第10話 ダンジョンディレクター その②
「ギゾーさん。時間があまりないんですが、相談したいことがありまして……」
ニナが改めて話を切り出した。
「なになに!? ニナちゃんの相談だったら、いくらでも聞いちゃうよ! もしかして、ベッドテクを教えて欲しいとか!? それなら仕方ないなあ。ワシも、もうあんまり若くはないんだけど……いっちょ頑張っちゃおうかなあ! テヘペロッ! 違うか!? ガハハハハ!」
ニナもそこは慣れたもので、ギゾーのセクハラ発言を完全にスルーして、これまでの経緯を話した。
「そっかー、ニナちゃんも大変だねー! まあ、エールにそれだけ期待されてるってことさ!」
「そうですかね……。それでギゾーさん、何か良い手はありませんか?」
「あー、ボスなら良いのがいるよ! あんまり皆んなに知られてなくて、見た目は強そうなヤツ!」
「本当ですか!?」
「レベル12の〝かまいたち〟っていう、東方のモンスターでね。三体一組で両手に鎌持ってんの。強そうでしょ!?」
「たしかに聞いたことありませんが、レベル12が三体同時ですか? 無理だと思います……」
(前衛の二人、皇太子殿下と槍使いのレベルはおそらく8、いや7……6? あとの後衛二人は間違いなくレベル1!)
ニナの頭の中は不安でいっぱいになる。
「いや、三体セットでレベル12だよ。しかも一匹目が相手を転倒させて、二匹目が鎌で切って、三匹目がそれを治療すんの」
「最後に治してくれるんですか?」
「そう」
「なぜ?」
「平和主義者なんじゃない? 知らないけど」
「……良いですね、それでいきましょう! あと、スライムを通常の八割増しでお願いします!」
「それは、さすがにおかしいでしょ!?」
「じゃあ、七割増しで……」
「いや、ニナちゃんは接客部の人間だから、そうやって簡単にスライムスライム言うんだろうけどさ……、ちょっと付いてきてよ」
そう言ってギゾーは、ダンジョン管理部のさらに下、地下二階にあるダンジョンバックヤードへと、ニナとサナギを案内した。
「ニナちゃんは分かってると思うけど、石壁をひとつ隔てた向こう側は、もう営業中のダンジョンだから、大きな声は出さないように」
「わかってます。良いわね、サナギ」
ニナは声をひそめた。
サナギが頷く。
「モンスターの声は良いBGM代わりになるけど、人の声はダメよ」
ギゾーが続けて注意した。
特有の獣臭が、ニナとサナギの鼻を刺す。
そこはモンスターの待機場所となっていた。よく躾けられたモンスターたちの他に、人の背丈ほどもある大きな鉄製のカゴがいくつも並んでいた。
カゴの中は、スライム達のプルプルおしくらまんじゅう状態だった。サナギは、下の方のスライムは大丈夫なのかと、心配になった。
「このカゴには、スライムが十匹ずつ入っててさ、重さがだいたい三百キロ以上あんの。コイツら、単独だとあんまり言うこと聞かなくなるからね。これを普段は、あの天井クレーンでダンジョン内まで移動させてるんだよ」
ギゾーの説明を聞いて、ニナは首を傾げた。
「だから?」
「だからじゃないよ! あのクレーン、そんなに早く動けるように見える!? 全長1kmのダンジョン内をスライムだらけにするのに2、3時間はかかるって言ってんのっ」
「ちょ、ちょっと、ギゾーさんっ。落ち着いて。ダンジョン裏ですよ」
ニナは慌ててなだめた。
「とにかく、営業時間内にやることじゃないよ」
「だったら、ダンジョン部のスタッフを集めてもらって人海戦術で」
「一匹一匹、抱えていくってこと?」
「私たちも手伝いますから」
「その格好で? 服、溶けちゃうよ? いやまあ、ワシは見たいけどさ」
ギゾーはさすがに呆れた顔をした。
