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ダンジョンで接客業をしているが、職場がまさに戦場でしんどい。  作者: 森口デコ
上司がクソビッ◯でしんどい
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第5話 コンシェルジュでございます

 黒背景の前でインタビューに応じるニナ。


 --あなたにとって、プロフェッショナルとは?


「そうですね。ありきたりですが、心と体を切り離す(スキル)を習得することでしょうか。


 広々としたVIPルームで、無駄に高価な装備品を身につけた、苦労を知らない人達の接客をしないといけない状況だとなおさら必要になります。


 その(スキル)を使っても、奇声を発しながら、部屋にかざられた絵画や調度品を高いやつから順番にぶち壊して、窓から飛び降りたい衝動にかられますけどね。フフフフ……」


 などと、ニナは、貼り付いた笑顔のままで考えていた。


「ちょっと、メイドさーん。このケーキ取り替えてくれなーい?」


 皇太子殿下にべったりとくっついている、全身ピンクの女が声を上げた。


 顧客名簿によると、マリネ・アイスプラントといい、年齢は16歳。職業はヒーラー見習いで、ピンク髪のツインテールにピンクのミニワンピースを着ていた。

 貴族の出、とうわけではないらしい。


「先程も申し上げましたように、私はこのような格好をしてはおりますが、メイドではございません。コンシェルジュです」

 

 ニナは聖母のような笑顔で答えた。


「なんで? そんなのオカシイじゃん。どう見たってメイドさんじゃん。ねえ、殿下」

 

 全身ピンクのマリネが、皇太子殿下の首に腕を回す。


「そうだね……」

 

 皇太子殿下は、心ここにあらずといった感じでそう答えた。


 アーキラブ国皇太子キワーノ・ウリ、年齢は16歳、職業は剣士。本革製の高級ソファーに浅く腰を掛けて、何やら眉間に皺を寄せている。それでも、隠しきれない育ちの良さが全身から溢れ出していた。


「ところで、コン……何だったかな? エール店長は、今日はご不在か?」

 

 キワーノ王子がニナに尋ねた。


「コンシェルジュでございます。あの……店長は、別で緊急の案件に対応しております。何か御用がございましたら、私が代わりに承りますが」


「いや、直接エール店長に話したいことがあるから、手が空いたら呼んで欲しい」


「かしこまりました」


「ねえ、コンメイドさん! マリネのケーキはどうなってるのっ?」

 

 マリネが横からふくれっ面をしてみせた。


「……コンシェルジュです。当店のザッハトルテは、お口に合いませんでしたか?」


 今日はウェルカムケーキとして、利用客にザッハトルテを提供していた。


「違うの。こんな大きいのはいらないの。もっと、ちっちゃいのでいいの。ダイエットしてるとかじゃなくて、マリネはダイエットする必要ないし。でもでも、今日は体重を測る日って決めてるのね。ほら、有言……ゆうげん、何だっけ? わからなくなっちゃった。とにかく、マリネって結構がんばり屋さんタイプじゃない? だから今、マリネが食べたいケーキも、もっと、こうほっそーい、ほっそーいやつ。わかる? ほっそーい、ほっそーい……」


 マリネは、大振りなジェスチャーを交えて何かを訴えた。


「アハハハハハ……!」


 ニナは、とりあえず笑ってみた!


「なんで? なんで笑ってるの? マリネ、何も面白いことしてないよ!? なんか、このコンコンメイドさん超感じ悪ーいっっ!」


 なんと、ニナはキツネのメイドさんになった!


