第41話 オニヤンマ魔導士
よく知らない人と接するのは、こんなにも怖いものか、と思う。しかも、自分はまともに喋ることができない。
サナギはいつからか自信を失い、迷い始めていた。
毎日のようにクレームを言われて、叱られる。今日もたぶん同じだろう。
それが分かっていながら、サナギにはどうすることもできない。ただ、右往左往するだけだった。
胸元で羽つきスライムがもぞもぞと動いたので、サナギはハッと我に返った。
見ると、目の前にオニヤンマ魔導士が立っていた。フロント前のメインロビーは、いつも通り盛況である。
「どうしたの? 話、聞いてる?」
オニヤンマ魔導士がペシペシと魔法の杖を鳴らす。
が、サナギは何も聞いていない。
次の瞬間、サナギは大声を上げて頭を下げた。
「おうしわけありあせんでしたっ!」
その大声に、オニヤンマ魔導士はひどく不愉快な顔をする。
「大体の事情は聞いてます。あなた方の立場も分かりますが、なんといっても私はモンスター廃絶会の代表を務めています。それなりに配慮をしていただかないと」
「配慮ですか?」
「そう」
オニヤンマ魔導士は、展示されているフェネクスの羽根をチラッと見た。
「獲得した人はまだ一人だけのようね」
「はあ」
昨日、フェネクスの羽根を獲得したお客様があらわれたようだった。
特設イベントブースに、一枚の大きな写真が額に入って飾られていた。写っているのは、フェネクスの羽根を手にした、いかにも貴族らしい長身の男。シャトー☆シロのメインバンクの頭取だった。
サナギから見ても胡散臭い。もう少しどうにかならないものだろうか。
「私たちのパーティーでは、レベル的にプラチナムダンジョンにチャレンジはできません。ですから、残念だわ、と思って」
オニヤンマ魔導士の言葉の意味するところを、サナギはしばらく考えてみた。
「……? どういうことでしょう?」
だが、分からない。
オニヤンマ魔導士はムッとした表情になった。
「いえ、例えばね。シルバーダンジョンの宝箱3個と、プラチナムダンジョンの宝箱1個を交換できるようにしたらどう?」
「そう言われあしてお……」
サナギは消え入りそうな声で言った。
はあ、と溜め息を吐いて、オニヤンマ魔導士が、
「よろしい?」
店内を見渡す。
「やはりきちんと伝えるべきね」
そう言って、オニヤンマ魔導士は肩から下げていたバッグからレポート用紙を取り出した。
「意見書……?」
サナギが表紙に目をやった。ほんの少し、胸元の羽つきスライムが動いた。
「私たち、モンスター廃絶会の間でも、この店は即刻営業停止するべきだという話がありまして、これを然るべき機関に提出いたします」
「ちょっとあってください!」
よりによって、エールとニナが不在の時に。サナギは絶句した。
オニヤンマ魔導士は、魔法の杖を扇子に変化させて、ぱたぱたと仰ぎ出した。
「待ってどうするの?」
「いや、あの……」
羽つきスライムが暴れ出したため、サナギは胸元を手でおさえ、冷や汗を垂らした。
--まずい。ダンジョンエリア外にモンスターがいるなんて、この人にバレたら終わりだ。どうしよう? オニヤンマ魔導士が私の胸元を睨んでいるような気がする。
ややあって、オニヤンマ魔導士が口を開いた。
「あなた、香水をつけ過ぎよ。接客業をなんだと思ってるの?」
「あの、私は香水はつけてあせんが」
「じゃあ、この甘ったるい匂いは何なの? あなた、匂わないの?」
「いえ、全然……」
オニヤンマ魔導士は、サナギの言葉を無視して扇子をあおぐ手を強めた。
「さっきから、どうして胸を隠してるの?」
「いえ、あの……」
「また何か、性的なサービスをしようとしてるんでしょう? 見せなさい!」
言いながら、オニヤンマ魔導士はサナギの腕を掴んだ。
「あっ!」
サナギが、その手を振り払おうとして、おっぱいが大きく揺れた。同時に、驚いた羽つきスライムが胸元から、すぽんと飛び出すのが見えた。
「ひっ! スラ……」
目を見開き、オニヤンマ魔導士が叫ぶ。
次の瞬間、ぐらりと身体が傾き、糸の切れた人形のようにその身をサナギに預けた。
「えっ、どうしあした!?」
サナギはオニヤンマ魔導士を抱きかかえたまま、素早く羽つきスライムを捕まえる。
「あのう……」
オニヤンマ魔導士はぐっすりと眠っていた。時折り、むにゃむにゃと気持ちよさそうに寝言を言った。
サナギは、近くの椅子にオニヤンマ魔導士を座らせた。一体何が起こったのか、よく分からなかった。ようやく、羽つきスライムの事を思い出し、胸元をおさえて逃げるようにその場を後にした。