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黒雷亭の地下室

 

『脳天直下のウマさ 黒雷亭』の店裏に白いワゴン車が止まった。


 運転席から降りた道端楓は店内から台車を持ってくる。台車の上に身を丸くした男を乗せ店内の地下に運ぶ。それを手伝うのは眉月透和である。


 男は薄汚いコンクリートの部屋で椅子に拘束されていた。意識は途切れたままで目隠しは外されている。目の前に置かれたスタンドライトが眩しく輝いていた。男が目覚めるのも時間の問題だろう。


 コンクリートの壁には一面だけガラス張りになっていた。ガラスはマジックミラーになっており、隣の部屋からはコンクリートの部屋は丸見えになっていた。その部屋には眉月透和がマジックミラーから男を監視していた。ドアが開き道端楓が入ってきた。


「免許証から男の正体がわかったよ。この辺では一時有名人だった奴だよ」


「有名人?」


「ああ、悪い方のな」


 中柳まゆを襲うとした男、眉月透和に返り討ちにあった男の正体は『来栖秀季くるすしゅうき』32歳。


「元中学の音楽教師で2年前に懲戒免職になっている。理由は教え子の女生徒にストーカー行為をしたためクビ。当時結婚していた奥さんと事件発覚後に離婚。まあ当然だな。で、こんなクズとお前がどういう接点なんだ?」


 道端楓の説明に頭を押さえる眉月透和。そういえば以前清水さんが言っていたな、中柳さんは先生からもモテたって。まさかその時の教師が中柳さんを襲おうとは。


 一応来栖秀季の以前の職場である中学校と中柳さんが通ってた中学校の裏は道端楓が取ってくれていた。流石情報収集のエキスパート。仕事は早いのだ。


 動機は簡単に想像できる。中柳まゆにフラれて職場もクビになり離婚もされて逆恨みと。誰もがそう導くだろう。そして眉月透和もそう結論する。問題は……


「で、このクズどうするの?逃がすの?バラすの?」


 それが今、眉月透和を悩ませる問題なのだ。


「今さらバラすのに躊躇するのか?」


「躊躇するもなにも、今までバラしたこともないですからね俺!普通の高校生なんだから!」


 知識はあっても、記憶があってもヤってないことはヤってないのだから。眉月透和の手はまだ綺麗で血になど染まっていないのだ。


 そしてこれからも、ヨゴレの仕事に手を出すことはしないのだから。


「じゃあ逃がすのか?」


 その選択も眉月透和には無い。逃がしたところで反省してくれるとはかぎらない。それどころか懲りもせずまた襲いにくる危険もあるのだ。


「楓さん、あの人に連絡してもらえますか」







 来栖秀季は目を覚ました。


 状況を把握して混乱と絶望が支配する。出来ることは叫ぶことと暴れること。見苦しい程に。


 ギャーギャーうるさいのでとりあえず鳩尾に蹴りを入れる楓さん。来栖秀季の口から胃液が飛び散る。ちなみに道端楓は狐のお面を被っている。眉月透和はすでに顔を見られているので隠す必要はない。


「……俺をどうするつもりだ」


 胃液の次に怨嗟を含んだ言葉を吐き出した。脅えていないだけ立派な方だろう。


「一応確認なんだけど、中柳まゆを狙ったのはフラれた腹いせなんだよね」


 眉月透和が中柳まゆの名を出した瞬間、来栖秀季の瞳に宿った憎しみの炎が5割程に増した。


「俺が、俺が彼女のことを一番理解していたんだ!彼女には俺が必要だったんだ!二人は愛し合っていたんだ!だから俺は妻と別れ子供を捨て彼女を選んだ!なのに……周りは、周りの奴等は邪魔ばかりしやがって!俺は彼女と一緒に逃げるつもりだったんだ!誰も俺達を知らない新しい世界へ……」


