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ダンジョンで接客業をしているが、職場がまさに戦場でしんどい。  作者: 森口デコ
上司がクソビッ◯でしんどい
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第27話 エールとデューク その①

 人気(ひとけ)のなくなったシャトー☆シロの店内は、やたらと広く感じられる。荒れ果てたメインロビーの中央で、デュークは一人で立っていた。


「あの娘に再び会うことになろうとは……」


 デュークは、薄い笑みを浮かべた。

 黒色の冷たく温かみが感じられない、大きな石柱を見上げる。悪くない趣味だ。

 盗まれた〝鬼の金棒〟を追ってきたらシャトー☆シロにたどり着いた。


 五百年ほど前か、フェネクスは人の形に姿を変えて、理想郷(アルカディア)を出た。

 その先に集落があり、雨が降った後だったのを覚えている。

 身なりの良い少女と男が何やら争っていた。

 どうやら男は物盗りで、金銭の入った革袋を奪おうとしているらしい。


 少女は、これは母親の形見だからと泣いて暴れるので、しまいには男が刃物を取り出した。

 男が水たまりに足を踏み入れた勢いで、バシャッとフェネクスに向かって泥水がはねる。汚れるのが嫌なので、瞬きをするように羽ばたいた。風の刃が泥水と一緒に男も切り裂く。

 少女は、盛大に男の返り血を浴びることになった。大事な革袋も同様で、混乱して泣き続ける。


 そして、何をどう思ったのか、フェネクスは、


「これをやろう」


 と、真紅の羽根を差し出した。

 少女は、フェネクスの顔を見上げて驚く。

 恐ろしいほどの美しさだった。この世のものとは思えないくらい。

 そして、怯えるでもなく、感謝の言葉を言うでもなく、

 ただ


「ああ……」

 

 と熱い吐息を吐いて、母の形見を散乱した臓物の中に捨てた。

 少女の口元には笑みが浮かんでいた。


 心に灯った火に囚われ、他のものは何も見えなくなっていた。相手の真実さえも。


「ウチの家に行こ」

 

 不意に、少女が言葉を吐き出した。


「…………」


「ウチの家に行こ」

 

 少女が繰り返した。


 偶然出会ったエールに好意を寄せられた。人間が虫や植物から好意を寄せられても仕方がないのと同じことで、フェネクスは人間界のルールに従い、丁寧に断りをいれた。しかし、まったく聞く耳を持たないどころか、


「あなたを殺してウチも死ぬ」


 と、言い出す始末だった。

 ゴミクズほどの小さな頭から導き出された最高の愛情表現手段は、とても理解不能である。

 だが、その独りよがりな情念の毒はあろうことか、このフェネクスの命に届いたのだからそら恐ろしい。再生するのに五百年。数万年以上生きるフェネクスにとって、それは些細な時間ではあるが……。


「フェネ男……!」

 

 声にデュークが振り向く。

 焼けた石壁、割れたガラス、そこかしこに残る血の跡の中で、まるで場違いなミニスカメイド姿のエールが立っていた。

 なにやら満面の笑顔で手を振っている。


「鬼の金棒は持ってきたか?」


「あの、実は聞いて欲しい話があって……」

 

 一変、表情を曇らせたエールは泣きそうな声で言

った。


「実は、その……ウチらもう一回、やり直すことはできへんかなあって……」


「先程、病院でお前が話した女二人のうち、どちらかが知っているはずだ」


「ほんまにごめんなさい。この通り。謝るし、ウチの悪いところ何でも言うて? 絶対直すから……」


「鬼の金棒を持ってこいと何度も言っているのだが」


「あれやろ? 前にウチがフェネ男を殺してしまったことを怒ってるんやろ? ほんまに後悔してる……何であんなことしたんやろうって。あの時は、自分が暗い小さな部屋に閉じ込めらてたんやと今になって思う……ほんまに怖いことで、自分でもまったく気付かへんねん。殺す以外のことが考えられへんようになってしまって……」


「やめろ。予想外の事とはいえ、私にとって恥以外のなにものでもない」


 エールは、デュークの顔をうっとりと眺める。


「ウチ、ずっと神様にお願いしてたんや。ウチはどうなってもええから、フェネ男ともう一度会わせてくださいって……神様って、ほんまにおるんやなあ。いや、愛の力かな……運命なんか信じてなかったけど、こうなるとそうも言ってられへんよね」


