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ダンジョンで接客業をしているが、職場がまさに戦場でしんどい。  作者: 森口デコ
上司がクソビッ◯でしんどい
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第13話 スタート地点

 ダンジョンスタート地点前は、特有の高揚感に満ちている。戦闘準備をした複数の冒険者パーティーが広い待合室に集まっていた。顔が知られているはずの皇太子殿下御一行様が入ってきても、特別、気にするものは誰もいない。


「やあ。素敵な笑顔のお嬢さん」

 

 と、ニナは声をかけられる。


「あ、デューク様」


 見ると、眩しいほどの衣裳に身を包みニヒルな笑みを浮かべるデュークの後ろには、それに負けないくらい派手な白銀の甲冑で全身を覆った騎士が三人、付き従っていた。

 そのパーティーだけまるで別世界にいるようで、ある種の威圧感さえ覚える。


「おかげさまでメンバーが揃いましたよ」


「それは何よりでございます。どちらのダンジョンへチャレンジされるのですか?」


「プラチナムダンジョンへ」


「たしか、貴重なアイテムをお探しとか……」


「ええ、鬼の金棒を」


「そうでございました。お探しのものが見つかることを祈念しております」


「ありがとう」


「それではスタートのご案内があるまで、もう少々お待ちください」


 シャトー☆シロを気に入ってもらえたようで、ありがたく思う。ただ、かなりの上級冒険者に見えるので、最高レベルのプラチナムダンジョンでも手応えを感じてもらえないかもしれない。


「……ニナさん」


 デューク一行と入れ替わるように、大きな荷物を背負った魔法使い見習いのリーフが、ニナの元へやってきた。


「僕、やっぱり怖いよ。痛いのは本当に嫌なんだけど……」


「そんなこと言わないで。大丈夫ですよ」


「もし死んじゃったらどうしよう?」

 

 リーフは、本当に情けない顔をした。


「ここはトライアルダンジョンです。興ざめになりますので、あまり大きな声では言えませんが、パトロールスタッフが常に監視をしています。ですから、そのような事は絶対に起こりません」


「本当に?」


「暗黙の了解です」

 

 ニナが人差し指を唇に当て、ウインクをしてみせる。リーフは笑顔を取り戻した。


「はい、ニナさん。これ」


 二人の間にロマネスコが割って入ってくる。そして、ニナにウェブカメラを差し出した。


「なるほど。スタート前の意気込みを動画に収めるんですね」


「何を言ってんのさ。全部だよ」


「全部とは?」


「全部は全部だよ。ダンジョンクリアするまでさ」


「誰がですか?」


「だから、俺たちがダンジョンクリアするまでライブ配信をするから、撮影係をお願いって言ってんの」


 ニナは驚きのあまり、しばらく言葉を失うも、


「ちょ、ちょっとお待ちください……まず、私たちスタッフが、お客様と一緒にダンジョンに潜入することはございません。聞いたことございますか? 案内係(ガイド)付きのダンジョンなんて」


 と、一気にまくしたてた。


「そんなこと分かってるよ。ガイドしてくれって言ってるんじゃなくて、撮影してくれって言ってんじゃない」


「ロマネスコ様。申し訳ございませんが、ダンジョン内での写真撮影は原則禁止となっております。ダンジョンの仕掛けやモンスター情報が露見してしまうことになりますので、ご了承ください」


「えっ? じゃあ、あれは何なの?」


 ロマネスコが示した貼り紙には、


〝FREE Wi-Fi ダンジョン内でもWi-Fiが使えます〟

 

