第40話 エールとニナは本日不在
「私に接客はうりです」
サナギは、我慢できずに言った。
口は閉じたままだけれども。
窓から差し込む朝の光の中で、サナギはニナと向き合っていた。どことなく緊張した空気の中、サナギはエプロンドレスの胸元をおさえた。まだ、シャトー☆シロは開店前である。
サナギは、出勤してすぐにスーツ姿のニナとばったり出会ってしまった。
ミニスカメイド服に着替える前に、羽つきスライムを返しに行きたかったのだが、見つからないように隠すので精一杯だった。そして、ニナの注意を逸らそうとしているうちに、いつも考えていることが口から出てしまった。ニナには全く非はない。その困惑した表情を見て、申し訳ない気持ちになった。
「私に接客はういてあせん」
だが、もう一度サナギは言う。
「配置転換をお願いしあす」
ニナの顔をみつめた。
「何を言ってるの。まだ、働き始めてからそんなに経ってないじゃない」
ニナは、ますます困った表情になった。
とにかく--。バレないうちに羽つきスライムを管理部に戻さないと。接客業務から外してもらいたいのはウソじゃないし。
だが、ニナも遅かれ早かれこうなることは予想していたようで、
「店長に相談してみましょう」
ニナとサナギは店長室に向かうことになった。
「……?」
ニナと同じくスーツ姿のエールは、店長室に入ってきた二人から重苦しい雰囲気を感じた。サナギはエールと目を合わせようとしない。
まあ、だいたいの見当はつくが、それを自分から口にするほどエールは人間ができていない。
エールのスマホの着信音が鳴った。
「うぇーい、メイ君! 久しぶりやなあ! ……うんうん、もちろんヤッてんでー! あ、そうや! 今日な珍しくスーツ着てんねん! 好きやろ? パンスト! かぶり放題、破り放題やでー! 恥ずかしくて、あの時は言えへんかったけど、メイ君のこと、やっぱ好っきゃねん!! やっぱ好っきゃねーん! うぇーい!」
「ちょっと、ちょっと……!」
ニナは、終わりの見えない怒涛のエロトークを制止した。
「何やねん! 邪魔すんなっ! --ちゃうちゃう、こっちの話。変な女に絡まれてて」
ニナは、エールからスマホを取り上げ、
「今、仕事中なんで後にして! あとね、うちの店長は九股、十股は当たり前だから、あなたも相手にするだけ時間の無駄よっ!」
と、一方的に言って通話を切った。
「あっ、このボケェ!」
「誰がボケじゃ!」
エールとニナはつかみ合いの喧嘩を始めてしまった。
「やえてください」
サナギが二人の間に軽々と割って入った。やはり、とんでもない力である。
エールは威厳を保つように、ふふんと鼻で笑った。
「で、何や?」
ニナがサナギに目配せをする。ややあって、サナギは重い口を開いた。
「……ダンジョン管理うに異動させてくれあせんか?」
「あかん」
エールは腰を叩きながら、即答した。
ニナがたまらず助け舟を出す。
「いやいや、もう少し話を聞いてあげなさいよ」
「私に接客業はういてあせんっ!」
サナギは、エールに向かって口を閉じたまま叫んだ。
「なんて?」
「ういてあせん」
今度はゆっくりと言った。そういう問題ではないのだが。
どうにも口を閉じたままだと、マ行の発音が難しい。
「その喋り方やめや」
エールがずかずかと近づいて来たので、サナギは一歩後退した。
「ベロが青いからって何やねん。接客業やぞ」
エールが矢継ぎ早に言う。
「ですが……」
「ジパングにかき氷ってあるやんか」
「はい」
「そのブルーハワイ味が大好きなんですって言うとけ。せやから、ベロが青いんですって」
「はあ?」
「アンタのでかいおっぱいの上に、かき氷をずっと乗せといたらええねん。ナイスアイデアや!」
「そんな接客の仕方、聞いたことありあせん」
「ワレは何様のつもりや?」
ドスを利かせまくった声にサナギは目を剥いた。世間ではロリ天使と呼ばれているエールには、およそ似つかわしくない。
「ワレが接客業に向いてるか向いてないかは、店長のウチが決める。ワレやない」
「だけど、力仕事がある管理うの方が、よほど役に立てあす」
「現状、裏方は裏方で上手く回ってるから、必要あらへん。話ってそれだけか?」
サナギを一瞥した後、エールはにやりと笑った。
「じゃあ、ウチがかき氷を乗せよう。これはウケるで」
「引っかかりがなさ過ぎて無理でしょ」
ニナはしかめっ面でエールのたわ言に付き合ったが、
「期間限定で管理部の仕事をやらせてみたらどうかしら?」
と提案した。
エールは顔の前で手を振り、
「いらんいらん! だいたい、管理部の仕事やったら上手く行く保証がどこにあんねん。もし、それもダメやったらシャトー☆シロから出て行くんか?」
「う……」
ニナとサナギは、ぐうの音も出なかった。
エールは話は終わったとばかりに、ソファーに寝っ転がりスマホを再びいじり出す。不意に、サナギの胸元を見た。
「それにしても、今日もまた一段とでかいな」
「え? あっ」
サナギは、ぱっと手で胸を隠した。
「さらに、成長しちゃったんでしょうか」
「まだ? そんなことある? 来週あたり爆発するんちゃうか」
「そうかおしれあせん」
サナギは、えへへと照れ笑いした。
「そんなわけないでしょ」
と、ニナが反応した。
「それから、ニナ。あのシェミハザとかいう動画配信者はどうなんや?」
エールが尋ねた。
「フェネクスの羽根を手に入れるまで、来るらしいですよ」
「イベント期間決めてなかったのが痛いな。一ヶ月後に今から設定するか」
「…………」
エールの顔を見ながら、ニナは無言のうちに了承した。
いくら、店のためとはいえ、客を騙すようなことをするのは嫌なものだ。
「今日の世話係は?」
「サナギに任せようと思います。なんでも、共通の知り合いがいるそうで……」
「裏方にいきたいとか、言うてる場合やないやんけ」
そう言われて、サナギは首をすくめた。
サナギの顔に気づいたニナは薄く笑った。
「すぐに店長も私も出かけるから、後は頼んだわよ。しっかりね」
本日、エールとニナはキワーノ皇太子殿下の快気祝いで登城するために不在で、サナギは不安しかなかった。