 デュークは溜め息をつく。


「こんなに会話が成り立たないものか。数万年来の我が宿敵ルシフェルとですら、もう少し話が合うぞ」


「フェネ男、結婚しよ。ここには教会もあるんやで。せやから、この城を選んだんや」


「一体、お前は誰と喋っているんだ?」


 エールは、言葉の意味が理解できないようだった。


「……お願いやから、ウチの、言うことを聞いて? さもないと、やっぱり、殺さんと、あかんくなるから!」


 暗く重く言い放つエールに、デュークは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「不愉快極まりない。五百年前と同じことを言っている。お前の周りは時が止まっているのか?」


「自分のものにならないなら、殺すしかないやんか……」


 エールは、人として当然のことをしていると思っている。


「ね、ウチの恋は間違ってるんかな?」


 デュークがマントをひるがえすと、瞬時に頭からつま先まで全身を光り輝く白銀の甲冑が包んだ。そして、広刃(こうば)の長剣を振りかざす。


「さっさと本性を現したらどうだ? 下等な蛇の化け物が」


「もう二度とあの姿にはならへん。約束する。そらそうや、蛇なんか気持ち悪いもん。フェネ男に嫌われてまう……」


 エールがにこりと笑顔を見せたと思ったら、抜く手も見せず蛇に変化した右腕が、デュークの鼻先を襲った。


 デュークはそれを籠手ではね返すと、石壁の崩れたところから中庭へと走り込んだ。

 エールもパンプスを脱ぎ捨て、猛烈な勢いで中庭へと飛び込む。

 狂乱状態で攻撃を繰り出し、息つく暇も与えない。


 デュークは、足か腕の一本も叩き切った後にゆっくりとなぶり殺しにしてやろうと考えていたにも関わらず、約束通り(?)人間の姿を保ったままのエールに圧倒されつつあった。


   ◯


 鬱蒼とした森の中、月明かりを頼りに二人のミニスカメイドが獣道を進む。

 ニナとサナギは、すでに警備隊が構築した警戒網の中へと入っていた。

 シャトー☆シロ(みせ)の周辺のことなら、ニナのほうが地の利に勝る。


「いつまで付いてくるつもり?」


 ニナは立ち止まると、ずっと黙ったまま後をついてきていたサナギの顔を見た。


「ニナさんこそ、ドラゴンバレーさん達の手助けをするつもりじゃないんですか?」


「違うわよ。私が行ったって焼け石に水……無事を祈るしかないわ」


「じゃあ、何をしに?」


「私はどうにも腹の虫が収まらないから、退職金代わりにあのアホ店長の金を奪いに行くのよ。隠し金庫の場所も知ってるしね」


「今、店に戻れば本当にエール店長が敵として現れるかもしれません」


「良いじゃない。次は確実に額の真ん中をぶち抜いてやるわ」


 ニナは奥歯を噛み締めた。サナギが少し哀しそうな顔をする。


「……こんなことになってしまった責任は取ります」


「どうやって? 言いにくいことだけど……以前のパーティーは全滅したんでしょ? しかも、フェネクスに出会う前に」


「ならば、フェネクス以上の怪物(モンスター)になるまで」

 

 サナギは低い声で言った。


「…………」


 ニナは相応しい返答を思いつくことができなかった。ただ、ただ、悲壮感だけが漂う。


「……ですからニナさんはその間、なんとかエール店長をフェネクスから引き離しておいてもらえますか?」


「アンタ、死んだ仲間の仇を取るつもりなら止めておきなさい。あんな化け物とまともにやり合ってたら、命がいくつあっても--」


「でも! このまま諦めるなんて……」


「自分じゃどうにもならないことは考えないのが、幸せになるための秘訣よ。少しは上長の言うことを聞きなさい!」


 ニナは声を荒げた。

 サナギは唇を歪める。


「もう上長でも部下でもありません」


「そう……、だったわね」

 

 私はシャトー☆シロに戻って本当にどうするつもりなんだろう、という疑問がニナの胸に湧いた。

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