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ダンジョンで接客業をしているが、職場がまさに戦場でしんどい。  作者: 森口デコ
接客業が向いてなくてしんどい
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第48話 完全にデートだ その②

 サナギとシェミハザは丘の上の山頂に向かう。笹原から樹林帯を抜けて、ようやく眺望が開けた。

 眼下には、趣深い城下町と文明の光が混ざり合う印象的な夜景が広がっていた。


「わあ、すごい……」


 サナギが目を見張る。


「少し風があるね。寒くない?」

 

 シェミハザが近づいてきたので、サナギは思わず身構えてしまう。


「だ、大丈夫です」


 サナギは夜景に見入るふりをしながら、


「最近……」

 

 と、口を開いた。こんな時でも変な喋り方だけれども。


「いろいろありすぎ()した」


「いろいろって?」


「それは、その……」

 

 仕事の事とか羽つきスライムの事になるが、サナギが言い淀んでいると、


「俺と出会った事とか?」


「え……」

 

 サナギはシェミハザと視線を合わせた。サナギの表情があまりにもこわばっていたので、


「ごめんごめん」

 

 シェミハザは、くっくっと肩を震わせて笑った。


「謝られるようなことは何も……」


「シスとも夜景を見たの?」

 

 シェミハザは静かな声で言った。


「いえ」


「本当? 辛いことを聞くかもしれないけど、シスと付き合ってたんじゃないの?」


「ち、違い()す。シスと私は同期の友人です……」

 

 なのに、シスという名前を聞くだけで、サナギの胸の内に込み上げるものがある。


「シスは天才だった」


「そうですね」


「俺も魔法開発をやってはいるが、彼の前では児戯に等しい」


「謙遜しすぎでしょう」


「蘇生魔法」

 

 言って、シェミハザは大きく息を吐いた。()

 サナギは鉄の手すりを掴む。心臓が大きく一つ波打った。


「まさに神の領域だよ。だが、できればシスの偉業を引き継ぎたいと思ってる」


「何()分からないんです」

 

 サナギはシェミハザが言うより先に答えた。


「一緒にやろう」


「すみ()せん。何()役に立て()せん」


「そうか」

 

 シェミハザは頷いた。


「蘇生魔法なんかないんです」


「そう……なんだろうね」

 

 ひんやりとした風が、シェミハザの青髪を揺らした。


「それじゃあ、もう一つ。実は今、俺が羽つきスライムを確保している」


「え……」

 

 サナギは手摺りを握っていた手を離して、一歩下がった。


「信じてないね?」


「だって、ニュースで移送された研究所は放火事件があって……」


「俺は目的のためなら何でもするよ」

 

 二人の間に静寂が訪れた。


「どうして? 何のために?」


 サナギは尋ねた。


「世界平和のために」

 

 シェミハザの言葉にサナギは首を振った。


「ふざけないでください」


「…………」

 

 シェミハザはサナギを見つめたまま、何も言わなかった。


「行こう」


 シェミハザがサナギに向かって手を差し出す。

 サナギがその手を取ることはなかったが、シェミハザの後をゆっくりと歩いて行った。

 茂みの中から白蛇が這い出てきた時、二人の姿はもうそこにはなかった。


   ◯


 時刻はもう午後九時に近い。シャトー☆シロの店長室では、エールとニナとギゾーが遅めの夕食として、ポトフ鍋を囲んでいた。


「んあ?」

 

 エールが口から丸のままの玉ねぎを吐き出した。


「うわっ、汚い!」


 それを見たニナは顔をしかめた。


「ニナちゃん、この豚バラよく味が染み込んでて美味いよ」


 と、ギゾーが言った。


「サナギの携帯番号を知ってるか?」

 

 もう一度玉ねぎを勢いよく丸呑みにして、エールがニナに尋ねた。


「何を言ってるんですか。話を聞いてました?」


「何が?」


「国立研究所への放火の疑いが私たちにかけられているって話ですよ。羽つきスライムも同時にいなくなったせいで」


 ニナは豚バラを頬張り、


「あっ、本当に美味しい。ギゾーさん、料理上手ですね」 


 ギゾー特製のポトフ鍋は、にんじん、玉ねぎ、キャベツ、かぶ、セロリ、豚バラ肉、鳥もも肉などが一緒に煮込まれていた。


「ポトフに上手もへったくれもないでしょ」


 ギゾーは褒められて、まんざらでもない様子だった。男所帯のダンジョン管理部で、しばしばギゾーはこうして手料理を振舞っている。それほど手の込んだものではなく、いわゆる男の料理だ。


