第18話 追跡
本館フロント前のメインロビーに戻ってきたニナは、すぐにサナギに柱の陰に隠れるように促した。
「え?」
サナギは、とまどいながらも言われたとおりにする。
フロント前の人混みの中に、一人でいる白銀の騎士を見つけたのである。
兜もとらずに、戦闘時と同じ格好であるため顔がわからない。
(先に名簿リストを確認した方が良いかな)
ニナが緊張しながら様子を伺っていると……。
「何をしてるんですか?」
背後から声をかけられたので、驚いて振り向くと、ティアラが不審そうにこちらを見ていた。
「あ、テッちゃん……」
(そりゃ、そうか。店員の私たちがコソコソしてたら余計に目立つよな……。普通に出て行って、デュークのところまで案内してくれと言えば良かったんじゃない? ……でもなあ、あの騎士達はデューク以上に得体が知れないし。ビビってるわけじゃないのよ。ただ、喧嘩するわけじゃないんだから、無用な刺激を与えない方が……)
ニナは、ぶつぶつと呟きながらも、白銀の騎士から目を離さないようにしていた。
「ニナさん。こんなところに隠れて、皇太子殿下御一行様の接客をあたしに押し付けようとしてるんでしょう?」
ティアラはプンスカと怒って見せた。
「違う違う。ちょっと今、別件でバタバタしてて……。殿下達はどうしてる?」
無駄に小さな声になってしまう。
「今はVIPルームでお弁当を食べてます」
「--あの騎士」
「はい?」
ニナは目で白銀の騎士を示す。
「あのお客様のこと、何か知ってる?」
「あたしの話を聞いてますか?」
ティアラはニナを睨みつけたが、ニナは全く動じる気配はない。
「初めて見るお客様です。ご新規様じゃないんですか?」
「そう……」
ティアラは少しムッとした口調で、
「皇太子殿下御一行様のことですが、隠しダンジョンにチャレンジするとおっしゃってます。その準備はエール店長に連絡をすれば良いですか?」
「はあ……、まだ言ってるの」
ニナは、知らず知らずのうちにため息が漏れた。
「隠しダンジョンってパンフレットにも載ってるあれですよね。ドラゴンがいるやつ」
「いないわよ」
ニナはボソッと呟いた。
「あたしもシャトー☆シロの面接を受けた時にエール店長から聞いて、すごい店だなあって感動したのを覚えてます」
ティアラの顔に笑顔が戻った。
「はあ……」
ニナは今日、何十回目かのため息を吐いてから、
「テッちゃん、ちょっと聞いてくれる? 実は私ね、テッちゃんをチーフコンシェルジュに推薦しようと思ってるの」
「いきなり何の話ですか? あたしがニナさんと同格なんて無茶ですよ」
ティアラは目を丸くした。
「そんなことない。いつも思ってた、シャトー☆シロはテッちゃんのおかげでもってるって」
「何をバカなことを……そんなわけないじゃないですか」
とは言いつつも、ティアラもまんざらではない様子だった。
そうこうしているうちに、白銀の騎士がフロント前から動き出す。ニナは慌てて、
「だからね、テッちゃんはもっと評価されるべき。チーフになれば、給料が今の倍くらいにはなるわ」
「ば、倍……!?」
人気魔法少女アニメのコスプレセット、ストレス解消用サンドバッグ、小顔矯正バンドが、瞬時にティアラの頭の中を駆け巡った。
「……というわけで、しばらくの間、皇太子殿下御一行様の対応をお願いね。じゃあ」
「ああっ……あとはブラン(白蛇)の専用ゲージも! --あれ?」
ティアラが夢から覚めると、ニナとサナギの姿はもうなかった。
まさに夢の話で、チーフになったところで給料はせいぜい一割増し程度である。ニナは大嘘をついていた。
(ごめんね、テッちゃん。でも、ほぼ毎日のように私と顔を合わせてるんだから、だいたい分かるでしょうに……)
ニナは白銀の騎士の後を追いながら、頭を下げた。
白銀の騎士は、まっすぐに前を向いてゆったりとしたペースで歩いている。
後ろを気にするような素振りも全く見せない。ついさっきまで、プラチナムダンジョンを壊滅させるほど暴れ回っていたと言うのに、しれっとしたものである。
まるで人間味を感じない。こんなことがあるだろうか……。
白銀の騎士はそのまま当初のニナの予想通り、本館を出て別棟にある店長室へと入って行った。
背筋を伸ばしたニナは、サナギの顔を見る。
「行くわよ」
サナギは無言で頷き返した。
その時--、
不意に、部屋の中からエール店長の悲愴な叫び声が聞こえてきた。