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ダンジョンで接客業をしているが、職場がまさに戦場でしんどい。  作者: 森口デコ
パーティーをクビになりそうでしんどい
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第58話 ターゲットはエール

 世界的に、モンスターの売買は原則禁止とされていた。

 人々の安全を守るため、まだまだ未知の部分が多いモンスターを生活圏内に持ち込ませないためである。

 ただ、「研究のための飼育・繁殖」を目的とした事業者や施設の商業取引を、例外的に各国がそれぞれ認めることがあった。


 そのような中、ある一定の富裕層によるモンスターの違法取引が問題視されていた。

 その主な目的は観賞用、つまりはペットである。


 カインがVIPルームの外に出ると、せわしなく走ってくる人影を見つけた。赤いおさげ髪のミニスカメイド、グレゴリーパーティーの世話係を担当しているティアラである。


「あっ、カイン様」


 ティアラが急停止しておじぎをした。


「ダンジョンは何時からでしたっけ?」


 カインが尋ねた。


「ご昼食をとってからとお聞きしましたので、13時半スタートになります」


「今日、店長はいます?」


「エール店長に何か御用でしたら、呼び出しますが」


「いや、いるんだったらそれで……」


「はあ」


 ティアラは少しずれていたヘッドドレスを直し、


「店長推しですか?」


 にやりと笑って言った。


(……店員の制服が奇抜なのもさることながら、本当に変な店だな)

 カインは、否定するよりも乗ってしまった方が好都合だと考えた。


「ええ、実は」


「やっぱり。あっ、いや、別にカイン様がゴリゴリのロリコンに見えるってわけじゃありませんから」


「ははっ。……なんで、ちょっとだけでも会えないかなあって」


 笑ってみせたが、唇が変に歪んでいたかもしれない。


「実は、私もサインが欲しくて」


 ティアラは、隠し持っていたサイン色紙を見せた。


「父が〝エクセレント・ペガサス〟グレゴリー様の熱狂的な大ファンなんです。でも、私も勤務中だし」


「ああ、大丈夫だと思うよ。俺が貰っておこうか?」


「本当ですか? じゃあ……」


 言いながら、ティアラが色紙を渡して手招きをした。


 カインの耳元で、


「別棟の一階に店長室があります。運が良ければ会えるかもしれません」


 ティアラの気配りに、カインは少し後ろめたさを感じた。


「本当は関係者以外立ち入り禁止なんですけどね」


「ああ、見るだけにしとくよ」


「そうですか」


「じゃあ……」


 カインは、そそくさとその場を後にした。


 多くの怪我人を出した大事故や異臭騒ぎもなんのその、シャトー☆シロはとても繁盛しているように見える。

 国王の別邸を改装した煌びやかな施設。総距離1キロメートルを超える地下ダンジョンを三つも備えている。保安設備も万全のようで、本館のいたるところに監視カメラがついていた。エントランスには複数の警備員が常駐している。

 ただ、本来、利用客は用のない別棟は違うようで、すんなりと入ることができた。


 別棟の1階を歩きながら、カインは名物ロリ店長の姿を探した。

 シャトー☆シロの広告塔となっているエール店長は、ほとんど小学生にしか見えない。ちゃんとした大人の店長が他にいると、もっぱらの噂だ。


 ロリコンの気がないカインだが、バンバン流れている動画広告のおかげで顔は知っていた。

 その少女の正体が大蛇のモンスターだということに加え、闇取引のターゲットとなっているのだから驚きだ。

(しかし、あの子を捕獲とは……それって、ただの誘拐じゃないのか)


