第50話 サナギ奪還作戦開始!
シェミハザの自宅兼研究所は、立派な三階建てのビルで、動画配信者としての権勢を誇っているように見えた。
そこから遠く離れた場所に停車した「シャトー☆シロ」のロゴが入ったバンの横で、エール、ニナがビルを見つめる。三階の一部屋だけ明かりが点いていた。
「なんだか誘われてるみたいね」
ニナが独り言のように呟いた。声が少し緊張している。
それもそのはずで、そのビルの周りを軍用ヘリコプターがサーチライトを照らしながら、まばらな建物の間を縫うようにして飛び回っていた。
「まるで戦争中や。さすが人気動画配信者、演出の仕方が違うで」
エールは、昂る気持ちを抑えきれないようだった。
『どうする?』
車内に設置されたPCの前に座ったギゾーが無線で尋ねた。
『正面突破で行くか、それとも外付けの非常階段から行くか……』
「どっちにせよ、敵は待ち構えてるやろうから見えてる非常階段からかな」
エールが言った。
「相手は軍用ヘリよ。店長でもさすがに死ねるんじゃないの?」
言いながら、ニナはガーターホルスターからデザートイーグルを取り出した。
「さすがのウチもミンチ肉状態になったらな……。もし、それでも生きてたら、店長として迎えてくれるか?」
「いや、無理でしょ。気持ちの悪い」
「なんでやねん!」
「お願いですから、その時はちゃんと成仏してくださいよ」
「まあ、軍用ヘリは問題ないやろ。こっちには銃使い大先生がおるんやから」
エールに言われ、元職業銃使いのニナが、
「どういうことですか?」
「ウチ、マンガや映画で見たことあるで。銃の名手が、ああいうヘリコプターを一発で仕留める場面」
「私、シェミハザパーティーに撮影係として一週間同行してたんですよね」
「それが?」
と、エールは先を促した。
「あの軍用ヘリは、おそらく召喚したものだから人は乗ってないんですよ」
「ほなら、燃料タンクとか狙ったらええんとちゃうの? 知らんけど」
「店長は、燃料タンクがどこにあるのか知ってるんですか?」
「知らん」
「じゃあ、無理ですね。私も知りませんから」
「他にはプロペラのつなぎ目を狙うとか……」
「日中ならともかく夜間は嫌です。もし、はずしたら私がミンチになっちゃう」
「ちょっと待ってや、銃使い(笑)大先生。クソの役にも立たへんやん」
エールは皮肉たっぷりに明るい口調で言った。
「店長が勝手に期待したんでしょうがっ!」
ニナが激高した。
「お前、もう二度と銃使い(失笑)とか言うなよ!!」
「自分から言ったことないっ!! だいたい、もう現役じゃないんだから!」
「キィィィィッ!!」
「ムキィィィィッ!!」
エールとニナはつかみ合いの喧嘩を始めた。
『二人とも何をしてんのさ!?』
ギゾーが無線で割り込んだ。
だが、それを無視してニナが続ける。
「じゃあ、私が囮になるから店長がなんとかしてよ!」
「何でウチがっ!?」
「首切られても死なないんだから、当然でしょ!」
「あの時はLOVEパワーがあったからや! 今はちゃうっ!!」
と、エールは反論するが、
『ああ、うるさいっ!! それでいこう! 早くしないとサナギちゃんが危ない!』
耳をつんざくほどのギゾーの大声がインカムから返ってきて、エールとニナは立ち尽くした。
なし崩し的に作戦(?)は決まった。
◯
シェミハザがのんびりした口調で言う。
「そんなに悲観することもないだろう」
「悲観って……」
サナギの身体から力が抜ける。
自分は何のために、あの時生かされたのか、と。
「分かったよ。嘘だよ嘘」
シェミハザは注射器を取り出した。
「世界平和なんて」
軽口を交わすように言って、サナギの右腕を消毒する。
血を抜かれるわけにはいかない。かと言って、いっこうに力が入らず、サナギは歯噛みした。
「面白いからだよ」
「くっ……」
サナギは声も出にくくなってきていた。目だけ食い入るように、シェミハザを睨みつけた。
「でも、蘇生術は本当に興味がある。まさに神の領域だもの」
「…………」
「シスが羨ましいよ」
「……あなたには実現できない」
「ふっ--」
シェミハザは苦笑して、注射器を置いた。
「やっぱり、何か知ってるね」
「それが?」
「えっ?」
「知ってたらどうだと言うの?」
「…………」
奇妙な沈黙の中、サナギとシェミハザが見つめ合う。
シェミハザが首をすくめる。
「ごめん……サナギのことを見くびってたよ」
そして、再び注射器に手を伸ばした。