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ダンジョンで接客業をしているが、職場がまさに戦場でしんどい。  作者: 森口デコ
上司がクソビッ◯でしんどい
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第32話 激突! その②

 鋭い爪が肉に食い込み、骨がきしむ。

 サナギは、無我夢中で鬼の金棒を振り回した。

 フェネクスは強靭なくちばしでそれ受け止め、跳ね返す。


 掴んだ手を離しはしたが、すぐに凶暴な笑みを浮かべた。


「案ずるな。楽に殺しはしない」


「……」


 サナギは鬼の金棒を構えたまま、ゆっくりと距離を取った。


 圧倒的なレベルの差。何より、スピードどころかパワーでも押し負けてしまっている。思っていた以上に勝負にならない。

 エールから受けた脇腹の傷口も開き、青い血が流れ出していた。

 だがしかし、闘志は未だ衰えていなかった。


 フェネクスの大きな単眼が動いた。

 唸りを上げて襲ってきた火炎の切っ先を、わずか数センチのところでかわす。

 サナギの右半身から煙が上がった。

 続くフェネクスの鉤爪(かぎづめ)を鬼の金棒で受け止めて、前に出た。


「だああああっ……」


 腕がガタガタと左右に震え、千切れてしまうのではないかと思ったとき、突然、手応えが軽くなった。

 フェネクスがゆったりと、神々しいばかりのはばたきを見せる。

 不意をつかれたサナギは、知らないうちに自分の身体にいくつもの真紅の羽根が刺さっていることに気づいた。


「どうした? もう終わるぞ」


 何を意図して、そう言ったのか分からない。フェネクスの単眼はあらぬ方向を見ていた。


「我が美しき命のために、奇跡を見せよ!〝炎眠(ハノヨーニ)〟!」


 フェネクスの言葉に反応して、サナギの身体に刺さった真紅の羽根がきらめく。

 一方的な力に押さえつけられて初めて、サナギは自身の無謀さに気づいた。しかしもう、身動き一つできない。


 フェネクスが鉤爪を振り上げる。


「う……あ」


 サナギは、何とか身をよじろうとするも、食いしばった口元に血が滲むだけだった。

 不意に、遠くの石柱の陰から人の出てくる気配がした。


「--奇跡を見せよ!〝風撃(キリオテ)〟!」


 ニナの放った見えない弾丸が一枚、二枚とサナギの体に刺さった真紅の羽根を撃ち抜いた。だが、残りはフェネクスの鉤爪にはじき返されてしまう。


「いくら待とうが、我が千里眼に隙など生まれない」


 フェネクスはニナを一瞥しただけで、尊大に首をもたげた。


「……」


 ニナの顔も疲労の色が濃い。

 自分ではまだ現役のつもりではいたが、やはり実戦不足だろうか。もうとっくに限界は超えていた。


「口を開けよ」

 

 と、フェネクスがサナギに言う。意思とは無関係に開いたサナギの口の中に、フェネクスは真紅の羽根を強引にねじ込んだ。


「うぐぇ……あ……」


「やめなさい!」

 

 ニナは銃口をフェネクスに向けた。


「小賢しい女は嫌いでな」


 これならどうする、と言わんばかりにフェネクスは牙を剥き出した。


「せいぜい楽しませてくれ。こやつの意識は残しておく」


「そんな……サナギ」


 ニナはうろたえた。

 真紅の羽根がサナギの体内に取り込まれてしまっては、もう取り除きようがない。万事休すだった。


 フェネクスの〝神技〟に操られたサナギが、鬼の金棒を引きずりながらニナに迫る。

 ニナは銃を引き、ジリジリと後退する他なかった。


 ダンジョン管理室にいるギゾーが無線でつぶやく。


『何か手はないの? 大ピンチのように見えるけど……』


「何にもないですね」


『どうして、ニナちゃんがそこまでしなくちゃなんないのさ……』


「そういう性格なんですよ。じゃ--」


 言いながら、壁を背にしたニナは大きく息を吸う。

 一方的に通信を切られたギゾーは、こめかみを強く揉んだ。


「……ごめんなさい。ニナさん」


 追い詰められたニナに向かって、曖昧な意識の中でサナギが言った。


「しっかりしなさいっ! サナギ!!」


「逃げてください……私はニナさんを殺したくない!」

 

