第16話 ダンジョンボス戦 その②
「やった……、やったあ!」
ハアハアと荒い息を吐く、リーフの顔からも笑みがこぼれる。
「キワーノっ!!」
マリネがキワーノ王子に駆け寄り、抱きついた。
「マリネも良く頑張った」
キワーノは笑顔で答えた。
その横ではニナが、カメラの残骸を前にへたり込んでいた。
「ニナさん……」
ゼウスを抱きかかえたロマネスコに声をかけられ、ニナが顔を上げる。
「ロマネスコ様、申し訳ございません。不慮の事故とはいえ、私はとんでもないことをしてしまいました……」
「ていうか、お尻でカメラを潰す時に、何か掛け声をかけてなかった?」
「……ちょっと、何をおっしゃっているのか、よく分かりません」
ニナが消え入りそうな声でつぶやいた。
「ゼウス様に怪我がなくて本当に良かったけど……。うーん、撮影した動画が全てパーだよ」
「お詫びの言葉もございません。もちろん、カメラはこちらで弁償させていただきますので……」
ニナはそう言って、顔を両手で覆ってみせた。
(--計画通り。
クキキキ……! これは事故、不幸な事故なの。いくらでも弁償してあげるわよ、店の保険を使ってね! あとは涙の一つも見せれば、私が故意に壊したとは誰も思うまい……!)
「いや、そんな泣かれてもさ……良いよ、別に弁償なんかしなくても」
ロマネスコが困惑してそう言うと、ニナの泣き声がピタリと止まった。
「次の隠しダンジョンの撮影係り代ってことにしとくよ」
「でも、カメラが壊れて……」
「もう一台、予備で持って来てるし」
「まだ、あるんですか……カメラ?」
「そう。安心した?」
ドヤ顔のロマネスコを見て、
「うっ、うっ……」
と、ニナはまた泣き始めた。
「どうかした? なんでニナさん泣いてるの?」
リーフがロマネスコに尋ねた。
「カメラを壊しちゃったもんだからさ。責任を感じてるみたい」
「僕のリュックの中にもう一台あるじゃない」
「そうだよ。で、それを言ったら結局、安心して泣いちゃったってわけ」
「なんだそうか。良かったね、ニナさん」
「うっ、うっ……」
なんだか、どんどん泣けてきた。
ダンジョン内が明るくなり、小気味よい客出しのBGMが流れ始める。
ティアラとサナギが奥の隠し扉から姿を見せた。
「えー、皆さま。お疲れ様でございました。以上で、シルバーダンジョンはクリアでございます。こちらの通路からVIPルームへとお戻りください。ご案内させていただきます」
ティアラが丁寧に挨拶をした。
「よし! 隠しダンジョンに行く前に少し食事休憩にするかっ」
手槍をさやに収めて、ロマネスコが言う。
リーフが、
「じゃあ、母上が作ってくれたお弁当を皆んなで食べようよ!」
「えっ、俺たちの分もあるの?」
「もちろん」
「リーフのお母さん、大変だったろうな」
ロマネスコはうんうんと頷いた。
サナギが通路の脇に控え、頭を下げて二人を見送っていると、
「サナギ、手をあげて」
リーフにうながされて、サナギは右手を挙げた。
「やったよ、サナギ! あとで、僕の活躍ぶりを話してあげる」
リーフは嬉しくてしょうがないといった様子で、ハイタッチをした。
「お疲れさあでした」
サナギは自然な笑顔で、これに答えることができた。
「……それでニナ。エール店長と話はできるのだろうか?」
キワーノ王子が、へたり込み続けるニナに声をかけた。
ニナは顔を覆ったまま、プイとそっぽを向く。
「何なのアンタ、その態度は? 殿下に対して失礼でしょ!」
マリネが食ってかかるも、ニナはまたもや、プイとそっぽを向いた。
「おーい、キワーノ! 何してんだよ? 飯だ、飯!」
ロマネスコが奥から手を叩いて、せかした。
それを聞いたマリネのお腹が、グーッ、キュルルルと鳴る。
マリネは頬を赤らめて、
「そう言えば、お腹空いた……。キワーノ、行こ」
「ああ、そうだな」
立ち去る二人を横目で見ながら、ニナはため息をもらした。
皇太子殿下の亡命なんて大それた事が、上手くいくとは到底思えない。それでも、若い二人を止めることはできないのかもしれないが、苦い経験を持つニナからすれば、後ろ向きにならざるを得なかった。
「ニナさん、どうしあした? どこか怪我でおしたんですか?」
サナギが心配そうな顔で声をかけた。
「……」
「ニナさん?」
「……お尻が痛いの」
「はい?」
「ケツが痛かて言いよるばい!!」
思わず、感情が表に出てしまった。サナギがニナの突然の剣幕にたじろぐ。
「……ケツ? お尻を怪我したんですか?」
「いえ……、違うのよ。ごめんなさい」
ニナがゆっくりと立ち上がる。
「もう大丈夫。少し現実逃避をしてただけだから」
「……そうですか」
「大人になれば良くあることよ」
「……」
サナギは大人になるのが怖くなった。
「サナギの顔を見るのは、随分と久しぶりな気がするわ。管理部の仕事はどうだった?」
「ギゾーさんから従業員用のルートあっふ……地図をもらいあして、それを見るだけでお大変でした」
サナギは、エプロンのポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
「ああ、私も最初に貰ったわ」
ニナは心もち懐かしく感じた。
しかし、どこにしまったか見当もつかない。捨ててはないはずだ、多分……。
「当たりあえですけど、裏の従業員用通路もえいろのようになってるんですね。これがあっておあよってしあいあした」
少し興奮気味に話すサナギは、それでも腹話術士のような喋り方を崩そうとしない。
「焦らないでゆっくりとね、初日なんだから」
「働くのは良いことです。嫌なことを考えなくてすうので……」
「そうかしら?」
ここでサナギは、自分がギゾーの使いで来たことを思い出す。
「……あっ、ニナさん。インカウどうかしたんですか? ギゾーさんがずっと呼んでます」
「インカム?」
ニナはボタンを押してみるが、何の反応もない。
「やっば……! さっきのショックで壊れちゃった?」
「今すぐダンジョン管理室に来てください、とのことです」
「何かあったの?」
「良くは分かりあせんが、プラチナムダンジョンでおん題が起こったとかで……」
「問題?」
ニナは目眩がした。
「……エール店長は?」
「連絡が取れないようです」
「ですよねー。知ってたけど、聞いてみただけー」
「ニナさん……」
サナギが不安げな顔でニナを見る。
「ンンッ、オホン……!」
ニナはバツが悪そうに咳払いをして、
「わかったわ。とりあえず管理部へ急ぎましょう」
と、なんとか前を向いた。