第56話 羽つきスライムとサナギ
サナギ達を乗せたバギーカーが大自然の中を走っている。
「まだ着かないんですか!?」
助手席に座っているニナが、周りの騒音に負けないように大声で聞いた。
「マネクメネ(モンスター生息域)に入ってから三十分。もうちょいやろ!」
背伸びをしながら、エールが答える。
「ニナさん、傷は大丈うですか?」
後部座席からサナギが身を乗り出して言った。
「いや、それもそうなんだけど!」
悪路を走るバギーカーに揺られて、ニナはひどい車酔いに苦しめられていた。さらに原因がもう一つ……、
ニナは忌々しげに運転席の男の顔を見る。
「○!※□◇#△! ○!※□◇#△! ◎△$♪×¥●&%#~~ッ!!」
アーキラブ国境警備隊、クリスはヘッドホンを装着し脳天気に歌い続けていた。
褐色肌の異国人で、エールとは恋人関係にあり、マネクメネの案内を買って出てくれたそうだ。
こんなに腹が立ったのは初めてだ。ニナは、クリスのヘッドホンを剥ぎ取り、
「うるせえっ!!」
耳元で怒鳴った。
「ワッツッッッ!?」
クリスはハンドル操作を誤りそうになり、慌てた。
「クリス! 何度も言うけど、もう少し優しく運転してくれない!?」
「ノープロブレム! 俺はベッドの上ではいつも優しいぜっ!」
無邪気に答えるクリスの顔を見ているうちに、ニナはどうにも吐き気が抑えられなくなってきた。
そんなクリスが運転する車に乗り込み、午前八時にシャトー☆シロを出発してから、もうすぐ三時間が経とうとしていた。
この地域は、夜はモンスター天国だが、昼間となるとそうでもない。距離的に駆け出しの冒険者が集まりやすいので、以前は事故が絶えなかった。そのため、日中の時間帯は国認定の冒険者によるパトロールが強化され、次第にモンスター達は姿を消した。かわりに夜行性のモンスターが増えるきっかけとなったのだが、それは見ないふりをされている。
サナギ達は、羽つきスライムを自然に返すためにバギーカーを北へと走らせていた。母親スライムであるアンナも一緒に。
バギーカーの座席部分はロールバーのみでむき出しのため、風が心地よい。そんなわけで、羽つきスライムはサナギの膝の上に乗っている。今は、大地の匂いがするだけだ。
「ウボァロロロロ……!」
ニナが車外に向かって吐いた。
「オー、シット……!!」
クリスは絶句した。
「汚いなあ」
エールの反応は辛辣だ。
「羽つきスライムに強制的に眠らせてもらうか? その方が楽やろ」
「ダエです」
サナギが羽つきスライムを抱きしめて言った。どうすることもできなかったとはいえ、様々なトラブルに巻き込んでしまった。その特殊能力を与えるきっかけとなったサナギは、申し訳ない気持ちがあるのだろう。
「ウエッ……」
車外に顔を出したまま、ニナはえずいた。
「ヘイ、ニナ! 大丈夫か?」
クリスが目を丸くして問いかけた。
「今すぐ私だけでも降ろして……」
「こんな所で一人になったら、すぐに後悔することになるぜ!?」
「もう、してるわよ……」
ニナはクリスを睨みつけた。
「本来、この子にはない力ですから」
「そんなもんなくても、羽つきスライムってだけで、金は稼げるんやけどな」
後部座席では、サナギとエールが話していた。
「人が使って良い力じゃない」
「シェミハザは再起不能やろうなあ、だいぶん無理してたしな」
「生きてさえいれば……」
死んでしまっては、何も意味をなさない。
「そういや、お前らデートしてたやろ。どこまでヤッたんや?」
「なっ、どうして……」
サナギはようやく言葉を押し出した。
エールは得意げにニヤニヤと笑った。
「店長が考えているようなことは、何もありあせん」
サナギが頭に血を上らせたところで、バギーカーが停車した。
「やっと着いた!」
ニナが歓喜の声を上げて車外に飛び出す。エールとサナギもその後に続いた。
目の前には、背の高い植物が群生している。真っ青な空の下、冷たい距離感を保つモンスターの影が見えた。振り返ると、遠く離れたところに警戒を示す赤色灯が光っている。人はひとりもいない。
モンスター生息域に来たのだな、と感じる。
「ウボァロロロロ……!」
ニナがまた吐いている中、クリスがのんびりとした調子でエールに言った。
「俺が力を貸せるのはここまでだぜ。エール」
「十分や。おおきに、クリス」
「それだけかい?」
「お楽しみは、あ・と・で♡」
エールは投げキッスをして見せた。
サナギは、母親スライムのアンナが入った専用のケースを開ける。
「はあ……、もったいないお化けが出るで」
エールが大きなため息を吐いた。
「しつこいですよ。店長」
「へいへい」
渋々と返事をするエールを見て、サナギはふっと笑った。
羽つきスライムはサナギの手から飛び上がり、その頭上を旋回した。
「一つ聞いておきたいんだけど、私を心配してしたことなの?」
「は……?」
エールが怪訝な表情をした。
「私も元気に頑張るから」
サナギは笑顔で手を振る。
羽つきスライムは安心したようだった。
スライムの親子は、彼らが一番、相応しい場所へと帰って行った。
(第二部 了)
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