 店長室と掲示された部屋の前まで行き、ドアをノックしてみたが返事はなかった。

 カインは、ほっと息を吐いた。


「誰や?」


 声をかけられて、カインは後ろを振り返った。


「ウチに何か用か?」


「エール……店長」


 カインは、しきりに目をしばたかかせた。


「それは色紙? なんや、ファンの人かいな。早よ言うてやあ」


 エールは無邪気に微笑んだ。

 腰まで伸びる長い銀髪の小さなミニスカメイド。テレビで見るよりも、一層幼く見えた。


「初めて見る顔やなあ。さあ、入って」


 エールは、よいしょ、とドアを開け、


「特別やで」


 突如として、色っぽいくちぶりとなり、カインに向かって手を伸ばした。


「あ、はい」


 年齢が十歳は離れているだろうに、カインはドキドキして中に入った。


「兄ちゃん、ゴールド?」


「えっ?」


 カインは何のことかわからなかった。


「ゴールド会員かってこと」


「ああ」


 シャトー☆シロは会員制のトライアルダンジョンである。ゴールド会員は、その最上位にあたり、様々な特別サービスを受けることができた。


「俺は会員じゃないんだけど、グレゴリーさんがゴールド会員だから」


「兄ちゃん、〝エクセレント・ペガサス〟の仲間なんか! すごいやん!」


「いや、それほどでも……」


 カインは頭をかいた。


「じゃあ、かなり儲かってるやろ!?」


「まあ、そうなるかな」


 カインが曖昧に頷くと、エールはにやりと笑った。


「さあ。座って、座って」


 エールはカインを応接用のソファーに座らせた。


 カインは、テーブルの上にあったシャトー☆シロのマスコット〝勇者ポールくん〟のぬいぐるみを見ながら、

 俺は本当に今のパーティーに残りたいのだろうか? と、自問自答した。今まで無我夢中でやってきたのだけれど。


「もしかして、もう買ってくれてた?」


 エールは大型本を5冊、無造作にテーブルの上に置いた。その勢いで、勇者ポールくんのぬいぐるみが床に転がり落ちる。


「これは?」


「何を言うてんの。先月出たばかりのウチの7冊目の写真集やんか」


 エールは不満そうに口をとがらせた。


「……冗談! もちろん買ったよ」


「今回も使()()()やろ?」


「は? ……そ、そうだね」


 カインは、エールの凹凸の少ない幼児体系を見た。その筋の人には喜ばれるのだろうが、カインにロリコン趣味はない。

 むしろ、そうであった方が、これから自分がやろうとしていることが上手くいくのかもしれない。カインには罪悪感しかなかった。


 モンスター状態の生捕りで100億ロハス(通貨単位)、死体で50億ロハス、人間状態の生捕りで5億ロハス--。

 どう見ても、この子の正体が大蛇のモンスターだなんて考えられないし、人間に化けるモンスターなんて聞いたことがない。そんなモンスターが存在するなら、世界はもっと大変なことになっているだろう。

 しかし、パーティーの残留条件として言われた以上、やるしかないのだ。


「パーティーメンバーにも配っといてな。5冊で1万5千ロハスな」


 エールは満面の笑みで手を差し出す。


「サインも書いとくし」


 カインは財布を取り出して、


「しょ、商売上手だね。さすがは店長」


「そりゃそうやん。お金はナンボあっても足りへんねん」


 シャトー☆シロは2号店を隣町に出す計画があった。だが、半年ほど前に本館が半壊し、何ヶ月も営業を中止せざるをえない事態になった。復旧に費用がかさみ、見込んでいた収益はなくなったためである。

 現状、2号店出店の計画は白紙となっていた。


「副店長をはじめ、ホンマに使えんヤツらばっかりやからなあ……って、愚痴を聞かせてしもたな。皆んなが応援してくれるから、ウチ頑張るし」


 エールは自分に言い聞かせるように頷き、黒マジックを取り出した。


「副店長……」


 その人が店を実際にまわしているのか、とカインは察した。


「ウチ、転売とか許さへんタイプやから。お仲間さんにもよく言っといてな」


「と、当然だよ」


 カインは少し警戒しながら、せっせとサインを書いているエールを見た。


「〝真紅の鳥〟っていう昔話は知ってる?」


「もちろん。あの少女はウチのことやで!」


「へー」


 カインは、何がへーなのか、自分でも分からない。


「でも、もう二度と蛇にはならへんから安心してな」


「どうして?」


「蛇になっても応援してくれる?」


「いや、それは……」


 カインとエールは顔を見合わせて、にっこりと笑った。


「そういうことやな」


 そこで、エールはまたサイン書きに戻った。


 今なら簡単に誘拐ならぬ、捕獲ができそうだ。

 そうは思っても、迷う。

 自分がモンスターであることは否定しなかった。ただ、その姿を見せることがなければ、バカな子供の冗談にしかならない。


 グレゴリーのパーティーメンバーであることが、カインのプライドとなっていた。

 彼や他の仲間たちの実力や偉大さはよく理解している。だから、楽なのだ。

 ただ、指示に従えば良いのだから。


「やるしかない……」


 カインは迷いを吹っ切って、エールに向かって手をかざす。


誘眠魔法(スリープ)


 次の瞬間、エールはこてんとソファーに倒れ込んだ。

 かすかな寝息だけが耳に届く。

 エールの身体を覆い隠せるほどの大きな布、ベッドシーツのような物はないか、部屋の中を探した。


 店長室のドアがノックされた。

 何か考える暇も与えられず、ドアを開けた金髪ショートのミニスカメイドと目が合った。


「え……、カイン?」


 久しぶりに聞く声に、カインは息が詰まった。

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