第29話 鬼の金棒
「あ……あに、兄貴。まだ来るぜ」
浮き足立つプチンの声に顔を上げたモエンは、眼前の光景に怒りさえ覚えた。戦闘不能にしたはずの多数のモンスターが、またワラワラと起き上がりだしたのだ。これで三度目だった。
「キマイラも、ワニゴブリンも、悪魔コウモリもレベル20前後! 俺達がこんなに手こずるわけがない!!」
「いくらアルティンがいないとはいえ、自信がなくなってくるよ」
「もう店が再開した時のことは考えないで……いや、俺達、結構前から本気でやってるよな……」
そのとき、グランの上級魔法〝ファイヤータスク〟の業火が唸りを上げた。
「しつこいんだよっ! このクソ雑魚どもがっっっ!!」
殺意の眼光鋭いモンスターの群れに向かって、グランが突撃する。
◯
元ゴールドダンジョンの最深部で、デュークはその様子を見ていた。
燦然と輝く軍服に身を包み、いつものごとく薄い笑みを浮かべていた。
なぜ私は自身の羽根を、あの娘に渡したのだろう?
五百年の間、そんなことは忘れてしまっていたので無理もないが、思い出すことができない。いや、今しがた力つき倒れていった冒険者達と同じように取るに足らないことである。
デュークのいる大広間は、別名〝ケイブペインティング・ルーム〟と呼ばれている。広間正面には、有史以前の旧人類が描いた壁画が美しく迫力満点に再現されていた。
デュークは壁画の前に腰をおろして、ラスボス感を演出することにした。側には三体の白銀の騎士も控えている。
そのはるか頭上から人影が現れたのは、そのときだった。
「私の考えたダンジョンは無駄になりましたかね」
デュークは、今初めて気がついたというように顔を上げた。
金髪ショートのミニスカメイド--ニナが、裏方専用の〝キャットウォーク〟から飛び降りてきたのである。
白銀の騎士達が一斉に剣を抜いた。
「ほんと最悪。冷やかしで照明班の手伝いをした時に、二度と通るまい、と思ってたのに」
ニナは、服についたホコリを手で叩いてはらった。
「ああ、見せパンなんでお気になさらず」
「……言っておきますが、この場合の面接は無効ですよ」
デュークはにやりと笑った。
「だから、私は冒険者ではありません。チーフコンシェルジュです。従業員用通路を使うのは当たり前でしょ」
ニナはデュークを軽く睨んだ。
「こんなにワクワクしたのは、久方ぶりだったんですがね」
デュークは、本当にそう思っているようだった。
「まあ、それも今なくなりましたが」
「それは残念」
ニナは左右のガーターホルスターから、両手で銃を抜いた。
デュークは腰を下ろしたままだったが、白銀の騎士達はゆっくりと間合いを詰めてきた。
「あなたはエール店長のことをどう思っていたの?」
ニナはインカムの送信ボタンを押した。
デュークは一度だけ目を伏せた。
「そんなことを聞いてどうする?」
再び、顔を上げたとき、その目は何も見ようとしていなかった。ニナは叫んだ。
「ギゾーさん!」
たちまち、大広間内部に立てられた4本の石柱が、轟音とともにデューク達を目がけて倒壊していく。
重量感のある瓦礫が、デュークを守ろうとした白銀の騎士達をまきこみ、部屋全体をゆるがす地響きを起こした。
デュークは無傷だったが、その顔はわずかに不快感をあらわにしていた。
『イベント用の特別トラップ--見た目は派手だけど、ダメージはそんなにないはずだからね! ほら、もう一体這い出てきたよっ!』
管理室のメインモニターを見ながら、ギゾーがニナにつげた。
起き上がった白銀の騎士の顔面へ、ニナの強烈なハイキックが叩きこまれる。
そのとき、サナギは薄闇の中にいた。
サナギの影から、ズズズズズッ! と、長大な鉄塊が伸びてくる。
およそ武器としては使えない重量のそれを、サナギは鷲掴みにすると、一気に頭上まで引き抜いた。
デュークは身体中にピリピリと嫌な感覚を覚え、
「影から鬼の金棒……! なるほど、我が千里眼でもはっきりとは見えないわけだ」
と、つぶやいた。
ニナは戦慄する。
「サナギッ! 逃げなさいっ!!」
言ってニナがデザートイーグルのトリガーを引く。銃声が響く前に、デュークは首を傾けて弾を避けた。
デュークの背後で、いきなり石壁と壁画が破壊された。
その中から現れたサナギは、自分の背丈程もある鬼の金棒を、デュークに向かって一気に振り下ろす。
「せいっっっっっ!!」
デュークは、素早い動きでこれをかわした。
叩きつけられた鬼の金棒は、石造りの床を粉砕する。
デュークはサナギの目を見つめた。
「お前がコソ泥共の生き残りか」
瓦礫の山を押しのけて出てきた二体も加わり、三体の白銀の騎士がサナギを取り囲む。
あれが鬼の金棒、鬼の力。重々しい闇に包まれたサナギに圧倒され、ニナの足がすくむ。だが……
「作戦は失敗したのっ、逃げて!」
ニナはデザートイーグルを構え、トリガーを引いた。
二発の弾丸は、長剣を振りかぶった白銀の騎士の右腕と左胸を撃ち抜く。
だが、ニナの思いとは裏腹に、浮き足立つ騎士達に向かってサナギが鬼の金棒を打ち込み、攻勢に出る。
「無視してんじゃねえよっ! クソ眼鏡!!」
ニナが叫ぶ。
「…………」
サナギは、取り憑かれたような形相でデュークを見る。このまま終わるわけにはいかない。
「はい」
言うと背を向けて、自分が開けた大穴から従業員用通路へ走り込んだ。
二体の白銀の騎士がホーミングミサイルのように、その後を追う。
残った白銀の騎士が、右腕と左胸を損傷しているにもかかわらず、するするとニナとの間合いを詰めてきた。
ニナは無言で後退する。
全身を金属板で覆われているため、さだかではないが、銃創から出血も見られず、ダメージはほとんどないようだった。
白銀の騎士がニナの首すじめがけて、激しく斬り込んできた。
「ショッ!」
その瞬間、ニナはくるりと体を入れ替えながら、白銀の騎士の背中に横蹴りを見舞った。
白銀の騎士は身体ごと、瓦礫の山に激突する。
ニナは零距離からデザートイーグルを連射して、白銀の騎士の後頭部をぶち抜いた。
やはり手応えはなかったが、長剣を落とし、倒れ伏す白銀の騎士。その傍らに、エールが身につけていたものと同じ真紅の羽根を見つける。ニナは片膝をつき、それを拾い上げた。
図らずも真紅の羽根は銃弾を受けてか、丸い焦げ跡が残っていた。
白銀の騎士に銃口を向けたまま動かないニナに、デュークは声をかけた。
「逃げるんじゃないんですか?」
「…………」
ニナは、片方の銃口をデュークに向け直す。
無線でギゾーの声が飛び込んできた。
『ニナちゃん、何してんのさ!? そっちに凶暴化したモンスター達が集まってきてるよ! 下手の従業員用通路に早くっ!』
「下手?」
ニナは聞き返す。
『壁画に向かって左!』
「どうぞ」
デュークが優しい声で言い、ニナはドアに目を向けた。
全速力で逃げていくニナを見送って、デュークはつぶやく。
「たまたま……そういう気分になっただけ、としか言いようがない……」
いつの間にやら手にしていた真紅の羽根を、デュークはぼんやりと眺めた。