第79話 カイン、男の意地
カインは間合いをとって、長剣を構えた。
「…………」
ちらりと周りを確認する。
すっかりボロボロになったサナギと、その隣にはトロイが冷淡な目で、こちらの戦況を見つめていた。その奥では、ニナがジーンと苦しい戦闘を続けている。
前方、グレゴリーが落ち着いた態度で間合いを詰めてくる。
カインはジリジリと後退をしつつ、考えた。
(剣術ではグレゴリーに勝つことはできない)
(光の剣を、なんとか止めることができないだろうか?)
(あの予測不可能な動き。あれをどうにかしないことには……俺に勝ち目はない)
「エクセレント・ソード!」
グレゴリーの手より、ひとすじの光が放たれるや否や、カインの死角から光の剣が大きく旋回してきた。
「うおっ!?」
必死に長剣を振るい、カインが受け止めると、
「それっ!!」
今度は正面から、グレゴリーが猛烈な勢いで斬りつけてきた。
ざっくりと左頬を斬られたカインはよろめきながらも、懐に忍ばせていたデザートイーグルのトリガーを引いた。
「これなら、どうだ!」
思いもよらぬ奇襲であるはずだった。が、
グレゴリーは疾風のごとく飛び退がり、弾丸を回避する!
「……考えるんだ……考えろ、何か手はあるはずだ……」
グレゴリーの周囲を旋回する光の軌跡を、切り裂かれた頬を押さえて、カインはつぶやく。
早くも体勢を立て直したグレゴリーが、その言葉に反応した。
「悪いが、実力差はいかんともしがたいものです」
「いや。俺は諦めが悪いんで」
カインは両手で長剣とデザートイーグルを構える。
「この銃が、その証拠です」
「なるほど」
グレゴリーが光の剣を持ち直した。
「……だから、全てが中途半端になるんですよ」
するする、と前に進み出る。
「あなたこそ、応援をしてくれるたくさんの人たちに申し訳ないと思わないんですか?」
カインの声がグレゴリーに届いたかどうかは定かではない。
カインは、デザートイーグルを発砲した。
素早く反応したグレゴリーが銃弾をかわした。その手に持つ光の剣がキラリと輝く。
グレゴリーはカインの腹へ、勝負を決める一撃を突き立てる。
「ぐうっ……」
倒れこむカインは強引に、グレゴリーの頭を脇に抱え込んだ。
しかし、そうする事によって、光の剣がカインの身体をより深く刺し貫く。
ゴフッと血を吐いたカインがグレゴリーの首を締め上げる。捨て身の戦法だった。
「何をしてるの、カイン! そんなことをしたら……!」
ニナは思わずグレゴリーに向かって、銃を構えた。
その隙を逃さず、ジーンの上位魔法〝火龍の牙〟の業火がニナを襲う。
「魔法鏡!」
慌てたニナは反射魔法を使って、激しい炎に耐えようとした。が、体力がもたなかった。
「くっ……」
ニナは必死で跳躍した。
右脚を焼かれるも、ニナは倒れなかった。なんとか踏みとどまり、追撃に備えた。
「…………」
だが、ジーンは呆然とグレゴリー達の方を見ている。
つられるようにして、ニナも首をめぐらせた。目を背けたくなるような光景だった。
カインは、腹の底から込み上げてくる血を飲み下し、力まかせに締め上げる。
グレゴリーの首が、みしっと音を立てた。
「中途半端な」
「俺は」
「全て」
「捨てるしかない」
言葉が、途切れとぎれにしか出てこない。
「……そう、好きなものにどれだけ体を張れるかということが大事です」
カインを刺し貫く光の剣に手をかけながら、グレゴリーが言った。
びくりと緊張したカインが、しかし落ち着いた口調で答えた。
「離しはしない--」
顔面蒼白となったグレゴリーの腕が、だらりと垂れ下がる。
続いて、カインが前のめりに倒れると、ニナ達は騒然となった。
「…………!!」
「あっ……」
一同がカインとグレゴリーのまわりを囲む。予想だにしない結果に、殺気走った空気が張り詰めた。
絞め落とされたグレゴリーの上に、カインが横たわっている。意識はあるが、誰の目から見ても、命がぼやけているのは明らかだ。
「早く、回復魔法をっ!!」
ニナは、トロイに向かって叫んだ。
しかし、トロイは動かない。勝負に負けた事を認められないのだ。
ニナは恐る恐る、カインに回復魔法を施した。息が荒い。光の剣が深く刺さった腹部から、血がとめどなく溢れ出していた。
「だめ……私の魔法じゃどうにもならない」
ニナはカインの顔を覗き込んだ。