「携帯番号って……えっ、まさかサナギが放火したと?」


 ニナは驚いて食べる手を止めた。


「なんでやねん。そんなわけあるか」

 

 エールが、ズズッと音を立ててスープをすする。


「ま、羽つきスライムに一番関わりがあるのはサナギちゃんになっちゃうからねえ」


 ギゾーは、にんじんにマスタードを塗って口に放り込んだ。マスタードが鼻にツンとくる。塗りすぎたらしく、涙が出てきた。


「じゃあ、どうしてサナギの携帯番号を?」


 ニナが尋ねた。

 エールは豚バラにマスタードを塗りながら、


「ん?」

 

 と、しばらく考えていた。


「あ、せやっ! サナギとシェミハザを見失なったんや」


「はあ? 何を言ってるんですか」


「アイツらホテルに行ったんちゃうか」


「…………」

 

 ニナとギゾーが顔を見合わせた。


「せやから、また白蛇を使ってサナギと、一緒におったシェミハザを尾けとったんや」


「話をしてても何だかうわの空だと思ったら、また覗きですか? 本当に油断も隙もない……」


 ニナはうんざりして言った。


「ウチがどんだけ苦労したか、知らんやろ?」


「覗きは犯罪ですよ」


「サナギの匂いをたよりにヒッチハイクを繰り返してなあ」


 エールが喋っている途中で、


「サナギちゃんとシェミハザが二人っきりでデートって、それは穏やかじゃないねえ」

 

 ギゾーはやれやれと首を振った。


「早う、サナギの携帯番号を教えろ」

 

 エールがニナに尋ねる。さっきの話の続きだ。


「やめなさいよ、二人の邪魔をするのは。趣味の悪い」


「なんでやねん! シェミハザからは、羽つきスライムのあの甘い香りがしたんやぞ!」

 

 エールがドヤ顔で言った。


「どういうこと?」


「お前はアホか。シェミハザが放火の犯人ちゃうかと言うてんねん」


 常々、バカだと思っているエールにアホ呼ばわりされて、ニナはとても不快な気持ちになった。


「いや、ちょっと待って。そのシェミハザとサナギが一緒にどこかへ? 大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないから、携帯番号を早く教えろ言うてんねん! アホ!」


「ホテルに行ったかもしれんとか、いやらしいこと言ってただけでしょうが!」


 ギゾーは二人を無視したまま、これ見よがしにポトフ鍋をむさぼった。

 シェミハザが羽つきスライムを(さら)ったのだとして、目的はあの特異な力だろうか?


 そして、羽つきスライムにはサナギが必要だとたどり着いたに違いない。

 サナギにだけ匂わないんだから、当然そう考える。

 やはり、鬼の血が原因だったのか。

 ポトフ鍋の塩気がいやに頭に響く。


「……ギゾーさん?」


 ギゾーにじっと見つめられていたニナは首を傾げた。


「サナギちゃんが危ない」

 

 心配そうな小さな声だった。


「早く電話して」

 

 ギゾーは短く言った。

 ニナが、はひ、と頼りない返事をする。


「どこのホテルに行ったんやろか?」


 と、エールが聞いた。


「バカ言ってないで! シェミハザは自前の研究所も持ってる!」


 ギゾーはパソコンの前に座り、苛立ちまじりにキーボードを操作した。


「電話がつながりません!」


 ニナの言葉にギゾーは緊張した。エールの方を向き直す。


「サナギちゃんはシェミハザに誘拐されたんだ。研究所の住所はわかったよ。どうする?」


「決まりきったことを聞くな。怒るで……」


「取り戻しに行く?」


「当たり前やろ。サナギはウチの店のスタッフや」


「んじゃ、車を回すわ!」


 ニナは半ば呆然として、部屋から出て行くギゾーを見守った。

 しかし、可愛い後輩のためにやるしかない、とすぐに覚悟を決めた。

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