第25話 何もできなかった
ニナが本館内へと駆け込む。サナギもその後に続いた。
「…………!」
ニナは大きく目を見開いたまま、言葉を失ってしまった。
中では黒煙が立ちのぼり、焼け跡がくすぶり続けていた。さらに、傷ついた利用客やスタッフ、モンスター達が店内のいたるところで倒れている。
相当な規模の乱戦があったらしい。
「そんな……」
すでに緊急通報を受けた王国軍警備隊による消火と救護の手配が始まっていた。
ニナの姿を見つけたティアラが声を上げる。
「ニナさん! どこに行ってたんですかっ!?」
「本当にごめんなさい。それで、ここで暴れてたモンスター達は一体どこへ?」
「あたしは店の外で隠れてたので見てませんが……急におとなしくなって、元のゴールドダンジョンへと戻っていったそうです……」
後はただおろおろするばかりのティアラをよそに、ニナは緊張感をみなぎらせた。
(何をどうしたのかは分からないが、デュークが関わっているのは間違いない……!)
遅れてきたギゾーがニナに声をかける。
「ワシは管理室に行ってくるよ」
「気をつけて。……それから、テッちゃんとサナギは負傷者の介抱をお願い」
「はい!」
ティアラはニナからの指示を受けて、平静さを取り戻したようだった。
サナギは倒れた石柱を押し上げ、救助活動がしやすいようにスペースを確保する。
カウンター台やイスの残骸が散乱し、戦場と化したゴールドダンジョンのスタート地点ロビーでリーフが横たわっていた。
「リーフさ……」
言ってサナギは、自分が普通に喋っていることに気づく。
リーフが名前を呼ばれて、なんとか体を起こした。
「しっかりしてください。すぐに救助がきあすから」
リーフは、背中に火傷を負って、意識が朦朧としているようだった。
「僕なら大丈夫。ロマネスコさんもあっちで気を失って寝てるけど大丈夫だと思う」
リーフは苦痛に顔をゆがめる。
「それよりもキワーノ王子のことが心配だよ。僕のことも助けてくれて……王子は無事かな?」
「わかりあせん。おうし訳ありあせん」
「サナギは、こんな時でもその変な喋り方なんだね。面白いや」
リーフは目を丸くして少し笑った。
サナギは泣き出したくなった。確かに、こんな時でも素性を隠さなければならない自分は、文字通り呪われている。しかし、普通の人間ではないことがバレてしまったら、私は--
「バカにしたわけじゃないよ、サナギ。怒った?」
おろおろとしたリーフの声に顔を上げたサナギは、
「あさか。そんなことありあせん」
そう言って精一杯、口角を上げた。
ニナは外へと運び出されていく担架と、その傍らで泣き叫ぶマリネを見つけた。
「マリネ様……、殿下!!」
すぐさま駆け寄ると、苦しそうに呼吸をするキワーノ王子に呼びかける。
ゆっくりと消え入りそうなキワーノの声が返ってきた。
「弱い、余は本当に弱い……何もできなかった……」
「しっかりして、殿下! 何を言ってるんですか、マリネ様を守ったんでしょうっ!?」
「邪魔だ! どけっ!」
救護隊員はニナとマリネを乱暴に払いのけると、キワーノ王子を救急車に乗せて走り去っていった。
一呼吸置く間も無く、インカムには次々と混乱した声がつげられていた。それに対して、ニナは有無を言わせず言い放つ。
「--やめて! 突入は危険よっ! 今は警備隊と連携してダンジョン全ての出入り口を封鎖することが最優先です! わかった? 以上!」
ニナは、地べたに倒れ伏しているマリネに向かう。
「さあ、マリネ様も怪我の手当てを--」
「アンタが早く店長を連れてきてくれてたら、今頃には二人で国境を越えてたかもしれないのに……キワーノが死んじゃったら、アンタのせいよっ!!」
言うだけ言って、マリネはまた泣き続けた。
店内ではまだまだ混乱が続いている。まずは利用客の救護を優先して、次に被害状況を確認……そうそう、踏ん張っているスタッフの労をねぎらわなければならない。その後は--。
気がつけば太陽は沈み、辺りは暗くなり始めていた。
長く続くマリネの嗚咽が、ニナの胸を深く刺した。