第78話 サナギの力
ニナが接近戦で押されている。あまり見たことがない光景に、サナギを不安が襲った。
手槍を構えたトロイが、サナギに向かって顎をしゃくる。
「今、俺たちのパーティーは席が一つ空いている」
「えっ?」
「これはお前の採用試験だ」
「…………」
サナギは苛立つ。何様のつもりだろうか。
「皆が俺の言うことを信じてくれないんだよ。まあ、お前が充分な力を見せるまで、カインがもってくれりゃあ良いけどな」
言われたサナギは、大きく息を吸い込んだ。
トロイに向かって走った。頭から突っ込んで行く。
「まるで……牛だな!」
トロイはひらりと身を躱し、上段に構えた手槍をサナギの頭に叩きつけた。眼鏡が吹っ飛んでいく。さらに手槍を横になぎ払おうとしたとき--、
ガシッ! と手槍をサナギにつかまれた。
「……さっきから……手加減をしてるんですか?」
慌てるトロイをじっと睨みつけて、サナギが呟く。
サナギは力任せに手槍を奪うと、自分の膝に叩きつけ、真っ二つにへし折った。
「……お前、本当に何者なんだ?」
生身で見せる圧倒的なパワー。動きは素人臭さが拭えないが、異様な迫力がある。
トロイは少したじろいだ。
手槍を投げ捨てて、再びサナギが頭から突っ込んでくる。
「……返り討ちだ!」
トロイはサナギに向かって、誘眠魔法を放つ。
もう少しのところで、サナギの身体がぐらりと傾く。
「さあ、どうする? 眠ったら、ほぼ負けは確定だぞ!」
「くそっ……」
サナギは動けなくなる前に、自分の顔を殴りつけ、懸命に朦朧とした意識を叩き起こそうとした。
トロイがジリジリと後退して言う。
「そういう問題じゃないんだがな。魔法耐性は無いに等しいくせに、どうして眠らない!」
サナギは頭を振った。確かに、私には上位魔法をはね返すことなんかできないはず……これは、鬼の力だろう。人を相手に鬼の金棒を使うことは避けたいが、そんな余裕があるだろうか--
サナギはトロイめがけて突進する。
トロイが、
「誘眠魔法!」
を重ねがけした。
ガツンと脳を揺さぶられる。
倒れ込むサナギが見たのは、いつも見ている地獄の底のような闇だった。
「うぐえっ……!」
サナギは嘔吐した。
私は本当にモンスターなのかもしれない、だが……
雨の日に、エールと初めて出会った時の光景が浮かぶ。
立ち上がり、ハッと息を呑むトロイに強烈なぶちかまし! トロイの身体が、糸の切れた凧のように吹っ飛んで行き、壁に激突した。
「おおおらああっ!」
勢いに乗ったサナギは、そのままグレゴリーに殴りかかった。
それを見たグレゴリーが、サナギの顔へ短剣を投げつけた。
サナギはぎりぎりのところで反応し、倒れ込むように、これを躱した。
「私に盾ついたのだ。覚悟はよいな……!」
グレゴリーは光の剣を振りかぶった。
冷たく光るサナギの青い目を見て、息を呑んだ。心臓の鼓動が激しくなる。
初めて吸血鬼と出会った時の事が思い起こされた。
この世の全てが黒一色となり、大地が消えた。
グレゴリーの身体が、ぐらりとバランスを崩す。
「おおっ?」
なんとか踏みとどまって、顔を上げると、サナギが物も言わずに、長椅子を振り回してきた。
「こい……つは」
矢のように飛び下がったグレゴリーは、長椅子を真っ二つに切り払う。
だが、息つく暇もない。
片手でさらに長椅子を掴んだサナギが、間合いを詰めて叩きつけてきた。
「むう……」
グレゴリーは怯んだ。
一気に攻勢に出るサナギの背後から、
「閃光魔法!!」
トロイが無属性の攻撃魔法を発動する。火線が空中を走った。
「がっ……!」
サナギの背中で爆ぜるような音がして、火の粉が散った。
もんどりうって、サナギが転倒した。
「おい、しっかりしろ!」
ようやく立ち上がったカインが、サナギの元に駆け寄る。
「だ……大丈うです」
やや青ざめた顔のサナギが、震える声で応えた。四つん這いの状態で長い息を吐く。
「かなり強力な魔法だ。動かないで」
サナギの背中に、カインは回復魔法を施した。
応急処置にしかならない。
「しかし……」
サナギの顔が苦痛に歪む。
カインはぎゅっと剣の柄を握り締める。
「あとは、俺に--」
「まかせろ、ですか。それが良いでしょう。女性二人におんぶに抱っこでは、あまりにも情けないというもの」
グレゴリーはカインをぐっと見据えて、言った。
「…………」
カインは何か言い返そうとしたが、下を向いてしまう。
グレゴリーは、視線をすっとトロイの方に滑らせる。
「手出しはしないように」
「はい」
トロイが答えた。
カインは、そこでグレゴリーと顔を見合わせた。
ニナは、ジーンから受けた傷をさすり、額から流れる汗を拭った。サナギにカインの手助けは、もう期待できなさそうだ。
だが、ニナも同じようにずっと苦戦している。
「迷ってる暇は……」
この戦いの勝負所を、ニナは測りかねていた。
「わからない」
ニナを見つめていたジーンが、ゆっくりと口を開いた。
ニナが銃を構え直す。
「なぜ、あなたはトライアルダンジョンのスタッフなんかをしてるの?」
「は……」
ニナはまず、腹立たしい気持ちになった。どうして、そのような上から目線なのか。冒険者の中には、自分達が世界を変えているんだと思っている者が少なくない。
ジーンが言葉を続けた。
「あなたは、まだ奥の手を隠している」
「何の話……?」
「ぐずぐずしてると、カインがやられちゃうわよ」
ニナの表情がわずかに乱れるのを見て、ジーンは楽しそうに笑った。
「…………」
ニナは緊張した。ジーンの目を見る。〝天語〟の存在を知っているのか、ジーンは、準備時間のかかる上位魔法を使おうとしない。
ニナはジーンの魔法水晶に〝天語〟は通用するのだろうか、と考えあぐねていた。もし通用しなかったら、カインより先にニナが負けを認めなければならない事態になりかねないからだ。