第20話 トリガー その②
「では、失礼します……」
ニナが店長室の扉をパタンと閉めると、サナギが駆け寄ってきた。
「エール店長は大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃない」
「ええっ、どういうことですか?」
「……VIPルームに戻りましょう。今は自分たちの仕事をするだけよ」
「ニナさん……」
サナギはニナの切羽詰まった表情を見て、何も言わずに従う。
突如として、バンッと店長室の扉が音を立てて開いた。
中から白銀の騎士が出てきて、エールの小さな身体を放り投げた。
エールは石造りの床に叩きつけられるも、すぐに起き上がり、中へ戻ろうとする。
「せやから、鬼の金棒なんて知らへん! そんなもん、ここにはないって何回も言うてるやんかっ……!」
行く手には白銀の騎士が立ち塞がり、今度は顔面を足蹴にした。
「ふぎゃっ!」
エールは不細工な悲鳴を上げて、床に転がる。
店長室の扉は固く閉ざされた。
「もう……なんでウチの気持ちを分かってくれへんの……? なんで? こんだけ好きやって言うてるのに……」
エールは、なおも扉を叩いて泣き喚いた。
このようなエールの姿は今までに見たことがない。
ニナは、見た目通りの小さな子供を息をのんで見守るしかなかった。
「……エール店長」
ニナの声がうわずった。
エールは、それを無視して泣きじゃくっている。
「ちょっと、こっちに来て!」
ニナはエールを無理矢理、別棟の外へと引っ張っていった。
「何やねんな……、離せ!!」
エールは力づくでニナの手を振りほどく。ペッと血の混じった唾を地面に吐いた。
「あれは誰なの……?」
「何がや?」
エールが狼狽えるのが、ニナにも分かった。
「デュークだかフェネ男だか知らないけど、あれは誰だと聞いてんのよっ!」
「知らん……それより〝鬼の金棒〟ってどこにあるんや? 人を集めて店中探して--」
「知らない……? じゃあ、アイツらのせいでプラチナムダンジョンが営業できなくなったのは知ってる?」
「知らん!」
エールは目をそらしてうつむいた。
二人の間に重苦しい沈黙の時が流れる。
「ニナさん……」
その後ろでサナギは、ただおろおろするしかなかった。
ややあって、ニナが口を開いた。
「……ですから、もう冗談はやめてください」
「冗談……?」
「そうです。こういう時に、店長にしっかりしてもらわないと私たちも困ります」
「冗談なんかやあらへん」
エールが顔を上げる。
その目が紅く染まるのが見えた--、
ニナめがけて、白蛇に変化したエールの右腕が高速で伸びてきた。
「っ!?」
間一髪、ニナは体を入れ替えてこれを回避する。そのまま流れるような動作でスカートをめくり上げ、ガーターホルスターから〝デザートイーグル〟を抜いた。
ピタリとエールのこめかみに照準を合わせる。
だが、トリガーを引くことはできなかった。
ニナから銃口を向けられたエールが、ハッとして我にかえる。
目の前でサナギが倒れ込んだ。
眼鏡が、カシャンと地面に落ちる。
サナギはニナの後ろにいたために、先ほどのエールの攻撃を受けてしまったらしい。
「まさか……サナギっ!!」
ニナが悲鳴に近い声を上げた。
「サナギ! どこをやられたの!? 早く見せてっ!」
ニナは、サナギの上体を素早く抱き起こした。
「いや……み、見ないで……」
サナギは、そう言って脇腹から手を離そうとしない。
「何を言ってるの!? いいから早くっ!!」
「何をする気や、ニナ! 分かってるやろ? お前も死ぬぞ!」
--そう、あの強烈な殺意……あれは甘噛みじゃない!
制止するエールを、ニナは烈火のごとく睨んだ。
「アンタねえ……っ!!」
そのとき、サナギの手がだらんと下がった。
「サナギっ!?」
見ると服が裂かれ、下から覗く傷口からは青い血が流れていた。
その隙にエールは逃げ出してしまう。
サナギの意識は急速に遠のいていき、いつもの闇を見つめた。