第28話 エールとデューク その②
エールは小さい体で跳んだり跳ねたり、デュークのふるう剣を避けては、的確に中心を狙って反撃してくる。
重い甲冑をつけているとはいえ、千里眼で先の動きは見えている。にもかかわらず、蛇の神速はそれをも凌駕し、もはや攻撃が避けられる未来しか見えなくなっていた。
「くっ……」
背後に飛び下がったデュークの兜を、エールの右手の毒牙が浅く切り裂いた。
「があああっ!!」
咆哮をあげ、激しく斬りまくるデュークの剣先を、エールはかわしてかわして、またかわす。
たまりかねたデュークは、崩れた石壁から再び店内へと転がり込んだ。
「最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪……ウヒヒヒヒ」
放心したように呟きながら、エールがその後をふらふらと追って来る。
「我が美しき命のために、奇跡を見せよ!〝炎眠〟!」
待ち構えていたデュークは、そう唱えた。
エールが胸につけた真紅の羽根が光り輝く。
「え……」
自分の身体が、石のように動かなくなってしまったことにエールは気づいた。
「クソ腹立つ、スケコマシ野郎!! さっさと殺させろやっ!! 女をたらしこむしか能がないクソがっっっ!! チ◯ポチ◯ポチ◯ポチ◯ポチ◯ポチ◯ポ……ウヒヒヒヒヒヒ! 早よ死ねっ!!」
身じろぎひとつできなくなったエールは、さらに逆上し、デュークに向かって吠え立てた。
「やめろ、蛇の化け物」
デュークはあっという間もなく、長剣を振り下ろした。
「ぎゃあっ……!!」
袈裟懸けに斬られたエールは血けむりを上げ、崩れこむように倒れる。
砂埃が舞い、演出用に壁に設けられたろうそく立ての炎が揺れた。
デュークが、「立て」と言うと、血みどろになったエールは自分の意思とは無関係に起き上がった。
長剣の切っ先をエールの首すじにぴたりと当てる。
「我が〝天語〟の力は、こんな金縛り程度のものではないのだがな。本当に腹立たしい」
エールは、肩で息をしながら虚ろな目でデュークを見た。
「何か言い残すことはあるか」
「お……こ……」
「何だ?」
「こ……こど、子供は何人……欲しい? う、ウチは……」
スパンッ! と、デュークは長い銀髪もろともエールの首を薙ぎ払った。
ふわりと、エールの首が宙を舞ったかと思いきや、自由になったと言わんばかりにデュークの首すじめがけて襲いかかった。その毒牙は金属板を噛み砕く。
「し、しまった……」
思いもよらぬ逆襲だった。
デュークは長剣を放り落とし、エールの首に噛みつかれたままばったりと倒れた。
◯
真夜中のシャトー☆シロ--開け放たれた正面玄関から、ニナとサナギが駆け込んでくる。二人は息を呑んだ。
すぐ目の前に、白銀の騎士が倒れている。
そして普通でない、エールと思われる死体。
デザートイーグルを手にしたニナは、思わず目を背けた。
店内の華やかな内装がとてもむなしく感じられた。円形の大きなシャンデリアが照らす中、サナギがエールの頭部をそっと抱き抱える。
そのまま、ふさわしい場所まで戻すと、付けていたエプロンドレスで覆った。
心の動揺を押し殺して、ニナが白銀の騎士の兜を静かに蹴る。
「空……!?」
何の抵抗もなく転がる兜に、ニナがびくっと身体を強張らせると--
甲冑の各パーツが意思を持ったように宙を舞い、元通り一人の騎士を形成した。
「こんばんは。笑顔の素敵なお嬢さん」
白銀の騎士から、神のお告げのように穏やかな言葉が発せられた。
「デューク……」
砕かれた首元の板金から見える内側は、やはり空洞だった。
どういうことかは分からないが、これではエールの必殺の毒も効果がないだろう。
「早速、私がプロデュースしたダンジョンに挑戦しに来てくれたのですね」
