第63話 自信あり
部屋の片隅で、グレゴリーとトロイとジーンの三人は顔をつき合わせ、怪しまれないように後ろを振り返った。
「どういうこと?」
「さあ……」
トロイが小声で答えた。
三人の視線の先、帰ってきたカインが革張りのソファーに座っていた。その膝の上には、エール店長が満面の笑顔で座っている。
エールとジーンの目が合った。ジーンは口から心臓が飛び出そうになる。
「本当に何なの?」
ジーンは、あまりの不気味さに身体を震わせる。
「我々の目的がバレてしまったのでしょうか?」
グレゴリーにそう言われて、トロイはちらりと様子をうかがった。
「はい、あーん」
エールがカインにケーキを食べさせている。
「いや、そういう訳ではなさそうですが……」
数メートルしか離れていないが、エールとカインは完全に二人だけの世界を作っていた。
笑顔のエールは人間にしか見えなかった。その正体がモンスターだなんて、馬鹿な話だともトロイは思う。
腰まで伸びる長い銀髪。他のスタッフ達と同様に、黒地のミニのワンピースにエプロンドレスを着用している。
エールがふとこちらを見た。
子供だ。だが、大人の妖艶さが垣間見える子供だ。自称五百十四歳で、その筋の人達からは絶大な人気を誇る名物ロリ店長。
いきなりカインを伴って部屋に入ってきたかと思ったら、赤いおさげ髪のスタッフに世話係の交代を指示した。
「いくら店長だからって横暴過ぎます!」
赤いおさげ髪のスタッフは、抵抗むなしく部屋を出て行くことになった。
じっと見つめる視線に気づき、エールが面倒くさそうに口を開いた。
「何か、御用ですか?」
「いや、御用というか、あなたはシャトー☆シロの店長なんですよね?」
トロイのトゲのある言い方に、グレゴリーが口を開けて驚いた。
エールは微笑んで、
「ご挨拶が遅れまして。店長のエール・カルマンでございます」
「店長が直々に対応してくれるなんて、恐縮しますね」
トロイが言うと、
エールは「いえいえ」と首を振った。
全く掴みどころがなく、見た目に騙されると痛い目にあいそうだと思った。
「本物ですね」
「うむ。そのようです」
グレゴリーとジーンは、互いに顔を見合わせた。
「か、かわいいなあ」
ジーンは口先ばかりのお世辞を言って、接近を試みる。
「これこれ。人気店の店長に向かって失礼ですよ」
グレゴリーがそれを嗜めた。
確かに子供にしか見えない。だが、三つの人工ダンジョンと多数のスタッフを抱える責任者なのだ。自身を広告塔として、さまざまなメディアにも露出している。店のキャッチコピーである『もう天然ダンジョンへは行かせないっ!』を冗談ではなく、体現している存在だというのが、世間一般の認識だった。
「エクセレント・ペガサスさんかて儲かってるんやろ?」
「いやいや、それほどでも……」
グレゴリーはエールの軽口を笑っていなす。
「店長。我々は、ひとまずゴールドダンジョンに挑戦させてもらいましょう。着替えなどの準備をしますので、少し席を外してもらえますかな?」
「ええー? 着替えやったら、ウチも手伝うで」
と、エールは不満をもらした。カインと片時も離れたくないようだった。
--ターゲットは我々、特にカインには毛ほどの警戒心を抱いていない。
「それなら別室で、ジーンの着替えの手伝いをお願いします」
「さあ。行きましょう」
ジーンがグレゴリーの意図を察して、エールの腕を掴む。
「へいへい……。終わったら呼んでや」
エールとジーンが部屋から出て行くと、グレゴリーはカインの前のソファーに座り直した。
「顔色が悪いようですが」
グレゴリーは水差しに手を伸ばした。
「すみません」
礼を言って、カインはカップに水を注いでもらう。
ごくごくと水を飲み干し、ほっと一息つく。2、3杯飲んだところで、カインは手を止めた。
トロイが部屋の中をうろうろと歩き回っている。さっきから、しきりに不審な物はないかと警戒していた。
カインは自分の疑問をグレゴリーにぶつけることにした。
「……さっき、店長室でモンスターに襲われました」
「え?」
「正確にいうと、襲われたのはエール店長です。そのモンスター達は、なんとか撃退することができました」
カインは淡々と話す。
「あれは、グレゴリーさんが差し向けたものでしょうか?」
「…………」
思いもよらないことだった。自分達の他にもエールを狙っている者がいるのだ。
まあ、狭い界隈である。交流が盛んな反面、勢力争いのようなものも少なくない。
グレゴリーは改めて、気を引き締めなければならない、と感じた。
グレゴリーは、雰囲気のある目つきでカインを見ると、
「このエクセレント・ペガサスは、そんなせこい真似はしません!」
深々と背もたれに寄りかかり、歌うように言った。
カインはあっけに取られていたが、信用していないわけではない。トロイもまた、グレゴリーを見た。
「では、エール店長を狙っているヤツらが他にもいる、と?」
カインが尋ねた。
「依頼主に確認しましょう。まさかとは思いますが、金額が金額ですからね」
グレゴリーは白い手袋をはめた指先で長い顎ひげを整えた。何度も何度も繰り返す。
カインとトロイが見守る中、グレゴリーは、
「今、ターゲットは我々の手中にありますが、急ぐ必要はありますね」
と言った。
カインが、ぐいと前に出る。
「俺が必ずターゲットをやります」
「ほう? 自信ありですか?」
「あります」
「なるほど」
グレゴリーは感心した顔をする。
「ターゲットは完全にあなたに心を許しているように見受けられました」
「それは……、どうしてそうなったのか、俺にも良く分からないんですが」
「いや、あなたはやる時はやる男だと思っていましたよ」
「ははぁ」
カインは照れ臭そうに頭を掻いた。
「ただ、どうしたら正体を暴くことができるのか。良い考えが浮かびません」
カインは、空になったカップをテーブルに置いた。
グレゴリーが大きく頷く。
「モンスターの本性をあらわすとすれば、それはどんな時でしょうか」
その言葉は一言一句、丁寧だった。
「自分の命や大切なものが危険に晒された時であると、私は考えます」
「な、なるほど……」
カインは操られるように尋ねた。
「あの店長は本当に蛇のモンスターなのでしょうか?」
「カインさんはどう思いますか?」
「とてもそんなふうには……」
カインは言葉につまった。
「私にもわかりません。ただ……、幸運なことに、シャトー☆シロはトライアルダンジョンです」
「はい」
「ターゲットに怪しまれることなく、ダンジョンに誘うことは可能ですか?」
「あの調子なら……なんとか」
「素晴らしい。ダンジョン内なら危険な事が起こっても、なんら不思議ではありません」
「いきなり斬りつけるってことですか……?」
カインはグレゴリーの顔色を伺いながら、考えを口にする。
「それは最後の手段でしょう。他には事故を装って、モンスターに……とか」
「正体さえ暴いてしまえば、後は煮るなり焼くなり自由ですね」
「その通り。大義名分ができます」
グレゴリーが自分に期待をしてくれていることに感謝する。
カインの闘志がメラメラと燃え上がった。