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眉月透和は考える

 

 夕方は5時を過ぎた頃


 いつもなら人通りのまばらな緑地公園は、予報通りの大雨が降り注ぎ空は暗く、ベンチには傘を差したまま座っている一人の男子高校生だけがいた。


 近くの道路には水飛沫をあげて走る車がよく通りすぎていくが、その中の1台の白いワゴン車が公園の出入口で止まった。ワゴン車のドアには大きな文字で『脳天直下のウマさ 黒雷亭』と書かれてある。


 運転席から女性が傘も指さずに降りて、ベンチに座る男子高校生……眉月透和に近寄る。


「まいどおおきに。どんぶりの回収に来ました」


 棒読みで不機嫌な感情を隠す事もない態度で仁王立ちする、スレンダーで小柄な、赤く染めた長髪に綺麗なだけではない鋭い眼光の女性が眉月透和を睨む。


「傘の隙間からふと目を向けるとそこには白ティーにGパン、黒雷亭と書かれたエプロンを装着した、かなり粋がっている痛いJCが目の前にいて思わず鼻で笑っちゃいました。フフッ」


「誰がJCだ。アタシは今年で22歳だぞ。てかいきなり呼び出してなんだよクソガキ」


 苦笑いをこぼした眉月透和は自身が座るベンチの脚を軽く蹴る。ベンチの下には、手足はスニーカーの紐で縛られて口にはハンカチを無理矢理押し込まれて目隠しされている中年男性が隠されるように横たわっていた。


「コレ、ちょっと運ぶの手伝ってもらえますか楓さん」


「ちっとは普通の高校生活を満喫しとけよ、ブラックライトニング」


 道端楓みちばた かえでは呆れたように囁いた。


 言われるまでもなく普通の高校生活をおくっていたのだ。先ほどまでは。


 クラスのアイドルと相合傘で下校してたし……これは普通ではないか。







 そう、ほんの一時間前までは……








 午後4時、教室を出て下駄箱の前で待つ眉月透和。少し遅れて待ち人が来る。中柳まゆと、清水さん率いる女子の有志達。


 天気予報が当たり下校時間には結構な雨が降り注ぐ中、傘を差して下校する眉月透和と中柳まゆを見送る清水さん達は、あとをつけようとする田中達を阻止しながら二人を見送った。


 眉月透和は考える。


 清水さんの依頼で中柳まゆと一緒に下校することになった。あの男性恐怖症の中柳まゆと。その真意は何か。それは男性恐怖症の克服のため、男に慣れさすため。男子の中で比較的にまだ有害度の低い自分が選ばれたのはそのためだろう。


 ならば眉月透和に出来ることは何か?それは……


 無言でいること。


 何も話さない話しかけない。


 ただ黙って家まで送る。


 中柳まゆの家は学校から歩いて20分程の距離だから、ただ静かに隣を歩く。聞こえてくるのは雨音だけ。


 二人は並んで歩いているがその間には人一人分の隙間が出来ている。眉月透和は近づいて中柳まゆを怖がらせないようにしてるため一定の間隔を空ける。


 歩いて10分後、普通に気まずい雰囲気に心が折れかける。だが今さら話しかけるのも違うのではと思い、それに話しかけて怖がられるのも勘弁してもらいたいし。


 中柳まゆが足を止めた。彼女の視線の先には道路沿いの家の屋根の下で雨宿りをしている小学低学年ぐらいの女の子をとらえていた。そして駆け足で近づき何か話をしたあと、中柳まゆが傘を女の子に手渡した。そして手を振りながら別れる。


 眉月透和は中柳まゆに近寄り


「もしかして傘を貸したの?」


「あの子、傘を失くして困ってたからあげちゃった」


「それはいいけど中柳さんはどうやって帰る?えーと俺の傘を貸そうか?」


 その場合、眉月透和は濡れて帰らねばならないけれど。彼はバス登校なので近くのバス亭まで行けば問題ないから。結局濡れてしまうけど。


「あの……透和君の傘に入っていいかな?」


 本日何度目となるだろう、また心臓が止まりかけた。


「……その場合、相合傘になるけど……いいの?」


 止まりかけた心臓は今度は激しく脈動する。


「……お願いします……」


 上目遣いでお願いされた瞬間、眉月透和の心臓は破裂しかけた。体温は急上昇。脈拍も正常ではない。頭の中は「え!なにこの可愛い生き物は!天使、天使なのか!こちらこそお願いします!」と状態以上をおこしてた。


 それでも態度は冷静に、中柳まゆに傘を傾ける。「お邪魔します……」の一言で眉月透和の傘に入る姿に一瞬気絶しそうになったが気合いで乗り切った。


 中柳まゆの家に二人は相合傘で向かう。体の距離の隙間は1cm。


 冷静ではない心情は、ある気配を感知して気が鎮まった。


 気を取り直すため自然体で中柳まゆに話しかける


「中柳さんはなぜ女子校に通わなかったの?」


 男性恐怖症の件もあるが、ただ間をもたすため話をふる。


「……それもね、考えたんだけど近くにはなくてね。電車通学は怖いし……それに親が車で毎日送り迎えしてくれると言ってもそれは悪いと思って。だからいちばん近い学校を選んだの」


