第6話 ダンジョンはまだか
サナギは、バサバサだった黒髪をポニーテールにして、皆と同じようなミニスカメイドの衣装に着替えていた。
「いいじゃない!」
ニナは目をみはった。
メイクのおかげで病的な肌の白さも、真っ青な唇も上手く隠せている。
ただ……。
「やっぱり、キツそうね」
ニナはサナギの胸元を見た。
「サナギ、あなたは今日が初めてなんだから、何もできなくて当たり前よ」
「はい」
「今日は、笑顔だけで良いから頑張りましょう。はい、口角を上げて」
サナギは口角を片方だけ上げて、ニヤリと笑う。
「こうやって、両方あげる」
ニナが手本を見せるが、サナギはニヤニヤとするだけで上手くできないようだった。
「……ま、焦らずにね。じゃあ、サナギ。あちらのお客様が持ってる、あのバカでかい荷物あるでしょ?」
「はい」
「ダンジョンに必要なものだけ出してもらって、あとはそこの金庫に入れといて欲しいの。できる?」
「わかりあした」
自身と同じくらいの大きさがあるリュックを脇に抱えていたのは、丸坊主に丸眼鏡の少年で、名前はリーフ・グラパラ。キワーノ王子の従兄弟にあたるらしい。年齢は14歳で、職業は魔法使い見習い。
何やらブツブツと独り言を言いながら、ずっとそわそわしていた。
「あの、お客さあ」
「え、何……?」
リーフは、妙に威圧感のあるサナギに少し驚いた。
「そのお荷おつ、あちらの金庫でお預かりしあすので、必要なおのだけ出していただけあすか?」
「え?」
「その、お荷おつを……」
と、サナギは指差した。
(なんで、この子は、こんな変な喋り方をするんだろう……?)
とても器用に、ほとんど口を開かずに話すサナギを見て、リーフは首を傾げる。
「こ、これは全部持っていくよ。薬草やら毒消し草、聖水がいっぱい、あとお弁当にお菓子、トランプにバドミントンも入ってるから。全部、母上が持たせてくれたんだ」
「……」
「それで、あのー、えーと……」
「サナギ・キヨタキです」
「じゃあ、サナギ。僕はリーフ・グラパラ、よろしくね」
リーフは自分と年齢が近そうなサナギに、幾分か心を開いたようだった。
「……よろしくお願いしあす」
サナギが無表情で答えるが、リーフはそんなことにはお構いなしに、早口でまくし立てる。
「僕はダンジョンどころか、モンスターと戦うのも初めてなんだけど、大丈夫かな? 魔法も一つしか使えないし……、そういうお客さんって多かったりする? それとも珍しい?」
「私は、今日からここで働き始めたあかりなので、よくわかりあせん」
「あ、そうなんだ……。サナギは外のダンジョンに行ったことはある?」
「……ありあせん」
「モンスターと戦ったことは? 」
「……ありあせん」
「……もしかして、腹話術士の勉強をしてるの?」
「…………」
サナギは無言でリーフを睨みつけた。
「ひいっ! ごめんなさい、ごめんなさい……。やっぱり僕はダメなんだ……、もう帰りたい……」
リーフは鋭い眼差しに射すくめられ、また自分の世界へと戻っていった。
「--と、いうことです」
サナギはニナに報告した。
「お弁当にトランプって、遠足じゃないんだから……」
ニナはため息をついた。
午前十一時四十分。
今日は何時にお昼ご飯を食べられるのだろうか……。
ニナはさらに気が重くなったが、王子パーティーに向き直り、気合いを入れ直した。
新人のサナギに格好悪いところは見せられない。
しかし、この問題だらけのパーティーを一体どうすれば良いのか、具体的な解決策は未だ見つかっていなかった。
「では、皆様。本日チャレンジしていただく、シルバーダンジョンについて、ご説明させていただきます。シルバーダンジョンは、総延長距離千百メートルで、初級・中級・上級の幅広い冒険者様たちにお楽しみいただけるダンジョンとなっております。レベル15までのモンスターが登場し、ダンジョン最大の特徴は--」
「いや、ちょっと待って、待って!」
槍使いのロマネスコが手を広げて、ニナの説明をさえぎった。
「なんで、俺たちがシルバーダンジョンに行くって決まってるの? キワーノが言ったの?」
「いや」
キワーノ王子が答えた。
ニナは改めて、
「天然ダンジョンも含めまして、皆様はダンジョン未経験者だとお伺いしております。したがいまして、シルバーダンジョンからチャレンジしていただくのがよろしいかと思います」
「ええっ? だってさ、シルバー・ゴールド・プラチナムの三種類のダンジョンがあるわけでしょ? 俺らに決めさせてよ」
と、ロマネスコ。
「でも、それは……」
ニナは、特殊スキル〝本音と建前〟をここで発動する!
「俺らが弱いから、一番下のシルバーダンジョンにしとけってこと?」
「いえ、決してそういうわけではなく……」
(ピンポンピンポンピンポーン! 大正解! 分かってるなら、聞かないでくれる? ていうか、シルバーダンジョンでも、クリアなんか絶対無理だから! それどころか大怪我するぞって言ってんのっ!
こんな初心者丸出しのパーティーは客として想定してないんだから! シルバー以下のレベルのダンジョンがないから、こっちはずっと困ってんのよ!)
「だったら、どれにするかは自分たちで決めさせてよ。あと、ドラゴンと闘える隠しダンジョンもあるって聞いたよ?」
「噂は、噂でございます」
ニナは言いきった。
「もったいぶるなあ。知ってるくせに」
ロマネスコは、肘でニナをこづいた。
シャトー☆シロの隠しダンジョンは、エール店長の管理下にあるため、ニナも詳細は知らない。
そもそも、オープン以来、この2年間でチャレンジした冒険者パーティーは一組もいなかった。
「僕も母上から聞きました。ドラゴンの他にも、レベル50以上のモンスターが次々と出現し、超レアなアイテムが多数存在するとか……」
リーフがつけ加えた。
ロマネスコが手を打って、
「そりゃあ良い、腕が鳴るぜっ! ニナさん、俺らがチャレンジするのは隠しダンジョンに決定!」
「ちょっと待った、ロマネスコ! ドラゴンなら余も是非とも見てみたいが、さすがに戦うのは無茶じゃないだろうか」
キワーノ王子が、これを諌めた。
「そうだよ。すぐに全滅しちゃうよ……」
怯えきった様子のリーフも同意した。
「皆様、よく聞いてください」
ニナの口調は、危ないことをした子供を叱りつける母親のように厳しかった。
「『死にたくなかったら、世界三大モンスターであるドラゴン・フェネクス・鬼には手をだすな』これは、冒険者の鉄則です」
「ロマネスコ、ひとまずシルバーダンジョンにチャレンジした後で、隠しダンジョンのことは考えるとしよう」
これで決定とばかりに、キワーノ王子が言った。
「……ちぇっ、わかったよ」
ロマネスコは、不満タラタラの様子だった。
「かしこまりました。では、皆様。準備はよろしいでしょうか? 準備ができましたら、まずは隣のレストランにてお食事でもいかがでしょうか?」
ニナは笑顔で提案した。