鬼が前に出た。


夢の竜息ドリームオブドラゴンブレス!!」


 絶妙なタイミングで、ジーンの魔法が割って入った。

 燃えさかる業火が、アンデッド達を問答無用で消し炭にすると、吸血鬼がジェット元中将を抱き抱えて、飛び上がりかわす。

 ジーンが石塀の上から狙いを定めて、アンデッドを焼き尽くす。

 だが、何せ数が多い。下からアンデッドがよじ登ってきている。


「くそっ……キリがない!」


 アンデッド達を引き連れて、ジーンが慌てふためいて石塀から下りる。

 その間に、アンデッドを蹴散らしグレゴリーがエールに接近、その後にトロイとサナギが続く。


 エールの周りを埋め尽くすように、アンデッドが待ち構えていた。

 サナギを先に行かせると、トロイは風刃魔法(テンペスト)を、迫るアンデッドに怒涛の勢いで連発した。

 猪突猛進、サナギがエールを拘束していたアンデッドに拳をふるう。アンデッド達は跡形もなく爆散してしまった。


「乱暴やなあ」


 解放されたエールが、のびやかに腕を回す。


「無事で良かった、店長!」


 サナギは安堵のあまり、ぱっとエールに抱きついた。

 エールはばつが悪そうな顔をして、


「なんやねんな……ほら食うか?」


 エプロンドレスのポケットから、白いものを取り出した。


「--なんですか、それ?」


 サナギは首を傾げた。


「ローストキチンの骨。後でしゃぶろうと思ってたんや」


「いりません」


 サナギは断言した。

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