 と、あった。

 ニナは見ないようにしていたが、妙に時代の流れとやらに敏感なエール店長が、独断で始めたサービスである。


「あれはつまり、ライブ配信しろってことじゃないの? 誰がダンジョン探索中に動画見たり、ゲームやったりするのさ」


 それを言うならライブ配信をしている暇もないはずだが、撮影係が別にいるとなると話は変ってくる。


 もう、自分の責任の範疇を超えているだろう。

 店の禁止事項に対して、バカ店長が矛盾したサービスを提供していることは、ニナもよく分かっていた。

 だが、今から行こうとしているのは、

 --皇太子殿下御一行さま専用接待ダンジョン、

 である。

 これが配信されるとSNS界隈が炎上、シャトー☆シロに批判が殺到するだろう。


「撮影許可が必要なら、ちゃんと説明するから。店長を呼んでよ」


 ロマネスコは、動揺を隠せないニナの顔を見た。


「えーと、それがですね……店長はどこか遠い国に旅立ってしまい……、そもそもFREE Wi-Fiというのは、


〝自由にワイワイ皆んなでファイヤー〟

 

 の略でして……その、ダンジョン内でキャンプファイヤーをして皆んなで盛り上がろうという……」


 しどろもどろになるニナを無視して、ロマネスコは、


「まあ、店にとってもかなりの宣伝効果になるから、是非ともお願いしますってなると思うよ。俺のロマネスコチャンネルって知らない? 登録者数がもうすぐ百万人突破するんだけどな」


「ひゃ、百万人……!?」

 

 ニナは青ざめた。


「それに、国王がこの店に多大な出資をしていることも知ってるんだよ。断れないでしょ」


 ロマネスコは、ここぞとばかりに口にした。


「……」

 

 ニナは黙った。--固有スキル〝クソ客氏ねば良いのに(ビジネススマイル)〟発動……!


「ロマネスコ様……、せめてライブ配信はやめてもらえませんでしょうか?」


「ええっ、内容を確認するってこと?」


「そうです」


 ロマネスコは、腕を組んで思案する。


「うーん……あ、そうだ! そのかわり、シルバーダンジョンへ行った後に、隠しダンジョンに行くからね。それなら良いよ」


「げ」


ニナの〝クソ客氏ねば良いのに(ビジネススマイル)〟が崩れた。


「シルバーじゃ、撮れ高ないかもって思ってたし」


「いやいやいや……それはもっとダメです! 隠しダンジョンは無理!」


「はい、決まり決まり! あ、ゼウスもお願いね」

 

 ロマネスコは、ニナに猫のゼウスを大事そうに手渡す。


「ゼウスは俺のチャンネルの人気キャラだから、要所要所で撮っといてね。カメラの使い方わかる? もう録画ボタンは押しとくから。で、ここがズームで……」


 ニナがゼウスを小脇に抱え、カメラを構えたまま呆然と立ちつくしていると、


『大変長らくお待たせいたしました。キワーノ御一行様、一番ゲートへとお進みください』

 

 呼び出しのアナウンスが流れた。


「よし、行くぞ!」


 ロマネスコの檄が飛び、キワーノ王子、リーフ、マリネの順で後に続く。


「あー、やだやだ。汗かいちゃったらどうしよ? ねえ、メイドさん。中はちゃんと空調が効いてるんだよね?」


 マリネは、最後尾をよたよたと付いてくるニナに聞いた。


「私はメイドさんではありません。カメラマン兼、ゼウス様のお世話係です……」


 ニナは力なく答えた。


 その時、場違いな大声が響いた。


「フェネ()!!」


 エールがいきなり待機場所に飛び込んで来て、デュークにしがみつくように抱きついた。

 全員がそちらを振り返る。ニナはギョッとした。


「何だお前は……、離せっ」


 デュークは身をよじって抵抗した。


「フェネ男、フェネ男……!」

 

 周囲の目など気にせずに、エールは盛りのついた猫のようにわめいた。


「あれは、エール店長じゃないのか?」


 待機場所が騒然となる中、キワーノ王子がニナに言った。


「さあ、参りましょう参りましょう……! スリルと冒険に溢れたトライアルダンジョンのスタートですよ!」


 ニナは、皆を半ば強引にゲート内へと押し込んだ。


 よくもまあ、あれだけ自分の欲望をむき出しにできるものだ。さすがのニナもドン引きする。こういう所も、普通の人間とは違うということだろうか。


 --何なの? フェネ男って……ああ、もう知らない、私は何も見ていない。


 ニナは接客のプロとして気を取り直すと、地下ダンジョンへと続く石段を降りていった。

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