第2話 名物ロリ店長 その②
「あんまり無茶な勧誘ばかりしてると、今に大問題になりますよ」
ニナが顔をしかめて言う。
「何が無茶や。一人も五人も一緒やろ。使えるもんは最後まで使いきらなあかん」
エールは、ふんっと鼻で笑った。
「こっちは毎日のように、店長がらみのクレーム対応をしてるんですよ! 店へのクレームだったらまだしも」
エールは両手で顔を覆い、
「ウチが不甲斐ないせいで、スタッフ達にはほんまに迷惑ばかりかけて。堪忍、堪忍やで……」
「改める気なんてさらさらないくせに。もう聞き飽きました」
ニナは、これ以上ないくらいの冷たい視線を浴びせかけた。
エールはパッと泣き真似をやめる。
「あ、そう。そんなことより、ニナ。もう少ししたらキワーノ王子のボンボンパーティーが来るから、アンタがついたってや」
「キワーノ王子って……皇太子殿下のパーティーがいらっしゃるんですか? 今から?」
「Yes,I do.」
「トライアルダンジョンにチャレンジすると?」
「そうちゃうか」
「そんな他人事みたいに言われても。皇太子殿下御一行様の対応は、店長がやるべきでしょう」
「なんでウチがボンボンらの相手をせなあかんねん」
「店長はもちろん分かってると思いますが、この店の最大のスポンサーであるアーキラブ国王陛下の御子息ですよ?」
「そうや」
「失礼があったらマズイでしょう」
「何や? ニナはなんか失礼ことをする気か?」
「そうじゃなくて……それに店長は大好きじゃないですか。お金持ち」
「ニナは好きじゃないっちゅうんか? 二十歳過ぎてカマトトぶってんちゃうぞ! 気色の悪い」
「私はまだ18ですが」
「そんなもん一緒や。一緒!」
「好きですよ、お金持ち。でも、店長ほどじゃありません」
「親父を落としてんやから問題なし。王子は、会ったことあるけど好みのタイプちゃうかったしな」
「ロリコン国王とは世も末ですね。実際は超絶ババアなのに--」
ニナは言い終わらないうちに、エールの顔つきが変わるのを見て後悔した。
「言うねー、ニナちゃん。甘噛みやなくて本気噛みいっとくか? リー即で天国に行けるで。なあ?」
「す、すみません。言い過ぎました……」
ニナは全身を強張らせ、蛇に睨まれた蛙のようになった。
「とにかく、ニナも王子に顔を売っといて損はない」
「はあ……」
「前に言うたやろ? 半年後に隣町にシャトー☆シロの二号店ができるって」
「はい、聞きました」
「そこの店長にアンタを考えてんねや」
「え?」
「ここも2年でだいぶ大きくなった。それもオープン当初から支えてくれてるニナのおかげや」
「いや、それは私だけじゃなくて……」
「上手くいけば給料も今の三倍は払えると思う」
「さ、三倍……?」
乾燥機付き洗濯機、高級羽毛布団、その他化粧品いろいろが、ニナの頭の中を瞬時に駆け巡った。
「王子が繰り返し、店に来てくれるようになったらウチが儲かる。王様に貸しをつくっといたらウチが儲かる。二号店ができたらウチが儲かる。三方良しや!」
「三方とは……?」
「な、ウチは今日忙しいから。ボンボンらの相手ヨロシク」
エールは、まんざらでもない様子のニナの肩を叩いた。
「忙しいたって、またいつもの病気でしょ?」
「何やねん、病気て?」
「男漁りですよ」
「人聞きの悪いことを言うな。違う。今日は彼ピッピが来るねん」
「はあ?」
「いや、もう来てるかもしれん」
エールは店内を見渡し、胸の真紅の羽根を愛おしそうに撫でた。
「だから、今さっきも大量に来てたでしょうが。あなたの彼氏が」
「ちーがーうっ! ホンマもんの彼ピ! ダーリン! 運命の人っっ!!」
エールは、駄々っ子がそうするように手足をジタバタさせた。
「あー、もうっ! うるさい!!」
ニナの剣幕に、メインロビーにいた利用客たちが驚いて振り返る。
「失礼しましたー……」
ニナは咳払いなどをして、
「ダンジョンエリア以外での大声は、お控えいただけますでしょうか? エール店長」
「ウチだけが悪いみたいな言い方はやめろや、ニナ店員」
「ハイハイ……」
確かに、いつもとは少し様子が違う。このようなエールの幸せそうな表情は、ニナも入店以来初めて見たかもしれない。
「まあええわ。よく聞けや、ニナ」
「はあ」
「ウチは長いこと、生きてきた意味を思い出したんや!」
「私には店長みたいな営業スタイルは、無理だと思いますけどね」
「営業ちゃうし。LOVEやでマジ恋や」
「マジ恋ねえ」
「てなわけで、ウチは忙しいからもう行くで」
エールは、その場を後にしようとしたところで、
「あ、そうや! 昨日の晩に女の子をひとり拾ってな。休憩室に連れて来てるから、それも頼むわ」
「え、頼むって何を!?」
慌ててニナはエールを呼び止めようとした。
「ものすごい武器を持ってるで。眼鏡+爆乳=採用。勝利の方程式や! 住み込みで働かせるから、アンタが仕込んだってや!」
「はあ!?」
「任せたでー!」
という声だけ残し、エールは疾風の如く走り去ってしまった。
「皇太子殿下御一行様の対応に、拾ってきた女の子……? あのバカ店長はいつもいつも、なんて勝手な! もうっ!」
ニナの苛立ちは、むなしく空を切った。