 サナギは顔を涙でくしゃくしゃにして、懇願する。


「あなたが自分でフェネクスを倒すって言ったんでしょ? 違うの?」


「……じゃあ、私を殺して」


「バカ言ってんじゃないわ」


「殺して!」


 サナギが一足飛びに間合いを詰めて、鬼の金棒を振り下ろした。

 間一髪のところでニナは身をかわすも、持っていた銃がはじき飛ばされる。

 背にしていた石壁があっさり破壊されて、凄まじいパワーが地面を揺さぶった。


 よろめくニナの首を、サナギは左手で掴んで吊り上げた。

 まずい--。

 ニナは、反射的にサナギの顎を蹴り上げる。わずかに首を掴む力が弱まったところを強引に振り払い、押し出されるように後退した。


 ニナは体勢を立て直し、脂汗を流して咳をした。

 サナギの顔を見る。

 その目には光がなく、空白が広がっていた。


 不意に、ニナの中に熱いものが込み上げ、迫り来る闇をも焦がす。


「サナギ、私たちはシャトー☆シロの仲間よ。鬼になろうが、蛇になろうが……やっぱり、私たちはシャトー☆シロの仲間。そうでしょ?」


 口が勝手に喋っていた。

 サナギは無言だった。


 大きく穴の空いた古代の物語が描かれた壁画。その前で、フェネクスは対峙する二人を眺めていた。

 命乞いのつもりならば、悪あがきにしか聞こえない。もうゲームオーバーだというのに、いったい何を言っているのだと不思議に思う。


 愛情? いや、思いやりの心というやつか。

 いずれにしろ、なかなかおもしろいものが見れそうだった。


「フフッ……ハハハハハハハハ! どうした? 早く殺し合うが良い!」


 と、フェネクスが全ての人間に同情し、高笑いをしたとき--、


「他の女ばかり見て。ウチは悲しい」


 腰まであった銀髪をバッサリ切られたエールが、一陣の風のごとくフェネクスの背後に迫った。

 フェネクスが振り返ると、エールは白い大蛇そのものに変化した。そして、

〝恋人にハグするように〟

 巻きつき締め上げる。


「きっ、貴様……! まだ生きていたのかっ!?」


 完全に虚をつかれたといって良い。力では勝っているはずのフェネクスだが、いつもの冷静さを欠いていた。

 それを聞いた大蛇は、嬉しそうに薄く笑った。


 けがれなき花嫁のように白い胴体にぎゅうぎゅうと抱きしめられ、フェネクスの誇りが怒りの炎に変わる。一度ならず二度までも……全くもって我慢ならない。


「信じられんっ!! 下等生物の分際で!」


 フェネクスが悪態をつくと、大蛇は大きな口を開けて紫炎(しえん)を吐いた。


「クオォォォォォッ!」


 口づけをする距離からであったために、ひとたまりもない。

 五百年の情念が生み出す猛毒の炎--凄まじい勢いでフェネクスの内部から燃え上がっていく。フェネクスの炎も飲み込まれ、その大きな両翼が紫一色に染まる。ついには、片膝をついた。


 大蛇が強い束縛を解くと、すかさず、サナギが鬼の金棒を振り下ろした!

 荒々しい鉄塊が、いともたやすくフェネクスの体を二つに割る。

 フェネクスは、優雅に羽ばたいた……そして、最後の輝きを放つように笑いながら崩れ落ちた。


「サヨナラ」

 

 エールが人の姿に戻る。ニナも傍に駆け寄った。


 幾重にも積み重ねられた情念の炎。

 フェネクスの体は、瞬く間に焼き尽くされる。

 力を持て余すように、なおも燃え盛っていた。

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