第75話 襲撃のエクセレント・ペガサス
複数人の足音が、店長室の前で立ち止まった。
明らかに身動きをする気配があるが、ドアを開けて中へ入ってこようとしない。
「……?」
サナギは掃除機を部屋の隅に片づけて、ドアに駆け寄った。
ゆっくりとドアを開けると、視界を手槍が横切る。一瞬の後、サナギははっと身体を引いた。
「--お前か。悪く思うな」
トロイが、有無を言わさず手槍を刺し込んできた。
サナギがわずかに斬られた腕をかばうと、
「誘眠魔法!」
トロイが上位魔法を使ってきた。
「なっ……?」
思いがけないことばかりの中で、サナギは混濁する意識と必死で格闘した。
その様子を見て、トロイは驚いた。
どうして眠らない? 魔法発動に失敗したのか? トロイは強引にサナギを蹴り飛ばした。
「ぐっ……」
サナギは後方に仰向けに倒れた。
「グレゴリーさん、後はターゲットだけです!」
トロイが呼び込む。
グレゴリーはすでに得物である光の剣を抜き、部屋の中へと駆けていた。
「なんやなんや……!?」
エールは受話器を握ったまま、慌てふためいた。
落ちていた〝勇者ポールくん〟人形を踏んづけてエールが転倒したとき、グレゴリーの光の剣がエールのデスクを眩い輝きと共に一刀両断した。
運良く難を逃れたエールが、わちゃわちゃと逃げ惑う。
仕損じたとみるや、トロイは〝風刃魔法〟をエールに向かって放った。
真空の刃が竜巻のようになって、エールに襲いかかる。
「わわわっ……!」
エールの悲鳴と血飛沫が部屋中に飛び散った。
サナギが倒れたまま、トロイの足首を掴む。そのまま片手で大きく放り投げる。
「何っ!?」
トロイは顔面から本棚に激突した。
エールは片膝をつき、
「どういうつもりや? お前ら」
うめくように尋ねると、答えがわりにグレゴリーが光の剣でするりと斬りつける。
ゆったりとした動きから放たれた鋭い光の軌跡は、エールが盾にした椅子や柱を豆腐のように切り裂いた。
「ああっ」
エールはぎょっとして、飛び退がる。
「くそがっ! こんな狭い部屋の中で何をしてくれてんねん!」
障害物をまったく気にする様子もなく、グレゴリーがひょいひょいと光の剣を振るう。
エールを部屋ごと殺るつもりなのかと疑うほどの強烈さだった。だが、エールはこの斬撃を全て紙一重でかわす。
「さっき、片付けが終わったとこやぞ……!」
エールは、剣を上段に振りかぶったグレゴリーの懐に一気に飛び込んだ。
ずっと後方に控えていたジーンの魔法の杖から、
「時間魔法!」
が、エールに向かって発せられた。
感電したように硬直したエールへ、グレゴリーは柄頭を振り下ろす。
「う……」
後頭部に重い衝撃を受け、エールの身体がふらついた。
「--例え神とて、我が前に神妙にせよ!」
剣を鞘に納めたグレゴリーが両手で大きな弧を描く。空中に発生した五本の光の刃が、エールの両腕と両脚、さらには首を貫いた。
「ぐっ、ぐぐ……」
怒り狂っても、エールは身動き一つすることができなくなってしまった。痛みはないが、身体に刺さった光の刃から、力が抜け出ているような感覚がある。
「店長っ!!」
サナギが驚いて起きあがろうとした時、
「大人しくしてろっ!」
トロイが、手槍の柄をサナギの背中に打ち込んだ。
「う……」
再び、前のめりに倒れるサナギ。
「ジーンの魔法は、わずかコンマ4秒の時間停止ですが、戦闘時においては致命傷です。どうです? エール店長。正体を現した方がよろしいかと」
グレゴリーの目的は、エールのモンスター状態での捕獲である。エールは苦々しく思った。
「……。何や、お前も金かいな」
「まあ、そうです」
「残念やけど、もう二度とあの姿にはならへんと決めてるんや」
想い人である〝フェネクス〟に、もうこれ以上嫌われたくないのだ。自分で殺しておいて、何を言ってるんだと思われるかもしれない。他人には理解しがたいのは分かるが、それが本心なのである。