「ダンジョンに挑戦? あなたは一体、何を言ってるの?」
ニナは鋭い口調で言い返した。
「要は、ここのダンジョン作りへのこだわりに感銘を受けましてね。私も真似てみることにしたんですよ」
「……あ、そう」
自分達が運営していたダンジョンを褒められて悪い気はしないが……。
「それとも、鬼の金棒を見つけてくれましたか?」
ニナは質問を質問で返す。
「ドラゴンバレーさん達はどうしたの?」
「ドラゴンバレー? ああ、うっかりしていました。ただいま、先客の方が挑戦中でしたね。ですが、それも間もなく終了します」
「あなたは今、どこにいるの?」
ニナは、目の前の白銀の騎士を睨みつけた。
デュークの声色がうれしそうな様子に変わる。
「聞きましたよ、冒険者の掟。鬼やドラゴンと一口に言っても複数の種があり、ピンキリですが、フェネクスとは私一人のことです。要は、そういうことです」
「ダンジョンに挑戦はしないし、鬼の金棒も知らない。だから、理想郷とやらに帰ってくれる?」
「ハハハハハッ! そういう訳にはいかないでしょう。自分の家から勝手にモノが盗まれた場合、あなたはどうします? 泣き寝入りをするんですか?」
ニナは言い返そうとしたが、黙らなくてはならなくなった。傍にいたサナギの様子がおかしい。
「うううう……」
と、肩を震わせ低い唸り声を上げている。
ニナは静かにサナギの腕をつかんで、背後に引き寄せた。
「それから、ここを拠点にして人間界を滅ぼします」
デュークは、とんでもない事をさらりと話す。
「は?」
「要はついでです」
ニナは無意識のうちに一歩、後ずさりする。サナギに背を預けるような形になってしまった。
「……鬼の金棒を探す過程で、世界を滅ぼすというの?」
「いいえ。仮に、今ここで鬼の金棒を見つけたとしてもそうします」
「そんなことが許されると思ってるのっ!?」
ニナは青ざめた。
「もったいないでしょう?」
デュークが、にっこりと笑ったような気がした。白銀の騎士は手を広げて、
「せっかくダンジョンを作ったのです。もっとも、人間界には毛ほどの価値もなく、興味もないのですが」
「じゃあ、そのダンジョンも私たちが有効に活用してあげるから、帰って。」
ニナは、自分でもバカなことを言っていると思った。
白銀の騎士が「クックック」と、笑い声を漏らす。
「なるほど」
「何?」
「どうです? 私の下で働きませんか? 面接代わりに私の作ったダンジョンにチャレンジしてください。最深部にいる私のところにまで辿り着けば合格としましょう」
「誰のせいで無職になったと思ってるの……」
「ああ、そうそう。四人パーティーじゃなくても構いませんので。一人でも千人でも、ご自由にどうぞ。ハハハハハ……」
デュークの笑い声だけを残して、白銀の騎士は姿を消してしまった。
しばらくの間、ニナとサナギは、硬直したように動けないでいた。
ニナは銃をガーターホルスターに戻した。ずっと握りしめていた手が痛かった。
「どうする? 面接を受けないかってさ」
「わたし」
サナギは、ようやく声を絞り出した。
「まだ今日の分のお給料を貰ってません」
「ああ、そうね」
ニナがおかしそうに笑った。
サナギは久しぶりに見るニナの笑顔に、胸が締めつけられた。
「いつ暴れだすのかと思って、ひやひやしたわ」
「すみません……でも、許せません」
サナギは、エプロンドレスで覆われたエールに目を向けた。ニナもその方を見る。
「怖くないの?」
「……」
サナギは口角を片方だけ上げた。何かを企んでいるような笑みになった。
「そうね。ボランティアでやってんじゃないと教えたのも私だもんね」
ニナとサナギはフェネクスの待つダンジョンへと向かった。