第45話 ダンジョンボス戦 その②
「さあ次だ! 早くやろうぜっ!」
ネフィリムが、まるで何事もないかのように言う。
「鎧を囮に使うのに、下着まで脱ぐ必要ないでしょう」
シェミハザが咎めた。
「バカ野郎! そこは気持ちだろ、気持ちっ! 俺は全裸になることで背水の陣を敷いて、勝利を得たんだろうがっ」
ネフィリムは興奮したまま、パンツを履こうとしてすっ転んだ。
なんだか気分が悪くなってきたサナギは、大きく息を吐く。
「シェミハザさあ。おあたせしあした。次戦の用意が整ったようです」
「ごめんね。いろいろと」
隣の武闘家ラメエルもシェミハザと一緒に頭を下げた。
「サナギちゃんにはちょっと刺激が強すぎたかな!?」
ネフィリムはジタバタとパンツを履いた。
一連の騒ぎをよそに黒装束の召喚士アラキバが、苛立たしげに何事かぶつぶつと呟いている。自分の番が待ちきれないようだ。
「次は僕の番だよ」
ラメエルに優しく言われ、さすがにアラキバも少し昂ぶった息を鎮めた。
目の前では、頭はライオン、体は山羊、尾は蛇のレベル35のキマイラが雄叫びを上げた!
そこでラメエルが構える。
「あたぁっ!!」
気合いとともに、ラメエルがキマイラに回し蹴りを見舞った。
ガッという固い音とともに、キマイラがそれを額で受ける。
しかし、揺るがず、口から火炎を吐き出した。
火炎は巨大な塊となり、ラメエルを襲った。かなりの衝撃とともにラメエルは炎に包まれる。身じろぎすることもままならなかった。
火煙にむせ返りながらも、
「ほあっちゃあ!!」
腰を落とし火炎を殴り飛ばし、小太りの身体を躍らせて、ラメエルが脱出した。
これには、さすがのキマイラもおどろいた。
「あたぁっ!!」
かえす刀で、ラメエルが跳び膝蹴りを繰り出した。
キマイラが咆哮とともに飛び退く。
ラメエルは攻撃の手を緩めず、猛然と追撃した。
キマイラがうろたえ気味に大きな石柱に身を寄せた。
その一瞬だった。
「火龍爆殺脚!!」
ラメエルの長くはない足が、鮮やかに石柱を破壊し、キマイラの顔面を蹴った。
「ギャオッ!!」
反撃で振り払ったキマイラの右手は空を切った。
ラメエルの正拳突きと同時に、キマイラが首筋に喰らい付く。
「ほあっちゃあっ!!」
「グルアァッ!!」
サナギがカメラから顔を上げると、キマイラの巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
「ラ、ラメエルさん……」
シェミハザがホッとして、
「大丈夫?」
「うん、見た目ほどじゃないよ。回復魔法をお願いできる?」
ラメエルは肩から胸にかけて切り裂かれた傷を見せた。
傷は負ったが、それにしても炎を殴り飛ばした技は尋常ではない。
「少し休憩しあすか?」
サナギは尋ねた。
「必要ない」
召喚士のアラキバがシェミハザ達の答えを待たずに言う。
「こんなに待たされるとは思わなかったよ」
「何だとっ!? アラキバ! てめえ、この野郎!!」
パンツ一丁のネフィリムがアラキバに突っかかろうとするも、手負いのラメエルになだめられて身悶えした。
二戦とも五分とかかっておらず、何より全く危なげがない。改めて、シェミハザパーティーの熟練度は大したものだと、サナギは感心した。
「メイド、早くしろ」
「あっ、はい……」
サナギはアラキバに促されて、ギゾーに無線で連絡する。
いよいよ最後のボス、レベル35の雪男が吹き荒ぶ冷気の中をあらわれた!
アラキバの口の端が歪む。いまにも、高笑いをしだしそうなふてぶてしさだ。
やる前から勝敗は決まっているかと言わんばかりで、サナギは少しカチンときた。
アラキバが手を振り下ろす。
地響きを立てて、対戦車自走砲が召喚された。召喚されたのだがーー、
「あっ」
「えっ?」
シェミハザ達は驚いた。
アラキバがそのままべたりと前へ倒れたのである。
コントロールを失った対戦車自走砲が、ドカンと壁に激突した。
当然、雪男はそんな事はおかまいなしに、アラキバに向けて悠然と巨大な拳を振り下ろした。これを、ネフィリムとラメエルが受け止めて叫ぶ。
「アラキバ、どうしふぁんひゃ」
が、二人ともろれつが回らない状態になっていた。
雪男とネフィリム、ラメエルがもつれるように倒れ、鼻をつまんだシェミハザが言った。
「サナギ! この甘い香り!?」
「えっ、匂い? 何お匂いあせんが。そんなに凄いんですか?」
「この部屋に充満してるよ」
「えっ……」
おろおろするばかりのサナギの前で、シェミハザがばたりと床に突っ伏した。
「そうだ……」
シェミハザは、なんとか鼻を手でおさえ直して、
「……羽つきスライム」
「そ、そんな」
サナギは言葉を失い、自分の胸元を見た。羽つきスライムは今もその中で息をひそめているはずだった。それがこんなにも広範囲の出来事を引き起こすなんて。
シェミハザは指先をぴくりと振るわせて、そのまま動かなくなった。間を置かず、キャタピラーが激しく軋む音が響く。
『サナギちゃん! どうしたのさ!?』
サナギのインカムにギゾーの声がとびこんできた。
「ギゾーさん、そっちはああい匂いはしあすか?」
『匂い? ああ、甘ったるい匂いがする。何さ、これ?』
「嗅がないで!」
『パトロール班のヤツらと連絡が取れないのと関係あるの!? それより……』
ギゾーは、慌てて鼻を摘んで息を呑んだ。
『自走砲が暴走して……後ろ!』
背後では、アラキバのコントロールを離れた対戦車自走砲がズイと前進し、いつでも主砲が撃てることを伝えていた。
「まずい……」
サナギは躍起になって、シェミハザを担ぎ上げると全力で飛び退いた。
にぶい衝撃があって、砲弾が発射される。
破壊の音と石片がバラバラとサナギ達に降り注ぐ。
砲塔が再びサナギ達の方に向いた。
サナギがシェミハザを床に下ろすと、その影から、真っ黒な鉄塊が顔を覗かせる。サナギの身長よりも遥かに長い、鬼の金棒が出現した。ためらっているときではない。
サナギは鬼の金棒を握り、砲身ごと対戦車自走砲をぶっ叩いた。
バラバラと部品を撒き散らしながら、自走砲がサナギを押し退けるように前進を始める。
無防備に眠るシェミハザ達を背にして、サナギは全長5メートル、重さ13トンの自走砲を持ち上げ、一気に頭上までさし上げると、
「どらせいっ!!」
そのまま地面に叩きつけ、自走砲を真っ二つに粉砕した。
「……なんじゃ、そりゃ」
監視用モニターを見ていたギゾーは、サナギの圧倒的なパワーに目を丸くしながら眠ってしまった。