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ダンジョンで接客業をしているが、職場がまさに戦場でしんどい。  作者: 森口デコ
パーティーをクビになりそうでしんどい
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第81話 エールと吸血鬼

 人気(ひとけ)のなくなった深夜、国内有数の邸宅から、一台の高級車が出庫しようとしていた。その進路を塞ぐように、小さな人影が飛び出してきたので、車は急停止した。

 後部座席の窓がゆっくりと開き、元陸軍中将で実業家のジェット・アンサンブルが、憮然とした顔を覗かせた。


「なんだ、お前は?」


 ジェット元中将は、車の前で両手を広げるエールを睨みつけた。

 深く刻まれたシワに、無骨な目鼻立ち。押し出しの良い、よく通る声だ。

 エールは、にこにこと笑っている。


「お待たせ、エールたんが来たよ!」


「ああ、シャトー☆シロの--」


 ジェット元中将が言ったところで、グレゴリー、トロイ、ジーンが慌てて前に出てきた。


「中将、これからパーティー会場へ?」


 グレゴリーは長い顎ひげを整えながら、尋ねた。

 ジェット元中将が苦笑する。


「そうだ。間に合わないと聞いていたのでな」


「ご依頼通り、ターゲットを捕獲して参った」


「捕獲? これがか?」


「左様」


 グレゴリーはにやりと笑って言った。


「…………」


 ジェット元中将が黙っていると、


「これからパーティーやって? ウチも一緒に行こ!」


 エールが勝手に後部座席のドアを開けて、ジェット元中将の隣に飛び乗って来た。


「あんたの愛玩動物(ペット)になったらええんやろ?」


 そう言って、ウインクをして見せた。

 ジェット元中将は訝しげな顔をしながらも、


「……車を戻せ」


 と、運転手に指示を出した。

 車がエールを乗せたまま、大きな門の中へと帰って行く。

 物陰に隠れていたニナとサナギ、さらにはカインが、グレゴリー達の前に姿を現した。


「私兵くらいいるのかと思ったけど、見張り役さえいないみたい」


 ニナは周囲を見渡して言った。

 グレゴリーが頷き、


「それだけ、吸血鬼の力を信頼しているということです」


「たいしたものね」


 ニナは呆れたような顔をする。


「それにしても、あのアホ店長はどういうつもりなのかしら。自分が狙われてるってことを忘れてんじゃないの?」


「…………」


 誰も何も言わなかった。


 ジェット元中将の邸宅は、山の手にある高級住宅街から少し離れたところにあった。

 白を基調とした石造りのゴシック建築で、広々とした庭には噴水があり、その周りを樹林が囲っていた。

 

 エールは執務室に通された。部屋の中を見て回る。

 ドラゴンの頭部の剥製にフェンリルの毛皮の敷物など、これまでに収集した品々が無造作に配置されていた。金持ちの道楽もここに極まれりと言ったところである。

 ゆったりと椅子に背中をあずけたジェット元中将が静かに口を開いた。


「お前が、昔話の〝真紅の鳥〟に登場する少女で間違いないな?」


「そうやで!」


 嬉々としてエールが答える。エールにしてみれば、特に隠していることではなく、それどころか自分から言いふらしているほどだった。ほとんどが聞き流され、たまに信じてもらえたと思ったら、今回のように不本意な事態になるのが常であった。


「ならば、大蛇に変化してもらおうか。でかけりゃ良いというものではないぞ。見せ物としてちょうどいいサイズというものがある。モンスター収集家界隈の歴史は浅いが、求められる要件は日々上がってきているのだ」


 ジェット元中将が偉そうに自分勝手なことを言う。


「いや、ちょっと待てや……」

 

 エールは、もうブチ◯してやろうかと思った。しかし、〝吸血鬼〟の存在が気にかかる。


「どうした早くせい! 俺もガキの頃にその昔話は読んだことがあるし、お前のために時間も金も使っているのだ--」


「おいおい、おっさん。どう生きてきたら、そこまで傲慢になれるんや」

 

 エールは怒りに我を忘れそうになるが、ジェット元中将は、そしらね顔で喋り続けた。


「はした金とはいえ、それに見合ったものを見せてくれんとな!」


「ウチは人間や!」


 モンスター売買のことはひとまずどうでもいい。やめろと言ったところで、聞く耳を持つようなヤツではないだろう。だが、どうにも我慢がならない。エールは、自分の言っていることの矛盾に気がつかなかった。


「ちょっと変わってるだけで--」


「なんだと?」


 エールをさえぎって、ジェット元中将の顔色が変わった。


「残念やけど、ウチはもう大蛇にはならへんって決めてるんや。たとえ、殺されたとしてもな!」


「貴様ぁっ!!」


「まあ、待て。中将……」


 突然、背後から声がしたので、エールは驚いた。振り返ると、白い髭をたくわえた老夫が気だるそうに立っている。まっすぐに目があった。赤い目をしていた。

 自分を人間だと言いつつも、エールは戦闘において絶対的な自信を持っていた。こうも簡単に後ろを取られるとは夢にも思わなかった。


「吸血鬼やな?」


 エールがうろたえて半歩下がると、吸血鬼は「ああ……」とため息のような声を出した。


「なんやねん。寝てんのか?」


 吸血鬼が身につけている小汚い軍帽や軍服を見て、エールは顔を歪める。


「いや……」


 吸血鬼はちらりとジェット元中将に視線を向けた。ジェット元中将は、ゆっくりと葉巻に火をつける。そして、左手首の腕時計を見た。


「なんやねん。舐めてんのか?」


 エールは緊張していた。


「お嬢ちゃん……」


 吸血鬼は前に立つエールをするりとかわして、部屋の外へと促した。


「一緒に食事でもどうかね……」


 小汚い軍服から硝煙と血の匂いが漂ってきた。

 普段なら、こんなジジイからの誘いは秒で断るところだが、そうはしなかった。


「なんやねん」


 怪しみながら、エールはふふんと鼻で笑った。

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