第51話 奇襲
ギゾーが車内の無線から指示を出す。
『目的はサナギちゃんの奪還! 一気にいくよ!』
ニナがビルの敷地内に飛び込む。
全速力で非常階段に近づくと、さっそくサーチライトに行手を阻まれた。
『一応ググってみたら、そのヘリは〝アパッチ〟と言うらしい--』
ヘッドドレスに付いたインカムからギゾーの声が聞こえたのは、そこまでだった。
アラキバの操る〝アパッチ〟がニナに向けて、機銃を掃射した。
それに反応して駆け回るニナの背後で、コンクリート壁やら庭木やらが吹き飛ぶ。
アパッチから吹き下ろされる強風に煽られながらも、ニナはなんとか非常階段までたどり着いた。
ホバリングするアパッチが、機銃をバババッと掃射すると、ニナは加速してこれを回避する。
「ちっ!」
意識を逃げに集中したまま、ニナは身を翻し、メインローターを狙ってトリガーを引く。
弾丸はローターヘッドをかすめただけだった。
「やっば……ひゃああっ!!」
鉛玉の雨あられがニナに降り注いだ。100倍返しの反撃を引き連れて、ニナは階段を駆け上がる。
強度を失った非常階段がグラリと全体的に傾いた。足を滑らせたニナは、間一髪、片手一本で手すりにぶら下がった。
襲ってくる弾丸の雨の下をすり抜けるようにして、ニナは階段の踊り場に飛び込む。
そこで、ニナはあっと息を呑んだ。
「りゃりゃりゃりゃっ……!」
地面に落下しかねない勢いで、エールがビルの屋上から垂直に壁面を駆け降りてきた。
「てやぁっ!!」
壁を蹴って跳躍したエールは、アパッチの側面に張り付き、自身の右腕を白蛇に変化させた。
「とりあえず、これいっとけ!」
深く考えることもなく、エールの右腕はアパッチが搭載しているロケットランチャーに噛みつき、情念の毒であっさり溶かし破壊した。
弾薬が爆発し、機体がバランスを失う。
「店長!」
裏返った声で、ニナがエールに呼びかけた。
エールの身体は吹き飛ばされ、アパッチは誘爆を引き起こしながら墜落した。
『大丈夫!』
無線でモンスター使いのギゾーの声が返ってきた。
なす術もなく落下していくエールを、大きな怪鳥がその爪に引っかけた。
そのまま夜空を舞い上がる、シャトー☆シロ所属のキラーバード。
エールはアパッチに奇襲をかけるため、キラーバードと屋上へ先回りしていたのだ。
「まったく乱暴なんだから……」
ニナは首を伸ばし、不安そうに天を仰いだ。
『えっ、ワシのこと? キラーバード?』
「違います。店長ですよ」
『エールのことはワシらに任せて、ニナちゃんは急いで!』
ギゾーに言われ、ニナが銃で三階の非常扉の鍵を壊す。ビル内に入ると、正面に見える部屋から明かりが漏れていた。
「あそこね」
薬品の匂いが漂う中を進んでいると、カチリという音が響く。非常扉の陰に隠れていた黒装束のアラキバが、ニナの背後でゆっくりと銃を構えた。
ニナが、すっと身を引いた。
空気を震わせる銃声。
ニナは猛然とアラキバに駆け寄ると、側頭部に回し蹴りを見舞う。
「ぎゃあっ……!」
アラキバは銃を落とし、もんどりをうって倒れた。
「もう魔力が残ってなかったのかしらね。銃で私に勝つのは無理よ」
言って、先を急ぐニナは目的の部屋の前に立った。ゆっくりとドアレバーを下ろし、そのまま一気に扉を開く。
すかさず、銃を構えて中を見回した。
ニナは息を呑む。
研究室のような部屋で、シェミハザがサナギを肩に担ぎ上げて、運ぼうとしていたところだった。
サナギの両腕がだらりと垂れ下がった。
「止まりなさいっ!」
ニナは銃口をシェミハザに向ける。
「あなたは、一体何をしてるんですか?」
「…………」
