第67話 エールの大切なもの
「臭いっ! まだ鼻の奥に臭いが残ってる! 髪に臭いがついてもうてる!」
エールは怒りを爆発させて、包帯を石壁に叩きつける。
「あんたら、ほんまに実力のあるパーティーなんか!?」
「なんだと?」
「トロイ、やめて」
エールに詰め寄ろうとするトロイを、ジーンがなだめた。
「ちょっと油断しただけだ」
「四人全員が? んな、アホな」
「店のモンスター達は、スタッフを絶対に襲わないように躾けられてると思ったんだよ」
「無茶なこと言うたらあかんでえ。そんな事できるわけが……えっ、できんの?」
と、エールは目を丸くした。
「遅れてるよ、この店。先日行ったトライアルダンジョンは、たしかそうだったな……」
トロイは涼しい顔で嘘をついた。
「はあ? いや、ちょっと待って……あのジジイッ!」
エールは、怒り心頭で無線のマイクをつかんだ。
どうやら、モンスターの管理責任者に文句をつけているらしく、聞くに耐えない罵詈雑言を並べ立てた。
グレゴリーがうなだれいるカインに声をかける。
「まだ、チャンスはあります」
「……命が危険にさらされるか、大切なものを守るとき、思いつく限りのことをやってみますが、どうしたら……」
正体を現すのか、カインを見るグレゴリーの表情も曇った。エールに対して、得体の知れない怖さのようなものを抱いたのだが……。
「諦めるのは、まだ早いですよ」
「もちろんです。俺はまだ、エクセレント・ペガサスパーティーの一員ですから」
カインは顔を上げ、気持ちを再び奮い立たせた。
〝副業〟の依頼内容は、エールのモンスター状態での捕獲である。モンスター状態の死体でも人間状態の捕獲でも報酬は設定されてはいるが、それはあくまでも妥協案だといえた。
それから、ゴールドダンジョン内で、何度もエールにモンスターをけしかけてみた。
少なからず傷は負うものの、モンスターに変化することはなかった。
その度にエールはパーティーに向かって、ぼろかすに言った。
「エクセレント・ペガサス(笑)!」
「責任者出てこいやっ!」
「SNSで言いふらすぞ!」
「そうや、週刊誌に高く売ろ!」
好き勝手に喚き散らすが、それも無理はない。
グレゴリーは、ずっと無表情でスルーしていたが、
「どう考えても、あなたの方がアンチが多いと思われますが?」
ふふんと鼻で笑って見せた。
「何を証拠にそんなこと……」
「この間も詐欺まがいの広告でネット炎上していたところでしょう。しかも、『エクセレント・ペガサスも推薦!』などと、勝手に私の名前まで使って」
「あれは、ウチの知人に〝エクセレント・ヘガサス〟っていうんがおって、それが何かの手違いで……」
「私の方が好感度が高いと認めているようなものです」
「そんなことないわ!」
「あなた、ネット上ではクズの女王と呼ばれているそうですね。自分でご存知なんでしょう?」
「…………」
エールは拳を握りしめ、ぶるぶると震える。
「世間は、このエクセレント・ペガサスの味方です!」
グレゴリーは一喝した。
「うぇぇぇぇん、くそがあっ!」
エールは悲鳴を上げて、カインに泣きついた。
「もう、早よホテル行こ!」
エールはカインの腕を引いた。
「ま、まだダンジョンの途中じゃないか。無理だよ」
「心配せんといて、カインのことは隠すから。エクセレント・ペガサス(笑)だけ炎上させる」
エールは目に涙をいっぱい溜めていた。
グレゴリーもエールも世間への影響力は強そうだ。泥沼の展開が予想される。
いずれにせよ、必死で残留をしようとしているパーティーの評判を貶められるのは困る。
「……そうだ! エールにとって命より大切なものって何?」
話を逸らすためとはいえ、カインは率直に聞いてしまった。
「は? お金」
エールが即答する。
さすがはクズの女王。
報酬金100億の半分、50億でも渡すと言えば、正体を現して捕まってくれるのだろうか。試してみる価値はありそうだが……。