 我慢して来栖秀季の話を聞いていた二人は心の中でウワーーーーッ!とかなりひいた。なるべく冷静に穏便な声で眉月透和は尋ねた。


「彼女、中柳さんは今回の事を知っていたのか?」


「彼女は……知らない。連絡先を変更されていたから。でも彼女は待っていてくれてたはずなんだ!俺が迎えに来るのを……」


「ハイ、ダウトーーー!」


 狐面の道端楓が来栖秀季の戯言を強引に止めた。


「アンタさ、奥さんと別れたのって教師をクビになってからだよね。何で離婚してから中柳まゆと交際したような嘘を吐いてんの?」


「そ、それは……妻が中々離婚届に判を押してくれなくて……」


「それと周りの奴等が邪魔したって言ってたけど、中柳まゆが周りに相談したんだよ。学校の教師や親にね。アンタにストーカーされて困っているって」


「それこそ嘘だ!周りにそう言われたんだ!彼女は優しくておとなしいからきっと奴等に唆されたんだ!」


 コイツは駄目だと首をブンブンと横に振る道端楓。もうこの馬鹿とは話をしたくないらしい。だから眉月透和が話を続けるためカバンから包丁を取り出した。


「アンタさ、この包丁持って中柳さんの家に忍び込もうとしてたけど、何のために?」


「……護身用だ」


「護身用ね、で、中柳さんを連れ出す時にもし中柳さんの親が止めに入ったらコレで刺すとか?そして中柳さんがアンタに逆らったらコレで脅すのか?」


「そんな事するか!彼女や彼女の親を脅すとか傷つけるとか俺は絶対しない!必要がない!」


「包丁を持参してる時点で説得力ないけど」


「あくまでも護身用だ!俺は彼女と一緒に幸せになりたいだけなんだ!だからその包丁は、彼女を守るための……」


「凶器持参を彼女のせいにするな」


 眉月透和の静かな怒気が辺りに響く。ガタガタと震える来栖秀季の口から小さく「ヒィ……」と漏れた。


 もういい。もう飽きた。コイツに関わる時間が勿体ない。眉月透和は来栖秀季をキッパリ切り捨てることにした。


「周りにの奴等が邪魔したとかもうどうでもいい。お前の存在が中柳さんの男性恐怖症に大きく関わっているなら排除するだけだ」


 冷たい目が、まるで虫を見るかのような絶対零度の視線が来栖秀季を突き刺した。


 ブーと道端楓の携帯が震える。電話に出て二言の会話で電話を切る。


「あの人が来たよ」


 ぞくりと眉月透和の背筋に冷や汗が流れた。





「はーい、キャサリン姉さんが来たわよ。で、何事なの?あら、可愛い男の子ねぇ。新顔なの?」


 ワインレッドのボディコンドレスは体にはち切れんばかりに密着している。金髪ロン毛は綺麗にパーマがかかっている、身長190cm、体重90㎏の筋肉だるまの男のキャサリン姉さんがコンクリート室に入ってきた。大切なことなのでもう一度言おう、男である。


 本名『寺石隼人てらいしはやと』。伝説の殺し屋ブラックライトニングの傭兵時代の兄貴分だった男。傭兵を引退してから某街のオカマバーで店長をしている筋肉ムキムキのキャサリン姉さん。


 眉月透和とは初対面なのだが、眉月透和の中にあるブラックライトニングの記憶がキャサリンは危険!と警報を鳴らしている。直立不動の礼儀正しい姿勢で構えている。


 狐面の道端楓が背伸びしてキャサリンの耳に事情を説明する。そして不敵な笑みを浮かべ椅子に拘束されている来栖秀季に近づく。


「ふーん、顔はまあいい男ね。性格の歪みが目に表れているけど、矯正できる範囲ね。本当に貰っていいの?」


 右手でオッケーサインを作る道端楓。ピンと背筋を伸ばして敬礼する眉月透和。


 ニコッと微笑んだあと椅子ごと来栖秀季を担ぎ上げ部屋を出るキャサリン姉さん。途中涙目でジタバタ暴れだした来栖秀季をキャサリンの平手打ち一発で黙らした。


 これで来栖秀季は更正……いや、生まれ変わるだろう。キャサリンの手で新しい道を開いて。


 部屋に残った二人は嵐が去ったことにほっと胸を撫で下ろした。


「ひとつ貸しだな、クソガキ」


 外した狐面と一緒に眉月透和に投げつけた道端楓。


「ブラックライトニングの件があるから帳消しでしょ。貸し借りゼロになって良かったですね」







 眉月透和と道端楓。2人の出会いは1年前にさかのぼる。


 伝説の殺し屋ブラックライトニングが死んだ日に。


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