第70話 お前ら付き合えや
シャトー☆シロのメインロビーは、嵐のような有様だった。警察官が行き来し、スタッフ達は、事態の説明のための客対応に追われている。
エールがこっそり抜け出しても、誰も気づくものはいない。
全責任をニナ副店長に押し付けて、エールが店長室のドアを開けると、抜き身の剣がその帰りを待っていた。
「…………」
エールが指で剣先に触れる。
「動くな」
鬼気迫る表情のカインが姿を見せた。
「悪く思わないでくれ。エール」
「ウチらの関係は、ほんまに終わりやの……?」
エールはしょんぼりと手を引っ込めた。
「俺は本気だっ。考えた末の結論なんだ。詳しくは話せないが、これで全てが丸く収まるんだ!」
「もうやめて」
エールが両耳をふさいでイヤイヤする。
「どうにかしてや、ニナ」
「何をしてるのっ!」
エールの背後から、ニナが飛び出してきた。
「ニナッ!?」
カインは驚きのあまり、剣を取り落としそうになる。
「あ、あの、これは違うんだっ」
「何が--!」
「お前のためと思って」
「はあ?」
ニナは首を傾げた。
エールは手で強引に剣を払いのけ、
「お前ら付き合えや! 邪魔やねん、どけっ」
ヘッドドレスを机の上に放り投げると、ソファーにどっかりと座った。
妙な空気が漂う中、カインとニナも部屋の中へと入る。
「そうじゃなくて……こんな時に店長が真っ先に現場から逃げ出してどうするの!? すぐに本館に戻って!」
ニナが吠えた。
「部屋がめちゃくちゃやないかっ!」
エールは部屋の中を見回し、腹立たしげに以前と同じセリフを吐いた。
キングスピリッツ達に荒らされてから、誰も片付けをしていないので当然である。
「人の話を……」
言いかけて、ニナの頭がぐるぐると混乱する。
「ていうか、カインはどうしてこんな所で剣を抜いてるの? 私のためってどういうこと? 説明してっ!」
ニナは怒鳴りつけるように聞いた。
「…………」
カインは何も言わずに下を向いた。
「まさか、カインもお金が目的なの?」
「それは違う!」
カインは鋭い声で否定した。
「じゃあ、一体、何だって言うのよ……?」
「ニナこそ、エール店長のことをどう考えてるんだ? かなり変わってる、というか、人間ばなれしているようだが」
「…………。そういうことね」
カインの言い分ももっともだ、とニナは言葉に詰まる。今では当たり前のようになってしまっているが、本来ならば、エールは忌避すべき存在だろう。自称五百十四歳の人間なんて。でも--。
「今まで危ないことなんかない……あ、いや、あったかな」
「そんなんで大丈夫なのか?」
カインは訝しげにニナを見た。
「ただ、エール店長はシャトー☆シロにとって、なくてはならない存在なのは間違いないの」
ニナはカインに近づいて耳打ちした。本人の前では絶対に言えない。
カインの顔が意図せず赤くなる。
「いや、だからと言って……」
「大丈夫だから。これからもなんとか頑張っていくわ」
ニナはカインに心配させないように、力強く頷いてみせた。
「お前ら付き合えやっ!」
突然、エールが大声を出したので、カインとニナはびくっとたじろぐ。
「……す、少し結論を急ぎすぎたのかもしれないな」
カインは平静を装いながら、剣を鞘に納める。
「怪我の方は大丈夫なのか?」
「そっちこそ。今日は、本当にごめんなさい」
と、ニナに頭を下げられ、カインは不甲斐ない気持ちになった。
パトロール班員に多数の怪我人が出たために、あれからダンジョンエリアは営業中止になっていると聞いた。明日以降も、しばらくは営業できないだろう。だが、ニナはどんな苦難があろうとも、決して弱音を吐くことはない。
それに比べて、俺は駄目だ。全然、駄目だ。