「か、勝った……ぞ」
カインは、なんとか笑おうとする。
誰か、助けて--。
ニナは両手で顔を覆った。切羽詰まった状況の中で言葉もすぐに出てこない。
「お前らの負けや」
「…………!」
ニナ達は驚いて振り返った。
そこには、封印を解かれたエールが立っていた。
「ウチが自由になってるんが、何よりの証拠や」
そう言われて、トロイはようやく返事をした。
「そう。そうなるな」
「約束を破るつもりやないやろうな」
「そんなことはない」
トロイは素直に答えた。少し冷静さを取り戻せたようだった。
「早う治療したらんかい」
エールが厳しい口調で言う。
ニナを押し退けて、トロイがカインに刺さった光の剣を掴んだ。
「何を……」
口を開きかけたニナを黙殺して、トロイは、
「俺が助けることを想定していたのか?」
「…………」
言われたカインは、大きく息を吸い込んだ。
そんなことは考えてなかった、と言えば嘘になる。だが、なぜだろう。死ぬことにあまり恐怖を感じなかった。むしろ、清々しいくらいに頭は冴えていた。今なら、ニナにも勝てるんじゃないかと思えるほどだった。
トロイが光の剣を一気に引き抜くと、カインは食いしばった歯の間から、うめき声を漏らした。
「不撓不屈!」
トロイが上位の回復魔法を唱えた。
カインの状態は、みるみるうちに持ち直した。身体中の細胞が競い合うように傷口を塞いでいくような感覚。その感覚は、これまでに何度もカインは経験している。
「大丈夫か?」
トロイが聞いた。
「す……すまない」
立ち上がろうとしたカインは、腹部に鋭い痛みを感じて、手で押さえた。
「分かっているとは思うが、いくら上位の回復魔法とはいえ、そこまで万能じゃない」
「ああ……」
カインの顔が脂汗で濡れている。
トロイは、「ほら」と言ってカインに肩を貸した。
ニナの身体から力が抜ける。
「カイン……!」
最悪の事態を考えてしまっていたニナは、ほっと息を吐いた。
「このクソボケがっ」
その時、エールが気絶しているグレゴリーの顔面を蹴り上げた。
「な、何やってんだ!?」
トロイがいきり立って声を上げると、
「あ? それはこっちのセリフや」
それに対するエールのドスの効いた声が、グレゴリーの頭上で響いた。
「……え?」
グレゴリーが意識を取り戻し、はっと顔を上げる。状況を把握すると、その場に座り直した。
カインに締め上げられた首だけでなく、顔の右側がズキズキと痛むのは、エールに蹴られたせいだと気づいたのは、その後の事だった。
「まあ……、我々の負けです」
グレゴリーは長い顎ひげを指先で整えた。
「エール店長の件は諦めましょう。残念ではありますが」
普段と変わらぬ口調で言う。
「お前、そんなんで済むと思ってんのかっ!」
「ちょ、ちょっと」
「あ、あって下さい」
青筋を立てて掴みかからんとするエールを、ニナとサナギが羽交い締めにした。
「気持ちは分かるけど、一度落ち着いて」
「もう、二、三発殴らせんかい!」
エールが怒鳴り散らす。怒りは収まりそうになかった。
そこで、ニナは戸惑いながら、グレゴリーを見る。とても悲しそうな顔をしていた。
トップ冒険者として活躍してきたグレゴリーが、初めての敗北に打ちひしがれているのだと思った。違法行為に手を染めてしまったことを後悔していることだろう。
「もう、お終いよ……」
ずっと立ち尽くしていたジーンが言った。
ニナが振り返る。
「何を言ってるの。まだ、やり直せるでしょう?」
ニナは応えながら、ひやりとする。今、ジーンが抱いている負の感情が伝わってきたからだ。
後悔というものではない。もっと本能的な、絶望に近いものだった。
「化け物に食べられるなんて、あり得ない。そんなのあり得ない」
ジーンの声は震え、胸の前で魔法の杖をぎゅっと握りしめていた。
「化け物?」
「そんなのは嫌よ。私達は高貴な死を選ぶ」
「バカ言わないで」
しかし、ニナが言うより早く、ジーンは両手を天に掲げて呪文を唱えていた。
「逃げなさい」
「召喚魔法……あなた、一体!?」
「審判の暗黒星〝ユゴス〟よ」
ジーンが吐き出した。
「あ……」
ニナは頭上を見上げた。
ゴーッと大きな衝撃があって、チャペルの屋根が吹き飛んだ。
--奈落の底とは、きっとこんな感じだろう。
ニナは暗黒星を見上げて、これは破滅の召喚魔法だということにやっと頭が追いついた。