第30話 真紅の羽根を撃ち抜け
ケイブペインティング・ルームを出て、サナギはそのまま東へ走りつつ、振り返った。
白銀の騎士が長剣で激しく斬りつけてきた。
「りゃああああっ!!」
それを迎えて、サナギは怒涛のごとく薙ぎ払った。
鬼の金棒を長剣で受けた白銀の騎士が、圧倒されてよろめく。
さらにサナギが後退しようとすると、別の白銀の騎士が、機械的に踏み込んでくる。切先がサナギの頭をかすめた。
腰を落としたサナギは、鬼の金棒を片手持ちで相手に叩きつけた。
長剣をはじかれて、白銀の騎士は転倒しそうになる。
その隙に、次の部屋へと移動したサナギを、再び二体の白銀の騎士が包囲する。
サナギは、乱れた呼吸を整えながら、壁を背にして白銀の騎士達とにらみ合った。
ニナは無線をつなげたまま、従業員用通路をひた走っていた。ギゾーが状況を伝える。
『サナギちゃんは、白銀の騎士に追いかけられてる。ドラゴンバレー兄弟は無事だと思う。なにせ、全てのモンスターがニナちゃんの方に向かってるからね。フェネクスのヤツは全く動いてない』
「人間相手に全力を出すわけにはいかないんでしょう」
『まあ、予想通りの舐めプだね。でも、鬼の金棒が相手となると様子が違ってくるかもしれない』
「わざわざシャトー☆シロにまで追いかけてくるということは、それだけ恐れているということ。それなのに……」
『サナギちゃんがインカム付けてくれてたら、もう少しマシな連携も取れてただろうけどさ』
「サナギが逃げ切れることを願って、私が囮になりますから、誘導をお願いします」
『それは無茶だよ! 50体以上いるんだよ!?』
「他に方法がありません」
『普段のモンスターだったら、どうにかなるかもしれないけどさ……。そこからダンジョン内に戻れる。死んじゃダメだよ』
インカムの向こうから、ギゾーの心配そうな声が届く。
ニナは立ち止まると、正面のドアに手をかけた。
--言われるまでもない。
ニナは思い切ってドアを開け放つ。目の前にわらわらと群がるモンスターは、フロアを埋め尽くすほどの勢いだった。
壁ぎわを駆け抜けて、目に入った通路に向かおうとするも、早速ギゾーからの指示が飛ぶ。
『そっちはダメ、行き止まり!! 21-Dの通路へ!』
「は? 専門用語を使われてもわからない! どこです!?」
『ニナちゃん、バックヤードのことをうろ覚えみたいだから、スタッフ用の地図を見直しといた方が良いって、事前に言っといたよね!?』
「そのことなら、私、普段使わないから地図は持ってませんって、言いませんでしたか!?」
『モンスター達が入ってきてる通路の向かって右側だよ!!』
つまりは、モンスター群の方ということになる。
「ええっ、マジ……?」
だが、ためらっているときはなかった。ワニゴブリンが後ずさるニナに掴みかかろうとする。
「ごめん……!」
ニナはデザートイーグルを連射して、手前のワニゴブリン達の四肢を撃ち抜いた。さらに、モンスター群を押し退けるようにして、全速力で21-Dの通路へと走り込んだ。
猛突進してきたキマイラに、はねられそうになる。ひやりと身をかわしたところへ、ワニゴブリンの大斧が振り下ろされた。
ニナも少なからず魔法は使える。
物理防御魔法、発動。
ニナが蹴りで大斧を受け止める。硬い金属音がした。
すぐさま、ワニゴブリンの脚を撃つ。ワニゴブリンはバランスを崩して倒れ、モンスター群の前進を止めた。
再び走り出したニナは、インカムを操作した。
「ギゾーさん、聞こえる? 次はどっちに行けば?」
『12番の扉を出るまで、そのまま真っ直ぐで良いよ! あと、後ろ半分のモンスター達が進行方向を変えた。これは……たぶん、ケイブペインティング・ルームに向かってる!』