「……人手が足りないんだったら、俺もここで雇ってもらおうかな」
カインは努めて冗談っぽく言った。
「何を言ってるの」
ニナにとっては、思いもよらない事だったらしく、目をきょろきょろさせた。
「カインは冒険者なんだから」
「いや……」
カインは、いっその事、全てをぶちまけてしまおうかと思った。
ニナはカインが持っている魔法剣を見て思い出した。
「そういえば、まだ使ってたんだね。デザートイーグル」
「…………」
カインは、何も言わずに先ほどの騒ぎの事を思い返した。
重要な場面で咄嗟に出てくるのは、やはり手慣れた武器なんだな、と妙に納得したものだ。
「うう……。ペアルックならぬ、ペア銃って……!」
エールが再びヒステリックに声を荒げた。苦しそうに顔を歪める。
「ウチの、気持ちを……知ってるくせに……そんなもん、見せつけんでもええやないか……ていうか、お前ら付き合えやあ」
エールが大粒の涙をボロボロとこぼしながら、肩を震わせて泣き出した。
「あははは……」
他人のデリケートな部分にガンガン触れてくるエールに、カインは笑ってその場を取り繕う。
「エール店長。変なことを言うのはやめてください。そんなに珍しい銃の種類じゃないんですから」
ニナがきっぱりと言う。
「おま、お前ら、付き合えやあ」
「はいはい。ウチの気持ちも何も、面白がってやってるだけでしょ? 本当に良い性格をしてますね」
ニナは子供にするように、エールにハンカチを差し出した。
「お前ら、つ、付きらぁ……」
かすれ声になったエールが机に突っ伏した。
「そんなに私にマウントを取りたいんですか?」
「お前ら付き合えや……!」
「いい加減にしろっ!!」
ニナはブチ切れた。その怒号は、そばにいたカインをたじろがせるほどだった。
「くっ、うううう……。お前ら付き合えやあああ!」
エールは、ぐしょぐしょに泣きながら、ニナに掴みかかった。
ニナも必死で抵抗する。
「ちょっと、何してんのっ? やめて--!」
「付き合えやあああ」
「4ねっ!」
カインは慌てて荷物を手にすると、店長室から逃げ出した。
情けない、とも思ったが仕方ない。このまま続ければ、グレゴリー達の事までバレてしまいそうだ。それに、ニナを守るなんて大それた事をよく考えたものだ。今となっては、恥ずかしくて、「あああっ!」と叫びたくなる。
俺には無理だ。
にわかに騒然となった本館メインロビーに、グレゴリーはいた。担架に乗せたポルフェッカを、警官隊が搬送しているところだった。
「少し、話をさせてもらいましょうか」
グレゴリーが傍にいた警官に言う。
搬送作業をしていた警官たちは一斉に足を止めて、グレゴリーに向かって敬礼する。
グレゴリーは、警官たちに手を振りながら、担架の元まで足を運んだ。
ぐいっと、ポルフェッカに顔を近づける。
「何だ……?」
ポルフェッカはぎょっと硬直した。びびって、両膝が痛んだ。
「誰に頼まれた?」
グレゴリーは小さく短く尋ねた。
「は?」
「依頼主は誰だと聞いている」
「……そんなこと言えるわけないだろ」
ポルフェッカは顔を背ける。
「…………」
グレゴリーは黙って頷き、さらにのぞき込むようにした。
「お……」
ポルフェッカは狼狽し、グレゴリーを見た。
「私は見ての通り、当局に少なからず顔がききます」
「…………」
「あなたにとって都合の良いように計らうことは可能ですが」
「……依頼主のことなんか、言えるわけないだろ。俺が殺されるよ」
「逃亡のための十分な資金も用意しましょう」
ポルフェッカは憔悴しきっている。
「……き、吸血鬼」
グレゴリーは、助けを求めるようなこの呟きを聞いて、ポルフェッカの肩を叩く。
「ありがとう。話は終わりました」
そして、警官隊の脇をすり抜け、担架から離れた。