第9話 ダンジョンディレクター その①
ニナとサナギは店内の熱気と喧騒から離れて、地下にあるダンジョン管理室を訪ねた。
ニナは、ペンキで黒く塗り潰された扉をノックする。
「お疲れさまです」
薄暗い大部屋の中には、各ダンジョン内を映し出しているモニターが多数並ぶ。他には、のこぎり、金づち、釘などの大工道具やペンキ、領収書の束、うず高く積まれた平台に箱馬、臭そうな靴や布団が所狭しと散乱していた。
汗とカビとホコリの匂いが部屋の中に充満している。
ニナは、一歩足を踏み入れただけで咳が止まらなくなりそうになったので、持っていたハンカチで鼻と口を覆う。
「困ったな……、誰もいない」
無線をダンジョン管理部のチャンネルに合わせ、
「ギゾーさん。ギゾーさんはいませんか? 誰かギゾーさんを知りませんか?」
ニナが呼びかけていると、
サナギの背後にあった布団の山が突然、モゾモゾと動き出した。
「キャッ!」
サナギが驚いて振り返ると、中からパンツ一丁の老人が這い出てきた。
「ふぁ~あ……よく寝たー!」
両手を上げて伸びをしてから、がしがしとハゲ頭を掻いた。
「ギゾーさん!」
ニナはホッとしたように声を上げた。
ギゾーさんこと、ギゾー・スタンヒルの職業はモンスター使いで、シャトー☆シロのダンジョンディレクターを務めている。
シャトー☆シロの組織は、大きく『接客部』と『ダンジョン管理部』に分かれており、ギゾーはダンジョン管理部部長でもあった。ちなみに、接客部部長はエールが店長と兼任していた。
齢百歳を超える老人で、浅黒い肌に鶏ガラのような身体、白髪の落武者ヘアが特徴的だった。
エール店長とは、シャトー☆シロのオープン以前からの長い付き合いらしい。
「ありゃりゃ……珍しいね! ニナちゃんがワシを呼んでたの?」
ギゾーは、ニカっと元気よくニナに笑いかけた。
「どうもお疲れさまです」
「ハンカチなんか使っちゃってどうしたの? あれ? ワシ、臭い?」
ギゾーは、見るからに体臭ケアなどとは無縁の生活をしてそうだったが、もはやそういう問題ではない。部屋全体が臭いのだ。
地下にあるため、換気も充分ではないのだろう。
「いえいえ、違いますよ。ちょっとこの部屋が埃っぽかったんで……もう、大丈夫です」
ニナは、グッと気合いを入れてからハンカチをしまった。
「そうだよー! きれいな顔はちゃんと見せてくれないと、ねえ!?」
ギゾーは大声でサナギに話を振る。
不意を突かれたサナギは、ビクッと身体を強張らせた。
「んん? こんなおっぱいでかい子、うちにいたっけ? 何を食べたらこんな大きくなんの! ねえっ!?」
ギゾーは、サナギをまじまじと眺めて言った。
「この子は今日入ったばかりで……サナギ、挨拶して」
と、ニナが促す。
「……サナギ・キヨタキです。よろしくお願いしあす」
「そっかー、新人さんかー! ダンジョン好きなんだ!?」
「え? ダンジョンは好きとか嫌いとか考えたことは……」
「そっかー、好きかー! うちのダンジョンはもう見てくれた?」
「いえ、あだです」
「自画自賛になっちゃうけど、うちのダンジョンは、天然のダンジョンに勝るとも劣らない、良い出来だよ! 皆んな頑張ってるしさ!」
「はあ」
「仕事に慣れるまでは大変だと思うけど、ダンジョンやると良いよ! 面白いよっ!!」
ギゾーは、唾を飛ばしながらそう言ってサナギの手を握りしめた。
(いちいち声が大きいし、目が血走ってるし……、怖い……)
サナギは、パンツ一丁の変なお爺さんから発せられる理不尽なエネルギーに圧倒されていた。