「どうして?」
『サナギちゃんが白銀の騎士達を連れたまま、フェネクスのところに引き返してる』
ギゾーは、こわばった表情でモニターを見た。
「あのバカ……」
ニナはあきらめたように言った。
『それにしても、こんなに上手くモンスター達の統制がとれるもんかね。ワシは信じられんよ』
ニナは、ひたすら前を見て走り続ける。
「私はよく確認できなかったんですが、モンスター達に真紅の羽根は付いてますか?」
『ああ、付いてるね。エールが持ってるのと同じ羽根だ。何なのあれ? 首輪の代わりにフェネクスのヤツが、自分の所有物だと主張してんの?』
「そうかも……、あとは主人の意思を伝える道具なのかもしれない!」
ニナは後方から迫り来るモンスター達を振り返り、
「首に……肩……お尻!」
真紅の羽根に狙いを付けて撃ちまくる。
が、ダンジョンに響きわたる銃声をモンスターの群れが飲み込んだ。
ニナは、キマイラ二体の強襲をかわしつつ、さらに走り出す。
『……当たらないねえ』
インカムからギゾーの声が聞こえた。
「動いてるものを狙うのは簡単じゃないですよ。それに……」
ハアハアと荒い息づかいをしながら、ニナが答える。
そのとき、悪魔コウモリがニナに向かって雷撃魔法を放った。
ダンジョン内を不規則に疾った閃光は、逃げるニナの左太ももを焦がして炸裂した。
「つっ……!!」
立ち止まって足を庇ったニナへ、悪魔コウモリが、大きな翼を羽ばたかせながら襲いかかってくる。
ニナは、それに逆らわずに後退し、床に倒れ込んだ。
悪魔コウモリの牙が空を切る。と同時に、ニナは下から悪魔コウモリの顎を蹴り上げた。
「ググェ……」
悪魔コウモリは血反吐を吐き、落下した。
ニナはよろめきつつ、また逃走しはじめた。
固唾を呑んでモニターを見ていたギゾーが、
『大丈夫なの、ニナちゃん!?』
「……えーと、何の話の途中でした?」
『は? いや、銃がなかなか当たらないねえって』
「ああ……私、接近戦が得意な銃使いとして、ちょっと有名だったんですよ。知りませんでしたか?」
『捨てたら!? その銃!!』
「そうですね。ちょうど弾もなくなったことだし……」
『ええっ!? 予備の弾とか持ってないの!?』
「持ってません」
『どうしてさ!?』
「銃ですら本来、業務上必要のないものですよ。ていうか、まず第一に重いし……」
『知らんがなっ!! じゃあ、もうニナちゃんだけでも、どうにかして逃げな!』
ニナが左手の銃を落とす。
「--いや、肩ならしが終わったんですよ、ギゾーさん」
スライディングして急停止したニナは、再びモンスター達に付いている真紅の羽根を狙って、弾の入っていない銃を両手で構えた。
「我が美しき命のために奇跡を見せよ!〝風撃〟!」
そのとき、ダンジョン内にまっすぐで透き通った発射音が轟いた。
迫ってくる七体のモンスターに付いた真紅の羽根が、次々に吹き飛ばされる。
真紅の羽根が取り除かれたモンスター達は、皆一様に大人しくなった。そのことを確認して、ニナはまた走り出す。
『すごいすごいすごいっ!! いつものあいつらの顔に戻ったよ!』
インカムからギゾーの歓声が聞こえた。
『急に厨二病みたいなことを言い出したから、恐怖と疲労でおかしくなっちゃったのかと思って心配したよ!』
「え?」
『今の何なのさ? 魔法ではないみたいだけど』
「〝天語〟というそうです。久しぶりだったんですが、かえって集中力が増しました」
『なんだかよく分からないけど、たいしたもんだ! モンスター達はなんとかなるかもしれない!』
「このまま、ケイブ・ペインティングルームまで行きます」
『ええっ!?』
それでも、あまりに勝ち目のない戦いだった。