第22話 魔法
「……蘇生魔法」
「彼はそう言っていました」
「そんな魔法が存在したなんて……でも、鬼の金棒を媒介にしてって……わざと人じゃなく鬼として生き返らせたってこと?」
ニナは持っていたハンカチを差し出した。
「たぶん……あの場で人として生き返っても、またすぐ死んじゃうから……私、弱いから……」
サナギは、なんとか平静を保って、涙を拭く。
理想郷--ニナはそんな場所があることすら知らなかった。
そして、蘇生魔法なんて神がかり的な魔法を使用したその彼は、相当な人物だったのだろう。それでも、太刀打ちすることができなかった。
サナギを人間じゃなくしてまでも生き延びさせることは、彼にとっても苦肉の策であったに違いない。
ニナは包帯を巻き終わると、元のように黒のワンピースを着させた。
「ハイ、これ」
ニナはサナギに眼鏡を手渡した。
「ありがとうございます。……それから、何をどうしたのか全く覚えていませんが、気がつくと私は一人でこちらの世界へ帰ってきていました」
「それはいつの話?」
「二週間ほど前です。それから、ふらふらと行くあてもなくさまよってましたが、この街でエール店長に出会いました。それが昨日の夜のことです」
「……鬼の金棒って一体何なの?」
もはや遠慮していても仕方がない。ニナは率直に尋ねた。
「その……私たちが全滅したフェネクスの城の宝物庫で見つけました。呪われたアイテムですが、不死身のモンスターであるフェネクスを倒す唯一の武器だそうです」
「フェネクス……、フェネ男?」
「デュークだとかフェネ男だとか、名前には無頓着なヤツみたいだね」
と、ギゾーが口を挟んだ。
「ああ、もうこちらを向いても良いですよ。ギゾーさん」
ニナは、そう促した。
「そんな言い方ってある!? あーあ……サナギちゃん、服着ちゃってるし! ちょっとくらい見せてくれても良いじゃん、ねえ!?」
ニナはギゾーの軽口を無視して、
「じゃあ、デュークの正体は不死身のモンスターのフェネクスってことですか?」
「自分の城から盗まれた唯一の弱点である〝鬼の金棒〟を取り戻しに来たってところじゃない?」
「それで、サナギを追いかけてきた」
「いや、それならサナギちゃんはもう捕まるなり何なりしてるでしょ」
「どういうことですか?」
「ワシも噂で聞いた程度だけど、理想郷の住人であるフェネクスは、不死の力の他に千里眼も持ってるらしい」
「千里眼?」
「何千、何万キロ先の遠くのものでも良く見えるそうな」
「何それ……」
「で、ここまで追って来たのは良いけど、なぜだかその先ははっきりとは見えないみたいだね」
「サナギ、鬼の金棒は今どこにあるの?」
ニナはサナギに聞いた。
「それは……」
ニナへの信頼がサナギを押す。
どう説明したものか、サナギがためらっていると、ギゾーの目がぱっと光る。
「最初からおかしいと思ってたんだよ、その大きさは!」
「はい?」
サナギは首を傾げた。
「ズバリッ!! このロケットおっぱいの中に隠して--」
そう言いながら、ギゾーがサナギのおっぱいを指で触ろうとする。ニナはその指を捕まえると、あらぬ方向に折り曲げた。
「ギャースッッッ!!」
ギゾーが叫ぶ。
「いちいち話の腰を折るなっ!」
「ワシの指は折れたかもしれないけどね……グスン……」
ギゾーが涙目で指をさする。
ニナはサナギの爆乳をじっと見つめて、息を呑んだ。
「えっ、そうなの……?」
「違います」
サナギが答えた。
「たださあ……」
ギゾーが痛みに顔を歪めながら、二人を見た。
「鬼の金棒を返したところで、『じゃ! どうもお手数おかけしました!』ってフェネクスはおとなしく理想郷へ帰ってくれると思う?」
「……」
何も答えないニナとサナギに、ギゾーは言葉を続ける。
「そもそも返せるの? 鬼の金棒」
「どういうことですか?」
ニナが間髪入れずに尋ねる。
「ニナちゃん、ちゃんと話を聞いてた? 耳くそ詰まってんじゃないの? ワシが舐めとってあげようか!?」
「良いから話を進めて!」
「ハイハイ……だからね、そのサナギちゃんの彼氏は鬼の金棒を媒介に、鬼の魔力を使ってサナギちゃんを生き返らせたわけでしょ?」
「はあ」
ニナが、その答えにたどり着くまでには、まだ時間がかかりそうだった。
