第3話 眼鏡+爆乳=採用
シャトー☆シロはそれほど壮大な城ではない。もともと、この辺り一帯を治めるアーキラブ国王が別邸として使用していた古城だが、どういう理由か、それを現店長のエール・カルマンが譲り受けた。エールは城の改装を繰り返し、会員制トライアルダンジョンとして、冒険者向けに商売を始めたのである。
縦長の吹抜けロビーには、大きな天窓から光の帯が落ちていた。
その中をニナは、すれ違う客ひとりひとりに、
「いらっしゃいませ」
と、礼儀正しく挨拶をしながら、足早に社員用休憩室へと向かった。
「たしかにものすごい武器だわ……」
ニナは休憩室に入るやいなや、そうつぶやいた。
備えられたイスにぽつんと座っている、黒髪ロングで眼鏡をかけた少女の爆乳が、目に飛び込んできたからだ。
エールの私服を着せられたのだろう。ピチピチどころの話じゃない。
そういえば名前も聞いてない。
ニナは、ずっと俯いたまま動かない少女のテーブルを挟んだ向かい側に座る。
そして、優しい口調で声をかけた。
「えーと、あなたがエール店長に拾われて……あ、いや、シャトー☆シロで働くように言われた人?」
「はい」
少女は小さく答えた。
「私は、シャトー☆シロのスタッフでニナ・チャイルといいます。あなた、名前は?」
「……サナギ・キヨタキです」
「サナギさん、よろしくね。エール店長からは、私があなたの面倒を見るように指示を受けています」
「……」
「ああ、こんなメイドの格好なんかしてて、驚いたでしょう? あの店長が言い出したのよ。付加価値をつけるビジネスモデルがどうとか、訳の分からないことを言って」
「……」
「ここが何をしてるお店だとか聞いてる?」
「おう険者向けのトライアルダンジョン」
「え?」
「トライアルダンジョンです」
「そうね。あなた、何か得意なこととかある?」
「……力仕事」
サナギは少し間を置いてから、ボソっと呟いた。
(うーん、力仕事ねえ……)
ニナは二の句が継げなかった。
伏し目がちに縮こまっているので、眼鏡の奥の表情が読みにくい。
また、どう考えてもサイズの合ってない服のせいで、血流が止まっているからかも知れないが、サナギは病的に肌が白い。何よりも唇が真っ青だった。
それに気づいたニナは慌てて、
「ねえ、あなた。苦しいんだったら、その服を……」
言い終わらないうちに、サナギが着ていたシャツの前ボタンが一つ、二つと弾け飛び、ニナの額に命中した。
サナギの爆乳が半分くらい露わになってしまう。
「え、と……大丈夫? 気分が悪かったりしない?」
「大丈夫です」
サナギは特に動じた様子もない。
艶のある黒髪に、よく育った胸はいかにも健康そうなのに、やはり顔色は冴えない。これまでニナが話しかけても、まともに目も合わせようとしなかった。
そして、口をほとんど動かさない。まるで腹話術士のような変わった喋り方をする。
(さてさて、どうしたものか……。家出少女にしか見えないけど)
ニナは、サナギのものすごい谷間を見るともなく眺めた。
「サナギさん、あなた何歳?」
「十六です」
ニナは足を組み直すと、意を決して言う。
「良い? サナギさん。シャトー☆シロではね、根性のないヤツはやっていけないのよ」
「わ……私、やる気はありあす」
ニナの口調が変わったため、サナギは少し動揺した。
「住み込みで働らくって聞いたけど、ご両親は知ってるんでしょうね?」
「それは、その……私には帰るところがないんです」
「どういうこと?」
「……」
「これまでどこかで働いた経験は? それとも学生だったの?」
「……すみあせん、言いたくありあせん」
「あ、そう。とにかくね、病み上がりのようなアンタには、ここの仕事は勤まらない。体力勝負なの。ボランティアでやってるんじゃないのよ。わかってる?」
「ですから、力仕事なら多少自信がありあす」
サナギは立ち上がり、身を乗り出した。
