第26話 クビ
アーキラブ大学医学部附属病院、外来ロビー。時刻は深夜0時をすでに回っていた。
ティアラとサナギ以下、治療を終えたスタッフ達が集まっていた。皆、一様に疲れきった表情をしている。
「……俺たちも早く次の仕事を探さないとな」
スタッフのひとりが口を開いた。
「こんな重大事故を起こしておいて、ただで済むわけがないだろ?」
「利用客に多数の怪我人、あろうことか皇太子殿下は今も生死の境をさまよってる」
「いくら店長が国王陛下と懇意の仲だといっても、もうシャトー☆シロは終わりだよ」
などと、不安の声が堰を切ったようにあふれ出す。
(まだ終わっていない)
ティアラの後ろに控えていたサナギは、そう思ったが口に出すことはなかった。
重苦しい沈黙の中、青ざめた顔のティアラが言う。
「……王国軍によれば、シャトー☆シロから半径1キロメートル以内の住民の避難は完了。日の出と共に店内に残存するモンスター達を対象に掃討作戦を決行するということです」
それを聞いた皆が、がっくりと肩を落としていると、
「王子は……?」
エールの声だった。
これまで行方知れずだったエールが、ふらりと姿を見せた。
「エール店長……」
ティアラは泣いていた。
「王子はどこや?」
ティアラは一瞬、びくっとした。このようなことになり無理もないが、エールはかなり不機嫌そうで近寄りがたかった。
「二階の集中治療室です」
「……」
エールは、傷ついたスタッフ達を一瞥しただけで行ってしまった。
そんな店長の姿に、ティアラ以下他のスタッフ達も、もはや動く気力もない。サナギが一人でエールの後を追った。
エールが階段を上がると、その先でニナが壁に寄りかかって立っていた。
「何? 男を追っかけるのはもういいの? まさか、今さら自責の念に駆られたってことはないでしょうし……いずれにしても、病室にはこれ以上近づけないわよ」
ニナの言葉は、怒りを押し殺すような語気の荒さだったが、
「……」
エールは、何も言わずにニナの顔を見つめた。
サナギが二階の奥を覗き見ると、確かに武器を携えた王国軍兵士達により厳重に警備されていた。というか、めちゃくちゃ睨まれていた。
エールがニナに階下に来るように顎で示すと、ニナはそれに従った。
「……王子の容態は?」
ややあって、エールが口を開いた。
ニナの顔色がさっと変わって、
「そんなこと私たちに教えてくれるわけないでしょう。バカなんじゃないの?」
ニナの気持ちは十分過ぎるほど分かるが、そばで聞いていたサナギは肝を冷やした。
「それにしても、とんでもない化け物を連れ込んでくれたわね。五百年の恋だか何だか知らないけど……アンタも見たんでしょ? 店はもうぐちゃぐちゃよ」
むっつりと押し黙って聞いているエールに、ニナは、
「ああ……、好きな男の前では、店のことなんかどうでも良いんでしょうね」
と、吐き捨てた。
たまりかねたサナギは、二人の間に割って入ると、丁寧に頭を下げた。
「エール店長、〝鬼の金棒〟は私が持っています。私のせいで店がこんなことになってしまって、本当になんとお詫びをしたら良いのか……」
それに対してエールは、何の反応も示さない。サナギは話を続ける。
「フェネクスに鬼の金棒を返し、なんとか大人しく理想郷に帰ってもらえるように今から要求しに行ってきます」
「だから、それはダメだと言ってるでしょう!」
今度はサナギに向かって、ニナは声を荒げた。
「フェネクスの力には謎の部分が多い。このままでは王国軍も全滅してしまいます」
サナギが言った。
「それは私たちが考えることじゃないのよっ!」
睨み合う二人をよそに、エールが独り言のように口を開いた。
「お前も鬼の金棒も関係あるか。フェネ男はウチに会いに来たんや……」
「え?」
「さっきから、お前らギャーギャーギャーギャー、うるさいねん! 二人ともクビやから、どこへなりとも行けっ。目障りや!」
エールは、そのまま病院から出て行ってしまう。それを見送ったニナの顔が、みるみる紅潮していった。
「あ……」
サナギが止める間も無く、
「¢¥£☆♪→@#&囧……っ!!」
ニナは声にならない叫びを上げて、ヘッドドレスを思い切り床に叩きつけた。サナギに借りているやつだ。
「こんなところにいたのか、ニナ君。さがしたぞ」
荒れ狂うニナの元に、軍服を着た初老の男--サムエル国境警備隊次長があらわれた。
ニナは、サムエル次長の後ろにいた三人組を見て驚いた。
「次長と……ドラゴンバレーさん!」
「ニナちゃん、ちゃ~す!」