シェミハザは何も答えず、うんざりした顔をした。
今さら、ニナに何を言ってもはじまらないからだ。
「すぐにサナギを解放してっ!」
ニナが叫ぶ。
「嫌だね」
シェミハザは、ようやく低い声で言った。
緊迫した空気に包まれる。
仕方がない。この距離ならば確実にシェミハザの脚だけを狙うことは可能、とニナはトリガーに指をかけた。
「ラメエルさん。遅いですよ」
シェミハザが、小太りの武闘家の名前を呼んだ。
ニナは、左手でガーターホルスターから新たなデザートイーグルを抜いて、背後に向けた--。
「申し訳ない」
だが、その手をラメエルに掴まれたとき、ニナは雷に撃たれたように硬直した。
「まさか、侵入者がニナさんだとはびっくりだよ」
ラメエルは、いつもと変わらぬ口調だった。
「…………」
ニナは汗で銃を取り落としそうになる。
「屋上のヘリで俺らは移動しますから、後は頼みます」
シェミハザはそう言って、ニナの照準から外れた。
ニナは、またヘリか、と銃を握り直した。
「……ちょっと!」
ニナはなんとか声を絞り出す。
「動かないで。撃つわよ」
「そんな勝手なことされると困るよ」
ラメエルが言った。
「こんな所にまで乗り込んでくるなんて。怒ってるよね?」
「当たり前でしょう。誘拐だなんて」
「軽蔑されても仕方がない」
ラメエルは本当に後悔をしているようだった。
「ふんっ……」
ニナはそれを鼻で笑う。その間に、サナギを担いだシェミハザは別の扉から部屋を出て行ってしまった。
「手を離してもらえますか?」
ニナは、きっとラメエルと視線を合わせた。
「あっ、ごめんなさい」
ラメエルは掴んでいた手を離して、一歩下がった。
「…………」
眉間に皺を寄せたまま、ニナはヘッドドレスのマイクに手をかけた。
「ギゾーさん」
『どうした?』
「シェミハザがサナギを捕らえたまま、屋上へ向かいました。ヘリで移動するそうです……店長は?」
『大丈夫だよ。今、屋上でキラーバードが回復魔法で治療してくれてる』
「ちょうど良かった。店長にそう伝えてください」
「ちょっと、ちょっと。勝手に喋らないで!」
ラメエルがニナを制止した。
が、ニナは無視して、
「私も行けたら行きますから」
『わかった』
「無視しないでよ!」
再び、ラメエルがニナの手を掴む。
「もう終わりました」
ニナはラメエルの手を振り払い、向き直った。
「…………」
「私はこれから屋上へ行きますが、あなたはここにいてくださいね」
「そんな訳にはいかないよ。むちゃくちゃ言うなあ、君は」
ラメエルは呆気にとられていた。
「ですよねー」
「僕はシェミハザの後を追うよ。仕事だからね」
ラメエルは拳を握り、前に突き出して続けた。
「ニナさんこそ、ここで大人しくてて」
ニナはデザートイーグルを構える。
「私もそういう訳にはいかないんですよ」
ニナはシェミハザパーティーの中で、ラメエルだけは以前から知っている。
というのも、ラメエルはこの国一番の武闘家として名を馳せていたからだ。先ほど、その片鱗を垣間見せられ、大きなレベルの差を感じた。
仕事やお金には困っていないはずなのに、どうしてシェミハザにここまで肩入れをするのか、と疑問に思う。
「友人だからというか、腐れ縁というか、約束しちゃったし……」
ラメエルは口ごもりながら答えた。
国一番の武闘家が、なんとも馬鹿馬鹿しい理由である。勝つのは難しいと言わざるをえないが、エールがサナギを救出するまでの時間を稼がなければ……。
ニナを闘志が支配した。
第二章も終わりが見えていますが、ストックがなくなってしまいました。少しお時間をもらいます。