第57話 魔法剣士カイン
連載を再開します。
「申し訳ありませんが、カインさんにはパーティーを抜けてもらいます」
そう言って、グレゴリー・フラッディーは美しく整えられた長い顎ひげを触った。
「あなたが上級職の魔法剣士に変わってから、半年。はっきり言って、中途半端です」
「気持ちは完全に魔法剣士なんですけどね。ははっ……」
カイン・ウィラードの笑顔は引きつっていた。
ピシッとセットされた金色の前髪が一束、額に垂れる。
質の良い魔力付きの上下装備を身に纏い、その意識の高さが伺える。
時刻は午前十一時頃、会員制トライアルダンジョン〝シャトー☆シロ〟のVIPルームに通されて、すぐの出来事だった。
「あなたにとっても良い話だと思うわ」
と、女魔導士のジーン・ルーフが顔を上げた。
VIPルームには、本革張りの高級ソファー、テーブルの上には人数分のウェルカムケーキ、壁面には高価な絵画や調度品が飾られていた。
そんな楽しげな雰囲気を一転させるように、グレゴリーは重い口を開いたのだった。
グレゴリーは全員の注視が集まる中、
「皆さん、同じ22歳ですが……、トロイさんは回復術のスペシャリストです。ジーンさんには時間魔法があります。しかし、カインさんには何もない」
そう言われて、カインは黙り込んでしまった。
「グレゴリーさんは、よく我慢してくれたと思うよ」
回復術士のトロイ・ウィリアムスは言い聞かせるように言った。
「いや……、もう決定なんですか?」
カインがようやく口を開くと、
「お前もうすうすは分かっていたことだろう」
トロイが睨みつけた。
「えっ? いや、まったく……」
カインはメンバーの顔を見渡す。
「まだ決定ではありません」
グレゴリーは、ゆったりとソファーの背もたれに体を預けて、カインを見た。
「この〝エクセレント・ペガサス〟のパーティーに残りたいですか?」
「はいっ」
カインは気をつけの姿勢になる。
〝エクセレント・ペガサス〟の異名をもつグレゴリー・フラッディーは、若い頃から冒険者としてメキメキと頭角を表した。40歳手前にになっても、その天才的な剣技で活躍し、根強い人気を誇っている。冒険者としての経験、実力はもちろん、リーダーとしての統率力、判断力もずば抜けているため、カインはとてもじゃないが頭が上がらない。
「グレゴリーさん、もう良いんじゃないですか?」
トロイが言った。
カインははっと息を呑んだが、グレゴリーの顔はいつもと変わらず、
「条件があります」
と、切り出した。
トロイとジーンは顔を見合わせた。
--副業に違いない。
「最後の最後で、真のメンバーになったと言えるわね」
ジーンが扉を開けて、部屋の外に誰もいないか確認する。
「大丈夫です」
トロイとジーンが神妙な面持ちでソファーに座り直した。カインの頬を嫌な汗が伝う。
「皆、〝真紅の鳥〟という昔話を知っていますか?」
グレゴリーが尋ねた。
「えっ? いや、聞いたことあるような……」
トロイは首を傾げた。
「不死の鳥にまつわる昔話ですね」
ジーンが答えた。
「不死の鳥って?」
聞き返すトロイにジーンはあらすじを説明した。
「--その物語の中に出てくる、少女に化けた大蛇が今回のターゲットです」
グレゴリーが腕を組んだまま、言った。
「ターゲットって何ですか?」
カインの言葉に、トロイが、
「黙って最後まで聞けよ」
「はい……」
でも、とカインが言いかけるのをグレゴリーが遮った。
「なんと、モンスター状態の生捕りで100億、死体で50億、人間状態の生捕りが5億です!」
「…………」
カインが黙って聞いていると、
「カインさん。あなたがパーティーに残留するための条件は〝シャトー☆シロ〟の店長、エール・カルマンの捕獲です」
最後にそう、つけ加えた。
「……ほ、捕獲? ここの店長を? それが残留条件?」
「昔話の登場人物が今も実在するなんて、にわかには信じられないけど……」
「100億というバカげた報酬金額が、逆に信憑性を増すわね」
そう言って、トロイとジーンは押し黙った。
カインは内心、舌打ちをした。
〝エクセレント・ペガサス〟こと、グレゴリー・フラッディーは人々の憧れの的だ。しかし、いつも黒い噂がつきまとっていた。カインも正直、今まで見て見ぬフリをしてきた。
これはグレゴリーの裏の顔、モンスター売人としての仕事だ。
「生死は問いませんが、人間のままでは価値はだだ下がりです。できますか? カインさん」
「…………」
カインは改めてグレゴリーに恐怖した。
普段はあまり感情を表に出さないグレゴリーの眉が、少し吊り上がった。
「わかりました。今までご苦労さまでした」
「いや、ちょっと待ってください……!」
困惑するカイン。
「やり方はあなたに任せましょう。助けが必要なら、なんなりと、このエクセレント・ペガサスに!」
グレゴリーは大仰に両手を広げて見せた。
「はい……」
カインは両の拳を握りしめた。じんわりと手に汗が滲んでいた。