ドラゴンの鱗や皮膚で作られた派手な鎧、顔にタトゥーをほどこしたグラン・ドラゴンバレーが軽く手を上げる。他の二人も同じような格好をしており、三人揃うと顔見知りのニナでさえ、思わずぎょっとするほどの異様な派手さだった。
長男グラン、次男モエン、三男プチン、四男アルティンのドラゴンバレー四兄弟は、世界でも数少ないドラゴン狩りを達成した冒険者パーティーである。ドラゴンを倒したのは一昔前の出来事ではあるが、今も尚、その名声は衰えていない。
「グランさんもモエンさんもプチンさんもお元気そうで……あれ? アルティンさんは?」
「ああ、アイツは流行り病に罹っちゃってさ。今日は休み」
「で、その今から戦いに行くような格好は一体……」
「ニナちゃんも今回は大変だったね。まあ、無事で良かったよ」
「重傷を負わせてしまったお客様もいる中で、良かったなどということは……」
暗い表情をするニナを、サムエル次長がにらみつけた。
「私から説明しよう。今からここにいるドラゴンバレー兄弟に凶暴化したモンスターが巣食うシャトー☆シロに行ってもらい、そこで潜伏している今事件の首謀者と思しきデュークとかいう男を暗殺してもらう」
「なぜ、ドラゴンバレーさん達が? 警備隊は?」
「このような事体になっても尚、国王陛下はシャトー☆シロを残すことを考えているらしい」
サムエル次長は顔をひくつかせた。
「どういうことですか?」
ニナはそっと尋ねたが、サムエル次長はニナを見ようとしない。
「軍が動いて鎮圧したとなると、その後の再建は世論が許さないだろうからな。そうでなくても、私は再建の道なんか残ってないと思うが」
「それはそうでしょうね……」
「前から思っていたが、国王陛下と君のところの店長は一体、どういう関係なんだ?」
「さあ……」
〝愛人〟だとは言えるはずもなく、ニナは首を傾げるしかなかった。
「やはり、隠し子か?」
「次長、それ以上は……」
ニナに諌められて、サムエル次長は居住まいを正した。
「国王陛下もそんなに軽くは考えてないと思うよ。俺たちに声がかかるってことは、それ即ち緊急事態だから」
グランの言葉を受けて、
「そこで、ニナ君はドラゴンバレー兄弟の道案内をしてくれ給え」
サムエル次長が有無を言わさぬ調子で言った。
「いや、いいよいいよ。そんなの。ニナちゃんだって疲れてるだろ」
「そうそう。俺たちもシャトー☆シロには一回だけ遊びに行ったことあるし」
「あ、でもアルティンの代わりにニナちゃんが俺たちのパーティーに入るのはアリだな」
「そりゃ良いね。もうアイツはクビにしようぜ」
ドラゴンバレー兄弟がそれぞれに喋りだしたので、ニナは苦笑した。
「いや、皆さんも知っての通り、私は二年前に冒険者であることを諦めましたので」
「分かってるよ。じゃ、俺たちはそのデュークとかいうおっさんにお灸を据えてくるから」
グランが軽い調子で言った。
「グランさん、報告は聞いてると思いますが、デュークの正体は理想郷の住人、フェネクスだと思われ--」
グランはニナの話を最後まで聞かずに、
「不死身のモンスター、フェネクスねえ。噂では聞いたことあるけど本当なの?」
「その真偽のほどは分かりませんが、私が今までに見た中でも飛び抜けて恐ろしいモンスターであることは間違いありません」
「わかった。俺達と同じ第一号認定冒険者だったニナちゃんの言うことだから充分に注意するさ」
グランは、にこっと笑った。
第一号認定冒険者とは、主に陸地におけるマネクメネ(モンスター生息域)踏破割合が70パーセント以上であると、世界連合が設立した機関より認定を受けた冒険者のことをいう。認定冒険者には、国境間の移動要件の緩和など、さまざまなインセンティブがある。
ちなみに、マネクメネ踏破割合が50パーセント以上であれば第二号認定冒険者となる。
「本当に無理はしないで……アルティンさんもいませんし、冒険者の掟のこともあります」
ニナは、どうしても落ち着かない様子だった。
「それ以上は言うな」
グランは感情をあらわにする。
「〝鬼・ドラゴン・フェネクスには手を出すな〟--本当にフェネクスだとしてもドラゴンより強いわけじゃないだろ。黙って見てな」
ニナは、トップクラスの冒険者のプライドを逆撫でしてしまったことに気づき、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「わかれば良いんだよ、ニナちゃん。んじゃ、また店が再開したら、ちょっとエッチなサービスでもお願いしちゃおうかな」
手を振って病院を後にするドラゴンバレー兄弟とサムエル次長を、ニナは見送るしかなかった。