「……少々、お待ちください」


 ニナは部屋の隅に移動すると、後ろを向いてインカムを操作した。


「もしもし、ニナです。VIPルームにウェルカムケーキをもう一皿お願いします。ちっちゃくペラペラに切ったやつ。……立たなくていいのよ。……はい、ペラペラのやつをお願いします」


 ニナが小さくため息をついている最中、


「ねえねえ、お姉さん」

 

 と、肩を叩かれた。

 驚いて振り向くと、豪奢な甲冑を見にまとい、うす笑いを浮かべた長髪の男が立っていた。


 男の名前はロマネスコ・サーダ、年齢は17歳。職業は槍使いで、アーキラブ国騎士団団長のご子息ということだった。

 色白の優男で、気取ったしぐさが少し鼻についた。


「ロマネスコ様、先程も申し上げましたように、私はこんな格好をしてはおりますが、お姉さんではありません。メイドです」


「じゃあ、メイドさん」


「ん?」


「え?」


「……失礼しました。私は、ニナ・チャイルと申します。名前でお呼びください」


「えー、めんどくさいなあ」


「……」

 

 ニナは一瞬、手が出そうになった自分が怖かった。


「冗談ですよ、冗談。では、ニナさん。ここのトライアルダンジョンはペットは同伴可?」


「ペット……ああ、もちろんでございます。当店はモンスター使いのお客様も多数、ご利用いただいておりますので。でも、たしかロマネスコ様のご職業は槍使いで--」


 ニナの話が終わるのを待たずに、ロマネスコは自分のキャリーケースを開けた。そして、中から茶トラの猫を取り出し、頬ずりをする。


「良かったねー、ゼウス様。一緒にダンジョンに行って良いってさ。頑張ろうねー。ああ、かわいいなあ、お前は。かわいい、かわいい……」


 トライアルとはいえ、飼い猫と一緒にモンスターが闊歩(かっぽ)するダンジョンを冒険しようというのである。


「ちょっと待て……いや、待ってください! その猫ちゃんを一緒に連れて行くんですか? それは安全面に問題がありまして……」


 狼狽えるニナを尻目に、ロマネスコは猫を差し出して、


「猫じゃない、ゼウス様だよ。ほら、見て見て。かわいいでしょ?」


「わー、ほんとだ! もふもふー……じゃなくてっ。可愛いからこそ、危険なところへ連れていくべきじゃないでしょ? フロントでお預かりしますから」


「大丈夫だよ。僕が指一本触れさせないからさ。ねー、ゼウス様」


「ニャア~」

 

 とは、猫のゼウス。


「そういう問題じゃ……」


 ニナは泣きそうになった。


 そのとき、

 VIPルームの扉をノックする音が聞こえ、


「し、失礼……しますぅ……」

 

 苦悶(くもん)の表情を浮かべ、重厚な扉を押すおさげ髪のティアラがあらわれた。


 後に続いていたミニスカメイド姿のサナギが、そっと扉を押し開ける。


「ん? あれ? あ……、ありがとう」

 

 ティアラは目をぱちくりさせて、サナギが持っていたウェルカムケーキを受け取った。


「……いえ」


 サナギは口をほとんど開かずに言った。


 ティアラはニナの元に駆け寄り、


「ニナさん、 ケーキ持っていけって言われたんですけど、本当にこれで良いんですか?」


 見ると、厚さ2ミリにスライスされたザッハトルテが皿の上で寝ていた。


(あとで、キッチンに謝りにいかないと……)


 ニナは苦笑する。


「いいの、いいの。それをあちらのお客様に」


 全身ピンクのマリネを示した。


「ええっ、怒られません?」


「渡したら、そのまま自分の仕事に戻って良いから」


「わかりました……」


「サナギのことも助かったわ、テッちゃん」


 ティアラがスライスケーキをマリネの席まで運ぶと、みるみるマリネの表情が引きつり、ティアラをギロリと睨みつけた。


「ひっ!」


「バカじゃないの!? こんなのケーキじゃくあwせdrftgyふじこlp……!」


 マリネが何やらわめき出したので、ティアラはダッシュで逃げた。


 それまでの間、重い扉をずっと片手で支え続けるサナギを不思議に思うが、


「がんばってね」

 

 とウインクをして、ティアラは一目散に部屋を飛び出した。

 サナギは、コクリと小さく頷いて返した。

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