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ダンジョンで接客業をしているが、職場がまさに戦場でしんどい。  作者: 森口デコ
上司がクソビッ◯でしんどい
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第23話 キワーノとマリネ

 それから一時間ほど前--。

 リーフの母親お手製の弁当を食べ終わったキワーノとマリネは、店長室へと向かっていた。

 店長に話を通してくれると、約束していたはずのニナがいなくなってしまったためである。

 店長室への道筋は、ニナの代わりに来たというティアラに教えてもらった。


「もうっ……あのコンコンメイドさんたら、殿下との約束を破るなんて本当に良い度胸してるわ!」


 マリネは苛立っていた。


「おそらく彼女は、余たちが亡命することに反対なのだろう」


 キワーノはとりなすも、もどかしい気持ちは同じである。


「ねえねえ、殿下。私この国を出たらまず行きたいところがあるの」


「どこへ?」


「パパイヤアイランド。やすらぎの聖地と聞いたわ。そこでは〝夜の虹〟が見えるらしいの」

 

 マリネが、わくわくとキワーノの手を握った。もう機嫌が直ったらしい。


「たしか、ここからはるか東にある離島だ……モンスターに支配された海路を選ばざるをえない」


「そうなの?」


 キワーノは真剣な顔をする。


「余が今の身分を使って、軍艦に護衛を任せたとしても命の危険を伴うぞ」


「大丈夫よ。私たち二人なら」


「……そうだな。二人なら大丈夫だ」


 キワーノとマリネは、生きているうちに一度は言ってみたいセリフを、お互いに照れくさそうに言いあった。


 店長室のある別棟に差し掛かったところで、前方から豪華絢爛な四人パーティーが歩いてきた。

 デュークと白銀の騎士達である。

 キワーノ王子とマリネは、デューク達に気圧されるように廊下の端へと移動した。

 デューク達は二人に一瞥もくれることなく、その前を通り過ぎていった。


「何なのあれ? 偉そうに。殿下のこと知らないのかしら?」


 ぶーっとマリネは、口をとがらせた。

 キワーノがデューク達の後ろ姿を目で追う。


「きっと名のある冒険者パーティーに違いない。とても堂々とした立ち振る舞いであった」


 マリネは、キワーノが冒険者になりたいという夢を持っていることは知っている。しかし、皇太子という立場上、叶うことはない夢なので極力触れないようにしていたのだが……。