「とてもそうは見えない」
「お願いしあす。ここで働かせてください」
「どうして、うちなの? 他にもたくさんあるでしょう」
「……エール店長は良い人です。どこの誰ともわからない、何もない私に、ご飯を食べさせてくれて、家にまで泊めてもらって……すごくやさしくしてくれました。少しの間でも結構です。私は、そのご恩にお返しがしたいんです!」
サナギは、残り全ての前ボタンを弾き飛ばしながら熱く語った。
一つ、二つとボタンがニナの額に当たり、床を転がっていく。
(エール店長が優しい? 自分には何もない? 違うでしょう。あなたの持っている唯一無二の武器が金になると、店長は踏んでるのよ。まあ、なんだかいろいろと誤解をしているようだけど……)
などとニナは、かろうじて山頂に服が引っかかっているだけの巨大山脈を目の前にして、思いを巡らせた。
ニナのヘッドドレスに付いたインカムからは、アシスタントコンシェルジュのティアラが、エール店長を探している声が先ほどから聞こえていた。
ニナはインカムを操作した。
「テッちゃん、どうしたの? 」
『あ、ニナさん! 皇太子殿下御一行様がいらっしゃったのに、店長がいないんですよっ。どうしましょう!?』
「それなら大丈夫。皇太子殿下の対応は、私がするから」
『ニナさんが?』
「とりあえず二階のVIPルームに御案内しといてくれる?」
『もう案内しています!』
「さすがテッちゃん。それでね、悪いんだけど今すぐ休憩室に来てくれない?」
『え、どうしてですか?』
「事情は来てから説明する」
『わかりました』
「お願い」
サナギは、緊張した面持ちでそのやりとりが終わるのを待っていた。
「よし!」
ニナは、テーブルをポンと叩き立ち上がった。
「えーと、サナギって呼ぶわよ。私のことはニナで良いから」
「……はい」
「今日は特別に忙しくなりそうだから、正直なところ私たちも猫の手も借りたい状態なの」
「……」
「さっきは偉そうなことを言って、ごめんなさい。でも、私は言ったことには責任持つからね。良い? サナギ。ビシビシ鍛えるから覚悟しなさい」
「はい! ……ニナさん」
サナギが強ばった顔をほころばせた。
赤毛の長い三つ編みに、ミニスカメイド姿のティアラが休憩室に入ってくる。
「え、えええええっ!!」
ティアラは目をまるくして、ニナと半裸の爆乳少女を指差して叫んだ。
「テッちゃん、落ち着いて。この子は今日、入ったばかりの新人さんなの」
「え、えええええっ!!」
「サナギ、彼女は私たちの仲間でティアラよ。皆はテッちゃんって呼んでる。ほら、あいさつしなさい」
「……サナギ・キヨタキです。よろしくお願いしあす」
サナギはペコリと頭を下げた。
「え、えええええっ!!」
「ちょっと、テッちゃん……」
「え、えええええっ!!」
「話しを聞きなさいって」
ニナは自分とサナギを交互に指差しながら、半狂乱ぎみに叫び続けるテッちゃんの指を掴む。そのまま、あらぬ方向に折り曲げた。
「え、えええええっ!!」
ティアラは、激痛のあまりドッと尻もちをついた。
「正気に戻った?」
「だ、だって……ニナさんがおっぱいの大きな女の子を襲ってると思ったんですもん」
ティアラは指を押さえ、涙を浮かべた。
「バカなこと言ってないで。私はVIPルームへ行くから、サナギの着替えをお願い」
「はい……でも、サイズありますかねえ?」
サナギは胸もさることながら、身長もニナやティアラより高かった。
「一番大きいやつを選ぶしかないじゃない。あと、メイクも頼んだわ」
「わかりました」
「終わったら、私のところまで連れてきて」
そう言い残して、ニナは先に休憩室を出た。
さきほどのサナギと向かい合っていた場面を思い出す。
(あの子、唇だけじゃなく舌まで青かったような……やっぱり何かの病気? あの変な喋り方はそれを隠そうとして……)
ニナは、すぐに考えるのをやめて歩き出した。