「他には? 家族とかさ」
「ないないない!」
エールは、「何や、それ? 食べれるんか?」といった調子で否定した。
「この店は?」
「シャトー☆シロは……そりゃあ、そうやな」
エールの声のトーンが変わった。
カインは、これだ、と思った。目に光が灯る。
「何の話やねんな。ウチとエクセレント・ペガサス(笑)の喧嘩に関係あんの?」
「関係あるのかな。ないのかもな」
喜んではみたものの、シャトー☆シロを人質にとれるはずもなく……。
問題は、またまた暗礁に乗り上げた。
◯
ニナはダンジョン管理室に向かった。ダンジョン管理室は本館地下一階にあり、各ダンジョンのバックヤードと直接つながっている。
まだオープンから2年しか経ってないが、鉄製の扉は黒いペンキで塗り潰され、外部の者を寄せ付けない雰囲気があった。監視用のモニターが10台ほど置かれ、その前にハゲ頭の爺さんが座っていた。
とにかく、埃っぽくて臭い。
地下だから、換気も充分ではない。男所帯で、何人もここで寝泊まりしていると聞いている。
「お疲れさまです。ギゾーさん」
マスクを装着したニナは、眉間にシワを寄せた。
「風邪?」
ギゾーは不思議そうに、ニナに尋ねた。ギゾーは黄ばんだシャツとパンツだけ、いつもと同じスタイルだった。
「ええ、少し。大した事はありませんので。コホッ……」
「それでも出勤しなきゃならないなんて、とんだブラック企業だ」
ギゾーは呆れた。
「さっきも、エールのアホから、訳の分からんことを怒鳴り散らされたしさ!」
「何かあったんですか?」
「なんか、モンスターがスタッフを絶対に襲わない店があるんだってさ! だから、ワシがサボってるんじゃないかって」
「へえ」
「どこで聞いたか知らないけど、そんなの嘘に決まってるのにさ! できやしないんだよ、そんなことっ!」
ギゾーは腹立ちまぎれに、ガシガシとハゲ頭を掻いた。ひっきりなしに掻くので、あたりにフケや虫のようなものまでが散乱した。
ニナは扉の近くまで後退した。
ギゾーは、しばらくエールに対する愚痴に終始していたが、
「で、どうしたの? ワシに何か用?」
「え? ああ、ちょっと人探しをしてまして」
ニナは、気を取り直して前に出る。
「顧客コード4533、ポルフェッカ・ユーク。モンスター使いのお客様です」
「館内放送で呼び出せないの?」
「いや、そういう種類の用件ではないので」
「ふーん」
ギゾーは、すぐにPCマウスを操作した。
「ニナちゃんも大変だねぇ」
顧客リストを呼び出して、顔写真を確認した。監視カメラの映像を細かく切り替えて、見比べる。
「チェックアウトの記録がないので、まだ、店内にはいるはずなんですが……」
ニナもモニターをのぞき込んだ。
「あっ、これこれ!」
ギゾーが一つのモニターを指差した。
ガサゴソと動く巨大なコガネムシのモンスター、アイアンスカラベの群れが映っている。
「ひっ」
虫嫌いのニナから思わず声が漏れる。
「……ポルフェッカ様ですね」
「こんな所で何してんだ?」
特徴的な星模様の入った三角帽子。場所はゴールドダンジョンのバックヤード。待機するアイアンスカラベの檻の中で潜むように座っていた。当然、関係者以外は立ち入り禁止のエリアである。
「うーん」
ニナはヘッドドレスの位置を直す。
「当たり、かもしれません。実は、少し前に店長がキングスピリッツに襲われたんですよ」
「襲われたって……アイツも色んな所で恨みを買いすぎだろう」
ギゾーは呆れたように笑った。
「ま、そういう話なんですけどね」
「こいつが、その犯人だと?」
「証拠は何もありませんが……」
「今でも十分怪しいし、パトロール班に任せなよ」
ギゾーは心配して提案をした。
「それでも良いんですが、やはり私が行ってきます。気になるので」
ニナは、もう一度モニターに目を向けた。