「ね、殿下! やっぱりロマネスコとリーフも一緒に連れて行こ」


「え?」


 突然の提案に、キワーノは面食らった。


「そしたら冒険もできるし一石三鳥よ!」


「ああ」


 マリネの気づかいが、とてもいじらしい。


「それを言うなら一石二鳥だ。彼らはそれぞれ名家の跡取り。余がいなくなった後のこの国を盛り立ててもらわないといけないから、それはできないよ」


「……そうね」


 マリネも頷いた。


 店長室のドアをノックして二人は中へと入る。しかし、そこには誰もいなかった。


「どうしよ……」


 肩を落としてマリネがつぶやいた。


「もう自分たちの力だけで行こう……! ただし、ロマネスコとリーフにちゃんと別れのあいさつをしてからな」


「うん。それが良いね」


 キワーノとマリネは顔を見合わせて、小さく笑った。


 ◯


 本館内ダンジョンスタート地点のロビー。

 プラチナムダンジョンが急遽、営業休止となったため、スタッフたちは客対応に忙しく動き回っていた。


「隠しダンジョンもプラチナムダンジョンもダメって、この店は大丈夫なの!? それにキワーノとマリネはどこいっちゃったんだよっ」


 槍使いのロマネスコは苛立ちをそのままに、大声で叫んだ。


 WEBカメラを手にしたティアラが駆け寄ってくる。


「隠しダンジョンは店長がいないとよくわからないんですが、ゴールドダンジョンは問題なくチャレンジできます! どうしますか?」


「もういいよ、それで!」


「かしこまりました!」


 ティアラは敬礼をした。


「よし、行くぞっ。リーフ!」


 ロマネスコはキャリーバッグを開け、中から猫のゼウスを大事そうに抱き抱える。

 相変わらず大荷物を抱えたリーフは、


「ええっ……キワーノ王子とマリネさんは? 四人いないとダメなんじゃないの?」


「俺とリーフにテッちゃん、あとはゼウス様で四人だ! 他に何か問題があるか!?」


 ロマネスコは息を荒くしてまくしたてた。リーフがたじろぎ、顔色が変わる。


「いやいや、シルバーダンジョンでもあんなに苦労したのに……」


「それはお前やマリネ、それにニナさんが俺の足を引っ張ったからだろう! テッちゃんはそんなことないよな?」


「もちろんです! ニナさん亡き後はこのティアラにお任せください! カメラの操作も完璧です!」


 ティアラは意気揚々とカメラを構えた。


「ニナさん亡き後って……、サナギもどこいっちゃったの?」


 リーフは肩をすぼめた。悪い予感しかしない。

 ロマネスコは怒りと不満で意味不明になってるし、新しい世話係のティアラはお調子者のイエスマンだ。


 やっと自分が認められるチャンスがやってきたと思い、ティアラは胸をはる。


「二人はプラチナムダンジョンで発生した問題の対応をしているそうですが、皆さまにはこの()()()コンシェルジュのティアラがついているのですから何の心配もいりません!」

 

 手槍を掲げ、ロマネスコはゴールドダンジョンのゲートへと突進した。


「よし、行くぞぉぉぉぉぉっ!」


「あ--」


 スタッフの一人が驚愕の声を上げた。


「ちょっと待って! モンスターが……」


「え?」


 ロマネスコの口から小さく息が漏れた。

 行く手の階下から、ライオンの頭とヤギの胴体に蛇の尾を持つモンスター、キマイラが出現したのである。

 ここはまだダンジョンエリアではない。モンスターがいるなんて考えられないことだった。


「おっ!? これは特別イベントか何か? 良いじゃんっ、テッちゃん! さっそく見せ場がきた--」


 言えたのはそこまでだった。

 ロマネスコはキマイラの強靭な一撃を受け、はるか後方へ吹っ飛んでいく。


 さらにキマイラは客とスタッフでいっぱいのロビーに向けて、狂ったように火炎を吐き散らし始めた。

 けたたましい非常ベルの音が店内を埋めつくし、いたるところに設置されたパトランプが点灯する。


「どうなってるの? ゴールドダンジョンのキマイラがどうしてこんなところまで……ワニゴブリンに悪魔コウモリまで出て来ちゃってるよぉぉぉ!!」


 逃げまどう人々の波に押し倒されるティアラ。


 次々とロビー内に入ってくるモンスター達を追いかけるようにして、傷だらけのパトロール班が隊列を組み直して行く手に立ち塞がった。


「キシャァァァァッ!」


 ワニの頭を持つ大型モンスター、ワニゴブリンが先頭の班員を大斧で勢いよく薙ぎ払う。


 異常事態を察した冒険者たちも手に手に武器を取って応戦するが、凶暴化したモンスター達は本来のレベル以上の強さを見せ、これを蹂躙していった。


 本館内は、飛び散った窓ガラスや石壁の破片、黒煙がいたるところで立ちのぼり、まるで戦場のようだった。

 --これはただ事ではない。


 キワーノは、隣で固まっているマリネを見た。


「……マリネは来た道を引き返して、そのまま逃げるんだ」


 声に緊張がにじんでいる。


「キワーノは、どうするの……?」


 マリネは恐る恐る尋ねた。


「皆んなを助けてくる」


 キワーノは剣を抜き、黒煙の中へと飛び込んでいった。


「待ってえっ!!」


 マリネは後を追おうとしたが、足が絡まり転倒してしまう。なんとか近くにあったカウンター台の中へ這っていった。


「わぁぁぁぁっ!!」


 リーフが怒り狂うキマイラを引き連れて、ドタバタと逃げまどっていた。

 キマイラがゴオッと火炎を吐くと、リーフが背負っていた大荷物に火が燃え移る。

 リーフは大荷物を投げ捨て、迫ってきたキマイラの頭にしがみついた。


 巨体を揺すって暴れるキマイラ。


「んぎ……んぎぎぎぎぎっ!」


 火傷を負った背中に激痛が走る。

 だが、振り落とされればおそらく命はないだろう。

 リーフは涙を流しながら歯をくいしばって耐えた。


 そのとき、キマイラの背後から走り出てきたキワーノの剣が、すくいあげるようにその胴を切り払い、さらに胸へと突き込まれた。


「ガ、ガガ……」


 キマイラの巨体が、どうっと音を立てて崩れ落ちる。


「無事か、リーフ!?」


「王子!!」


「ロマネスコは?」


 キワーノは剣を構えたまま言った。

 リーフはキマイラから飛び降り、


「……わかんない。王子こそ無事で良かった」 


 と、ふらつきながら答えた。


「とにかくリーフは店の外へ逃げるんだ。余はロマネスコを探してくる!」


「無茶だ! 危ないよ!」


 キワーノは、リーフが引き止めるのも聞かずに走り去った。

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