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ダンジョンで接客業をしているが、職場がまさに戦場でしんどい。  作者: 森口デコ
接客業が向いてなくてしんどい
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第38話 人気動画配信者 その②

 サナギにとってシスは一番の仲間だった。ジパングの冒険者学校で、シスは飛び抜けて優秀な生徒だった。この人は近い将来、〝勇者〟という唯一無二の存在になるんだろうな、と予感させるほどに。私や他の仲間は、必死で彼について行った。

 しかし、パーティーは理想郷に一歩脚を踏み入れたところで、あっけなく全滅してしまう。


「サナギだけでも生きてくれ……」


 片足がもがれ腹は裂け、瀕死の状態でシスは言った。まだ誰も成功したことのない〝蘇生魔法〟を使うのだと。

 サナギは、気が動転していたため曖昧に頷きながら、ここで一緒に死のうと笑った。

 サナギは、あの時以上の悲しみを他に知らない。


「--シスが死んだ?」


 シェミハザは驚きを隠せなかった。


「いや、彼は文字通りの天才だった。それなのに……これは人類にとって大きな損失だよ」


「そう……ですね」


 私たちがシスと同等の力を持っていたらこんなことにはならなかったかもしれない。それは無理としても、前人未到の理想郷行きなど断固として止めるべきだったのだ。

 サナギのこの後悔は、誰にも分かるものではない。


「以前、シスに見せてもらった写真に君が写っていた」


「写真?」


「同期の仲間だと言っていたよ」


「一年ほど前、シスとはアーキラブ国のホテルで出会った。初めから意気投合してね」 


「この国に来てたんですか?」


「色んな国を調査して回ってるって言ってだけど、そういえば、何の調査をしてたんだろう?」


「おそらく理想郷の入り口かと」


「ああ……」


「シェミハザ様、お待たせしました!」


 駆け寄って来たニナが、サナギに気づき立ち止まった。金髪ショートのシャトー☆シロの大黒柱。その佇まいは、ドラマに出てくる有能秘書のようでもある。ミニスカメイドの格好をしているけれども。


「サナギが応対をしてくれてたの?」


「いえ、私は特に……」


「どうかしましたか?」


 ニナは、二人の様子を見てシェミハザに尋ねた。


「サナギちゃんとは共通の知人がいましてね」


「本当ですか? それは奇遇ですね」


「ただ、そう楽しい話にはならなかったんですよ」


 ジェミハザは神妙な面持ちでサナギを見た。


「ニナさん、今日のところはこれで僕たち帰ることにしましたんで、残りのプラチナムダンジョンの予約はキャンセルでお願いします。続きはまた明日ということで」


「かしこまりました。それと、明日の件ですが--」


 ニナはほっとしたのも束の間、


「実は、私も店長も所用のため不在にしておりまして……」


「ああ、撮影係のことですか? ちょうど良い。サナギちゃんにお願いしますよ」


 シェミハザは、にっ、と笑った。


「えっ? いや、彼女はまだ新人ですから」

 

 ニナが慌てて手を振った。


「何の話しですか?」

 

 サナギはニナに尋ねた。


「剣士のシェミハザ様は有名な動画配信者でもあるのよ」


「剣士というのはおこがましい。最近は新魔法の開発がメインです」


 と、シェミハザが付け加えた。


「この一週間、ずっと私がその動画配信のための撮影係をしてたの」


「撮影係?」

 

 驚くサナギに、ニナが、


「ウルトラレアアイテムのフェネクスの羽根をゲットする場面を撮りたいと、ゴニョゴニョ……」

 

 とても分かりやすく口ごもった。


「撮影料として、料金は通常の1.5倍を支払わせてもらってます」


 シェミハザは無邪気に言った。

 シャトー☆シロの利用料金は決して安くない。他店と比べても一番高いと言って良い。


「価格競争は絶対にせえへん」


 とは、エール店長の口癖だ。それでも、シャトー☆シロの売り上げは未だ好調なので、経営手腕があると言える。


 動画配信者というものは、そんなに儲かるものなのだろうか。フェネクスの羽根を獲得できれば、元を取って余りあるのかもしれないが。


「いや、しかし……」


 サナギはニナを見つめた。ニナが首を傾げて、目をそらす。

 やはり当たりは入っていないようだ。短い期間だが、エール店長のやり方はサナギも良く理解していた。


「何も心配いらない。そんなたいした事じゃないよ」


 シェミハザの優しい声が、逆に感情を逆撫でした。

 サナギは静かに首を横に振る。


「私なんかにはでき()せん」

 

 サナギは接客業に対して完全に自信を失っていた。


「僕たちは今日知り合ったばかりだけど、もう仲間だし。ね、ニナさん。それで良いでしょ?」


「そうですね。他に適当なスタッフがいませんし……」


「よし、決まり」

 

 シェミハザはサナギの顔を見て笑った。


「サナギ、詳しいことは明日の朝に話すから」


 ニナがなだめる。


「ごめんなさい。別件でトラブルが起きてて……シェミハザ様、失礼しますっ」


 ニナは挨拶もそこそこに、慌てて走り去ってしまった。


「忙しいね。いつも、ああなの?」


「ええ……そうですね」


「それと、ずっと気になってたんだけど」


 ジェミハザがサナギのエプロンドレスのポケットを指さす。サナギは気付いてなかったが、こんもりと盛り上がり、赤い物体が見え隠れしていた。


「動いてるよ!」


 シェミハザが驚いていると、ポケットからポンと羽つきスライムが飛び出した。


「わっ!」

 

 サナギとシェミハザが同時に大声を出した。


「羽つきスライム?」


 シェミハザが尋ねると、サナギはどきどきしている胸をおさえて頷いた。


「バックヤードから、私について来てし()ったんでしょう」


 羽つきスライムがふわふわと飛ぶ。

 やがて、サナギの肩にとまった。


「いや、本物は初めて見たよ」


 シェミハザの声が興奮していた。

 サナギは羽つきスライムを捕まえて、「すみ()せん」と、頭を下げた。


「どうして謝るのさ。動画の良いネタになるよ」


 シェミハザが羽つきスライムに触れて、


「ん? これは何の匂いだろう」


 不意に呟いた。


「スライ()がですか?」


「だと思うんだけど……匂わない?」


「はい」


「何か、すごい……甘い香り」


 シェミハザが、そう言いながらふらつく。


「ど、どうし()した?」


 サナギは、ジェミハザを抱くように手をまわした。


「横になり()すか?」


「いや……ああ、そうする」

 

 少しろれつの怪しくなったシェミハザが、ぐったりとサナギに体を預けた。


「シェミハザさ()?」


「…………」


 シェミハザは、幸せそうな表情をして寝入ってしまっていた。

 疲れていたのだろうか。

 とりあえず、ベッドのある医務室へと運ぶことにした。シェミハザの身体に毛布をかけて、サナギは外へ出る。


 ポケットに再度突っ込んだ羽つきスライムを確認する。ダンジョンエリア外にモンスターを連れてきたことが知れたら、もう怒られるだけじゃ済まないかも知れない。と、同時に窮屈な思いをさせている羽つきスライムに申し訳ない気持ちになった。


 そういえば、ジェミハザが甘い香りがする、と言っていた。サナギはこっそりと羽つきスライムを取り出し、鼻を近づけてみた。

 プルプルとうごめく羽つきスライムに鼻先が触れるが、やはり何の匂いもしなかった。

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