「だから、鬼の金棒とサナギちゃんの命は同義なんじゃないかってこと!」
「ええっ……」
ニナは言葉に詰まる。
「そうなの?」
「私にはよくわかりませんが、おそらくは……」
サナギは静かに言った。
「じゃあ、ダメじゃない。いくら訳の分からない化け物に店から出て行ってもらうためとはいえ、人の命には変えられない」
「でも、私はもう人間じゃないですし」
「……」
ニナは黙ってしまう。
フェネクスだとか鬼の金棒だとか、理想郷だとか、もう完全にニナの仕事のキャパオーバーである。
ニナの仕事は店を守ること--いや、それは本当に私の仕事? 店長の仕事じゃないの? その店長には、さっき殺されかけたところだが。
ふつふつとエールへの怒りと恐怖が湧いてきた。
「あのクソ店長っ……!」
ニナは拳でベッドを叩き、大きく息を吐き出した。
それを見たギゾーは、少し寂しそうな表情をした。シャトー☆シロも、なんだかんだで上手くいっていたのだが……。
「二人は〝真紅の鳥〟って昔話は知ってる?」
「フェネクスが出てくるお話ですね。ちゃんと読んだことはありませんが……」
と、サナギ。
「一人の女の子がある男に恋をした。でも、男は女の子の気持ちに応えることはできない。女の子は愛欲が高じて、やがて大蛇となり男を取り殺してしまう。そして、女の子が海に身投げした数日後、男の死体が真紅の鳥に変化し、空へと飛び去って行った。簡単にまとめるとこういう話なんだけどね」
「その話なら、シャトー☆シロに来た当初にクソ店長から聞かされたような……で、その女の子は自分のことだと」
「そう、それ! ワシも五十年くらい前、とある砂漠の国のBARでエールと初めて出会った時に聞かされたんだ。お互いの変わった性癖を話してるうちに意気投合してね!」
ニナとサナギからは、その変わった性癖についての質問は特にないようなので、ギゾーは話をつづけた。
「誰が見てたんやろうな? 知らんうちに有名人になってしもて、かなわんわー。サイン書いたろか? ってね。その時は何をとち狂ったことを言ってんだ? このクソガキ、と思ったけど」
「私もそう思いました」
ニナは苦笑した。
「普通こういう昔話は全て創作だと思います。それが実話だとすると、たしかに誰かがフェネクスが飛び去るところまでを見ていたのでしょうか?」
サナギは、自分でも変なことが気になるなと思った。
「エールの話にはまだ続きがあってね。海に身投げしたのはいいが死ねなくて、それから五百年もの間、世界中をその男--フェネ男を探して回ってると。自分が殺したのにもかかわらず生きていると信じて」
ニナは、ギゾーの話を聞きながら昔の記憶を呼び起こす。
フェネ男、真紅の鳥--あまりにツッコミどころが多すぎる意味不明の話だったので今まですっかり忘れていた。
「でも、どうにも寂しいので良い男がいたら捕まえて、その行く先々でアバンチュールを楽しんでるダメな女なんだと……
ああ、心配しなくて良いよ! ワシとエールは何もなかったからね! ワシは幼児体形には全く反応しない、おっぱい星人だからっ!!」
まるで生ゴミを見るような視線をサナギから向けられても、ギゾーは毅然とした態度を崩さない。
「サナギちゃんも良い表情ができるようになってきたね! でも、その反応はワシには逆効果だと言っておこう!! ガハハハハ……!!
それとさっきの疑問に答えるなら、この昔話を作ったのはエール自身だとワシは思うね! 自分で言いふらしてるくせに、それすら忘れちゃって、自分が有名人になったと勘違いしてるのさ! ほんとバカだよねっ」
「……エール店長は、フェネクスを呼び寄せるために私をシャトー☆シロへ?」
サナギは複雑な表情をした。
「それはどうだろう。だって、エールも一緒になって鬼の金棒を探してんでしょ?」
「そういえば今朝、店長が『ものすごい武器を持った女の子を拾った』と私に言ってきました」
不意にニナが、ぽんと手を打った。
「サナギのことだったんですが」
「え? それじゃあ……」
ギゾーは目をぱちくりさせた。
「いや……やっぱり、違いますね。ものすごい武器というのは、サナギの大きなおっぱいのことでした。あの色ボケババアは何も考えてません」
ニナは首を振った。
そのとき、店の保安システムが作動したことを示す警報音が鳴り響いた。