「ならば、これ以上言うことはありません。このまま、依頼主に引き渡します」
グレゴリーが冷酷に言うと、普段のエールなら言わないであろう弱々しい言葉が出た。
「日頃の行いが悪かったんやろか。もう、好きなようにしたらええわ」
その一言を待っていたかのように、店長室のドアが開いた。
駆け込んできたニナとエールがぱっと顔を見合わせた。ニナはそれで全てを理解した。
ジーンが魔法の杖をニナに向ける。
「消し炭になれ! 夢の竜息……」
「ダンジョンエリア外で魔法を使うなっ!」
すかさず、ニナはジーンのみぞおちを目がけて前蹴りを放った。
「うぐぇっ!」
ジーンは魔法の杖を落とし、膝から崩れ落ちる。
「このっ……!」
言葉に詰まりながらも、トロイはニナに手槍を撃ち込んだ。次の瞬間、カインがその間に割って入ってきた。
手槍を剣で受け止め、はね返す。
「カイン……何やってんだ、お前?」
トロイが腹立たしそうに言う。床の上でもだえ苦しんでいるジーンを見やると、不快な顔をした。
「いや、待ってくれ。話を聞いてくれ!」
剣を引いたカインが、慌てて制止した。
全身にびっしょりと汗をかいていた。
もう、引くに引けない……。
「本気か? 覚悟はできてるんだろうな?」
トロイの質問に、息を整えてカインは答えた。
「ああ……今、したよ」
「そうか」
トロイは手槍を構え直した。
カインはニナの前に仁王立ちになり、かつての仲間に剣を向けた。
ニナは焦る気持ちを押さえ込んでいた。
グレゴリーの前に跪いているエール。その四肢を貫いている光の剣。エクセレント・ペガサスこそ、エールを狙う首謀者だったのだ。
物憂げな表情をしたグレゴリーに、ニナがつげる。
「それ以上は許さない! 私が相手になるわっ!」
だが、グレゴリーは動じなかった。
「残念ながら、時間切れです。トロイさん--」
そう言われたトロイの動きは素早かった。ジーンを立ち上がらせ、サッと間合いを取ると、透明化魔法を発動した。
エールを担ぎ上げたグレゴリーが、窓を開ける--その姿が、見る見るうちに消えていってしまった。
「そんな……!」
ニナが、姿が消えた先に、デザートイーグルを構えると、
「待て、ニナ! エール店長に当たるぞ!」
カインの声に、ニナは危うく銃をひいた。
開け放たれた窓に駆け寄るニナ。
外を覗き込むと、冷たい夜風が前髪を揺らす。だが、グレゴリー達の姿はどこにも見当たらなかった。
「追うな、と言っても無駄なんだろうな」
カインは、ニナを刺激しないように静かに声をかける。
予想通り、悲鳴に近いニナの声が返ってきた。
「当たり前でしょ! 一体、どこに消えちゃったの!!」
「トロイの透明化魔法は、そう長くはもたない」
「だから、何? まだ、近くにいるっていうの!?」
「落ち着けって! ……その上、エール店長を担いだ状態では目立って仕方がない。どこかに、一旦は身を潜めるはずだ」
「どこかってどこよ……当てずっぽうに探してたら、その間に逃げられちゃう……」
その時だった。窓枠の上に、スーッと白蛇が這い上がってきた。
「ブラン……!」
ニナが嬉しそうな顔をしたので、カインは驚く。
「蛇、そんなに好きだったっけ?」
ニナは首を横に振った。
「この子は店長の分身のようなもの……店長がいる所まで連れて行ってくれるわ」
「なんだって?」
カインは信じられない様子だ。
「早く行きあしょう……」
起き上がってきたサナギが、喘ぐように言う。
「いや、君は……後は俺たちに任せて」
カインがニナを見るも、返事は簡単だった。
「サナギは、カインなんかより、よっぽど頼りになるのよ」
「は? まさか」
「あと、本当にパーティーに戻れなくなっても良いの?」
「……ああ」
「ありがとう」
ニナは礼を言って、白蛇の後を追った。
ごめんなさい。更新頻度が落ちます。