第33話 シャトー☆シロの長い一日
エールは、シャトー☆シロの東にある小高い丘の上で、ぼんやりと座っていた。
時刻は午前十時三十一分。太陽はすでに頭上にさしかかり、眼下には半壊したシャトー☆シロの施設が広がっている。
怪我の治療を終えたニナとサナギが、急な坂道を登ってくるのが見えた。
「……首は大丈夫ですか?」
ニナはエールの傍らまで来ると、そう聞いた。
「ん」
エールは包帯の上から自分の首を撫でた。
「髪、短くなっちゃいましたね……」
「こんなんすぐ伸びる。ウチ、スケベやからな」
ニナが緊張しているのが、エールにも伝わってきた。サナギは無言で二人を見守った。
「これから、どうするんですか?」
「さあ、どうしよか……」
三角座りをして、じっとシャトー☆シロを見ているふうだったエールは、ややあって口を開いた。
「五百年間、生きてきた理由がなくなって……ウチも消えてしてまうんかと思ったら、そうはならへんみたいやしな」
エールは、ぽつりぽつりと話した。
「急に、浄化の光みたいなのに包まれたら、びっくりしますけどね」
ニナは冗談めかして言った。
「泣いてくれるか?」
「いや、まあ、成仏してくださいとしか……」
「なんでやねん!」
「まさか、またフェネクスが復活するとか?」
「いや、それはない」
絶対に。ずっと感じ続けていた気配が、今はもう全くないのである。
「やっぱり、店は閉めるんですか?」
ニナが意を決したように尋ねた。
「続けようにも、復旧作業に一体いくら掛かることか」
「お得意の国王様に援助を頼んだら?」
「さすがに、もう王様から引っ張ってくるんは無理や。何より、こんだけの事故を起こしたトライアルダンジョンを世間が許さへんやろ」
「あっ、皇太子殿下のご容態の件ですが--」
エールの肩がピクリと動く。
「先ほど意識が戻られ、無事に快方に向かっているそうです」
「そうか」
エールは心底ほっとする。まさに、不幸中の幸いだ。
「あと……、これはお金になりませんかね?」
ニナはサナギに目配せをする。
サナギは持っていた紙袋の中から、真紅の羽根を一枚取り出した。
「あ、それ……」
そういえば、いつも胸元に付けていた羽根がなくなっていることに、エールは気づいた。
「フェネクスの羽根だったんですね。たしか、とんでもないレアアイテムでしょ?」
「ニナもちょっとは分かってきたな。それ一枚で超高級車が2台は買えるで」
「マジ!? サナギ、全部で何枚あったっけ?」
「五あいです」
「え?」
「五」
サナギが手のひらを開いて見せた。
「店の中を探せば、もっと出てくるよね!?」
「何を言ってるんですか。ほとんど穴が空いちゃってたじゃないですか」
「む……」
穴を開けた張本人であるニナは、きまりの悪そうな顔をした。
「とにかく、これを復旧作業費の足しにしてください」
サナギは紙袋をエールに手渡した。
「やっぱり……」
エールがサナギのおっぱいを鷲掴みにする。
「ウチの目に狂いはなかったなっ!」
「……!」
サナギは声にならない声を上げた。
「鬼カップ爆乳メガネメイド在中って宣伝してもええか?」
返答がわりに、サナギもエールの顔を鷲掴みにした。頭蓋骨がズレて変な音がする。
「ぎゃああああっ! まっ、また首がもげる!」
エールは泣き叫んだ。
「あ……」
サナギは慌てて手を離した。
「ギゾーさんにも言いましたけど、今後、サナギにセクハラまがいのことをする時は、命がけでやってくださいね」
ニナは楽しそうに笑った。
「なに笑てんねん。シャレになってへんぞ……」
エールが口をとがらせる。
「さっきは褒めて損したわ」
「何がですか?」
「ニナはまだまだ甘ちゃんや。これは営業再開後の目玉にするんや!」
「誰が、甘ちゃん……」
ニナは反論しようとしたが、フェネクスの羽根を手にとったエールの顔を見てやめた。
エールは、痺れたように動くことができなくなった。
胸が掻きむしられる。
そして、ぶんぶんと頭を振った。
しばらくの間、ニナはエールを見つめていたが、やがて、
「もしかしてだけど--」
と、言葉を切り出した。
「ずっと、フェネクスに操られてた可能性はありませんか? 自分のことを好きになるように」
「……え?」
エールが顔を上げる。捨てられた仔犬のような目をして、助けを求めているようだった。
「あ……、ごめんなさい」
ニナは思わず謝った。
「そんなわけないし。そんなことする理由がないし」
エールはぶつぶつと言い始めた。
持っていたフェネクスの羽根が風に吹かれて、上空へと舞い上がる。
「超高級車が飛んで行きあす」
サナギが空を見上げて言った。
「何してるのよ、バカッ! 早く追いかけて!!」
頭ごなしに言ってきたニナに、
「はあ!? 人がちょっと、おセンチになってるからって調子に乗んなよ!!」
エールは脊髄反射で言い返した。
この騒動の中でも無傷だった、シャトー☆シロの看板人形〝勇者ポールくん〟は、今日も勇ましい姿で立っていた。
(了)
これにて一区切りとなります。続きは、また書いていけたら良いなと思ってはいます。
作品はエンターテイメントであることが望ましいです。読んでくださった方が「面白かった」と感じていただけたら嬉しいです。よろしければ、評価・感想をお願いします。