 清水さんからは男性恐怖症を克復するためと聞いていたが、それも理由のひとつかもしれない。


「そういえば透和君、今日クラスの友達に『マユ』って呼ばれなくなったね。名前で呼ばれてたよね」


「それは中柳さんが俺を名前で呼んだから、怨嗟を込めて田中達が急に名前で呼び出したよね」


 クラスで中柳まゆだけが眉月透和を名前で呼んだらそれは特別感が凄かったが、田中達が呼ぶことによってほんの少し価値が下落した。本当にほんの少しだけだが。


「作戦成功だね!」


 会心の微笑みが眉月透和の脳天に炸裂した。中柳まゆの背後に後光が見えた。魂が天に召されそうになるがどうにか強引に体に引き戻す。


「ありがとう」と礼を言ったあとは黙々と歩く。最初の頃とは違い中柳まゆの表情は笑顔が咲き乱れていた。


 中柳まゆの家の前に着いた。先日も眉月透和はお邪魔したが、かなりの豪邸だ。100坪ぐらいはあるだろう敷地に囲いのレンガ壁は高く、ヨーロピアン風の鉄の門扉は圧巻だ。


 門扉の前で黙ってみつめあう二人。初々しくあるがただ別れの挨拶を中々言い出せないだけでラブラブな雰囲気はない。


「それじゃ」と一言言ってこの場を離れば良かったのだが、ふと思った事を口にした。


「中柳さんはいい人だよね」


「……え!?」


 驚いた顔を向ける中柳まゆに、眉月透和はじっと見つめ返す。


(やっぱり天然たらしだよな。先程の女の子に傘を貸したのも俺へのアピールでもなくていい人を演じている訳でもない、ただのいい人だ。演じてくれてる方が良かったんだけどな)


 演じれるぐらい、したたかであればそれはそれで強く生きていけるようなので心配は減る。でもただのいい人なら損をするタイプ。


 そんな考えにとらわれてる眉月透和とは別に中柳まゆは警戒している。こんな風な話の流れで告白されたことはざらにあるから。


 そんな中柳まゆの態度に気にせず話を続ける。


「だから、絶対幸せになってくれよな」


 悪いやつに利用されないでほしい。優しくして損をしないでほしい。騙されて傷つかないでほしい。


 そもそもいい人が不幸になるなんて見たくないのだ。だから眉月透和は中柳まゆに忠告するのだ。彼女が悲しむ姿など見たくないのだ。


 一方、告白されると身構えていた中柳まゆは、眉月透和の予想外のセリフに呆然としていた。やっと口から出た言葉は


「は、はい」


 だけだった。


「それでは」と「また明日」の挨拶を済ませて中柳まゆが家に入っていくのを見届けたあと、スマホを取り出し時間を確認、そして一瞬ミラーモードにして自分の背後の、20メートル程離れた電柱の陰に隠れている人物を見る。


(下手くそな尾行、でも陰湿な気配がする。最初は田中達かと思ったけど1人だけだし、傘も指さずにウインドブレーカーのフードをかけているだけ……)


 顔はよく見えず、身長は目安で175cmぐらい、多分男。


 スマホをポケットにしまい、中柳邸をあとにした。




 それから5分後




 中柳邸の前に立つ男は門扉をよじ登ろうとして……ウインドブレーカーの襟首を掴まれ強引に振り落とされた。


 アスファルトに叩きつけられて痛みに悶えるが、すぐに起き上がる。目の前には傘を指した男子高校生、先程まで中柳まゆと一緒にいた眉月透和が立っていた。


 男はすぐに眉月透和とは反対の方へ走り出し逃げ去った。





 近くの公園で、乱れまくった呼吸を調えるに深呼吸をするが、かえって余計に息が荒々しくなっている。咳き込み、嗚咽を吐きながら


「……ちくしょう、邪魔しやがって……」


 憎しみを込めて吐き出す。


「あの家に何か用か?」


 振り向くとあの男子高校生、眉月透和が平然と立っていた。


 男のズボンはどしゃ降りの中を走ったので弾かれた泥がかなり付着していたが眉月透和は少し濡れた程度。


 今、公園には二人だけ。足の速さでは敵わないと思った男は懐から包丁を取り出し眉月透和に構えた。その手は震えているが眼は憎しみや怒りに満ちていた。


「おいおい包丁持参って確信犯じゃねぇか。狙いはやっぱり中柳家……中柳まゆか?」


 飄々とした態度が男の怒りを増幅させた。包丁を手にしたのはただの脅しだった。相手が怯えひるんだ隙にまた逃走するための。だがこの男子高校生は驚きもせず、しかも中柳まゆの名も口にした。


 男は覚悟を決めた。殺す覚悟を。邪魔したコイツが悪い。中柳まゆの名を出したコイツが悪い。そう自身を正当化して包丁を振る。


 だが眉月透和は包丁を振る男の正面に突進する。包丁の刃が眉月透和に当たる前に男の喉仏に掌打を当てた。


「べふぅっ!」


 手から包丁を落とし白目を向いたまま地面に倒れる。死んではいない。気絶しただけ。


 素早く包丁をカバンに回収し、男をベンチの下に隠す。


 眉月透和は考える。


 警察に連絡するかそれとも……思わず気絶させたが聞き出したい事があるのだ。単独犯か複数犯か、行き当たりの犯行か計画的犯行か。そもそも中柳まゆを傷つけようとした男を未遂とはいえ許すことも出来ないのだから。司法に任せるには心許ない。


 眉月透和は考える。


 考えて決めた。スマホを取り出し電話をかける。


『まいどー!脳天直下のウマさ!黒雷亭です!』


「出前お願いします。ブラックサンダーラーメンの大盛1つ、メンマ抜きで。場所は緑地公園の……」





 そして冒頭に戻る。



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