「皆、各持ち場に行っちゃってるし。中の状況を見ながら、手が空いてそうなヤツらを集めてからになる。やっぱり営業時間内にすることじゃない」
「台車とかないんですか?」
「何を言ってんのさ。ダンジョンの中に平坦な道なんか作ってるわけないじゃない。すぐに立ち往生しちゃうよ」
「そんな……。ちょっとサナギ、そっち持って。ギゾーさんも」
諦めきれないニナは、スライムの入ったカゴを見回して言った。
「無理だって」
「いくわよ……せーのっ」
ニナはカゴを持ち上げようとするが、
「ふぇいっ!?」
カゴが大きく傾き、バランスを崩して尻もちをついた。
サナギが受け持った隅だけが持ち上がり、中のスライムたちがプルプルと大騒ぎしていた。
「……ちょっとギゾーさん、ちゃんと持ってください」
「はいよ」
「もう一度いきますよ、せーのっ。ふんぎーっ、ぎーぎーがががぐ……」
ニナは再びカゴを持ち上げようとするも、一ミリも動かない。力の入れ過ぎでちょっと鼻水が出ただけだった。
ギゾーは、おそらく最初から力を入れていない。
「もう、何これ? 重すぎて無理だ……」
ニナは鼻をすすり、ガックリと膝をついた。
「ニナさん、ちょっと下がってください」
サナギはそう言うと、ひとりで三百キロ以上あるカゴを難なく持ち上げてしまった。
「えええええええええええっ!!」
ニナとギゾーは思わず驚嘆の声を上げた。が、すぐに営業中であることを思い出す。
「シーッ」
人差し指を口にあて、お互いに見合った。
カゴの中のスライム達もしきりに体をプルプルと震わせ、驚いているようだった。
「……サナギ、ちょっといったん下ろしてくれる?」
ニナは呆気にとられたまま言った。
サナギが静かにカゴを下ろす。
同じく呆気にとられていたギゾーがハゲ頭をつるりと撫でる。
「いやー、本当に驚いたね。一体どこに、こんなパワーがあんのさ。あ、わかった。ここかな?」
ギゾーの人差し指が、サナギの大きなおっぱいに触れた瞬間……。
猛然と繰り出されたサナギの拳が、ギゾーの顔面すれすれを通り、背後の石壁を轟音とともに打ち砕いた。
ギゾーは腰を抜かして、大穴の空いた石壁を見つめる。
「……あ、こっちの壁は大丈夫。ダンジョンの方じゃないから。あとで、ワシが直しとくし」
「サ……サナギ?」
息を呑んで、ニナは名前を呼んだ。
「ニナちゃん。ワシ、ちょっと、ちびっちゃった……どうしよ?」
「ギゾーさん、今後はセクハラも命がけでやってくださいね」
「セクハラじゃないよー。職場における大事なコミュニケーションでしょ」
「すごいじゃない。冒険者だったのね」
「……」
サナギはニナの言葉にうつむいた。
「武闘家とか? それも相当良いところまで行ったんじゃない?」
「……」
「まあ、それを断念したんだから、いろいろあったんでしょうね。ごめんなさい」
「……いえ」
サナギは自分のことを何も語ろうとしない。ある意味、それが答え代わりだとも言える。
「私はVIPルームに戻るから。サナギは、ギゾーさんの手伝いをお願い。皇太子殿下御一行様をシルバーダンジョンに案内したら私も合流するし」
「……わかりあした」
「えっ、サナギちゃんをダンジョン部にくれるの? いやー、それは助かるし、うちは男所帯だしさ。 皆んな喜ぶよ」
ギゾーは落ち武者ヘアを振り乱して、はしゃいだ。
「それはどうでしょう。おそらくエール店長が許さないと思いますよ」
「だよねー。こんなパイオツカイデーなメイドさんが、裏方じゃもったいないもんね」
ギゾーはそう言いながら、人差し指をそろりとサナギのおっぱいに近づける。
しかし、サナギにキッと睨まれると、慌ててその指を引っ込めた。