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アニキとチョロ

 


「……透和君」

(月曜日、久し振りに登校した中柳まゆが教室で眉月透和とバッタリ会いおはようと挨拶をしようとして何故か緊張してしまい、先走って名前を呼んでしまったという『透和君』呼び)


「透和君?」

(いきなり名前で呼ばれて驚きのあまりフリーズしてしまった眉月透和の無言の反応にどうして固まっているの?と首をかしげて再び名前を呼んでしまったという『透和君』呼び)


「透和君……」

(机の上で顔を伏せて目を閉じている眉月透和に、次の授業は移動教室なので早く行かないと駄目だよ、と、思わず声をかけてしまったという『透和君』呼び)


「透和君!?」

(休憩時間にトイレの前でバッタリ眉月透和に会ってしまい、恥ずかしさのあまり思わず名前を呼んでしまったという『透和君』呼び。早歩きでその場を去って行く中柳まゆ)








「透和―――――!」

(クラス一の、もしかしたら学年一かもしれない美少女にナニ名前で呼ばれとんじゃ―――!という憎しみのこもった田中君の『透和』呼び)


「透和!」

(学年一の、もしかしたら学校一かもしれない美少女になぜ名前を呼ばれて起こされてんだこのスットコドッコイ野郎!という怨嗟を纏う佐々木君の『透和』呼び)


「透和ッ!?」

(トイレの前で眉月透和を見て顔を赤く染め恥ずかしそうに走り去る我らが天使中柳まゆの姿を見て、お前いったいナニをヤりやがった?という殺意の波動に目覚めてしまった矢口君の『透和』呼び)







 お昼休みに眉月透和を囲んで食事をする田中、佐々木、矢口。和やかな昼食とは程遠い、怒りと恨みと殺意が眉月透和に降り注ぐ。だけどそんな事知った事かと黙々と弁当を食べる眉月透和。その態度が余計に三人の怒りを買ってしまう。


「教えろ透和。何でお前だけ中柳さんから名前で呼ばれてんの?金か?金を払ったのか?いくら払いやがった!?」


「やめろ田中!中柳さんがお金で動くわけないだろう。だとすると……弱味を握ったのか?この外道が!俺にも教えろ!」


 外道はどっちだ、というツッコミさえ面倒くさい。箸を止めて一呼吸してこの馬鹿どもに反撃する。


「名前呼びぐらいでいちいち目くじらをたてるな、小学生かお前ら。それとお前らは名前で呼ぶな。ちゃんと『眉月様』と頭を垂れて畏怖して呼べ」


「ハイ極刑!この調子に乗りまくった男にふさわしい罰を与えてやる!」


『飢え死にするがいい!!!』と叫んだ瞬間一斉に三人の箸が眉月透和の弁当に向かう。カチッ、カチッ、と箸のぶつかる音が鳴り響く中、余裕で捌きながら食事を続ける眉月透和。隙をみて田中達の弁当のおかずを奪い取り口に入れる。


「ご馳走さま。やべっ、食べ過ぎた」


 席を立ちちょっとトイレと立ち去る眉月透和を、悔し涙を流しながら睨み付ける空腹トリオ。








 トイレを出て教室に戻る眉月透和に清水さんが声をかける。


「ちょっといいかな、へ……、じょ……、チョロイン君」


「今、変態か女装かで悩んだろ!しかも結局チョロイン呼びかよ!」


「ゴメンね冗談だから。で、どう、おちた?」


「なんだよ、おちたって?」


「まゆちゃんに名前で呼ばれてたじゃん。恋におちた?」


「……おちてない」


 無視して立ち去ろうとする眉月透和を「まあまあ」と声をかける清水さん。


「私さ、まゆちゃんとは中学からの付き合いなんだけど、今まで男子を名前で呼んだの知らないんだよね」


「だから?」


「自分だけ特別とか思ってない?」


「思ってない」


「本当に?」


「本当に」


 はぁ、とタメ息を吐き眉月透和の肩をポンポンと叩く。


「正直になりなよ。溜めとくのは体と心に良くないよ。あのまゆちゃんに名前で呼ばれてんだよ、嬉しくないの?」


 そんなの……と思わず懐柔されそうになる事に気付き清水さんを睨むが、彼女の表情はまるで全てを包み込むかのような穏やかな目を向けてくる。


「……嬉しくないの?」


「嬉しいにきまってるだろ!なんだよあれは!俺を殺す気なの!?朝なんて心臓が止まるかと思ったわ!不意打ちにも程がある!」


 簡単に懐柔されてしまった。認めてしまえば口から出てくるのは素直な感想。


「……こんなの惚れそうになるだろ」


 もう清水さんの発言に否定出来ない。ただクラスメイトの女子に名前を呼ばれただけなのに恋におちそうになるなんて本当チョロインだよ。


「ま、仕方ないって。まゆちゃんが相手じゃどんな男子もイチコロだからね。私もいっぱい見てきたよ。声をかけられただけで、挨拶されただけで、笑顔を見ただけで恋におちた男達をね」


 男はみんなチョロインなのか、それとも中柳さんがスゴすぎるのか。


「そして告白していったみんなが玉砕した。それは見事に粉々にね」


「ぐはぁっ!」


 勇者達は誰も中柳さんを攻略できなかったのか。逆に返り討ちに……


「男って本当馬鹿だよね。ちょっと優しくされたくらいで『え、俺に気がある?いける、いけるかも!』とか勘違いしちゃって。最初から相手にもされてなかったのに」


「やめてあげて!華々しく散っていった勇者達に追い討ちはやめてあげて!俺まで涙が出ちゃうから!」


「でも眉月君は他の馬鹿達とは違うよね。まゆちゃんに好印象を持たれてるから」


「好印象?……もしかしてアレが好印象!?」


 ブッサイクナな女装がそんなに評価良かったの?


「意外だよねぇ、ねぇ、アレって狙ってたの?それとも笑いを取りにいったの?」


「俺は芸人じゃねぇ!でも少しは笑いも……じゃなくて安心させるためにやったの!男性恐怖症なら俺が女の格好をすれば少しは警戒心を解いて俺の謝罪を聞いてくれるかもと思ったんだよ」


「それで女装?なるほどね、ただの馬鹿じゃない、大馬鹿野郎だったんだね眉月君は」


「清水さんはアレか、俺を罵倒するために引き止めてるのか?だったら泣くぞ!俺だってアレは結構恥ずかしくって勇気がいたんだぞ!」


「違うって。素直に感心してんだよ。アンタ『男』だよ」


 やさぐれかけた眉月透和の心に心地よい風が吹き抜けた。


(なんかサムズアップされた。励ましてくれてるのか。そういえば清水さんって女子から人気があったよな。話しやすくて頼りになりそうで。清水さんってかなりの男前?)


「ありがとう、清水のアニキ」


「誰が清水のアニキだ!次郎長親分かよ!だったら眉月君は森の石松か!」


「まさかJKが清水の次郎長を知っているとはな。さすがアニキ」


「よし!今日から眉月君の事『チョロ』と呼ぶからね!」


「なぁ、何か用事が有ったから話しかけたんだよな。何もないなら教室に戻るよ」


「おっと大事な話があったんだよ。眉月君はまゆちゃんに告らないの?私の見立てでは男子の中で一番優位な位置にいると思うけど。かなり気を許してるようだしね」


「俺は勇者じゃないからね。それに惚れそうとは言ったけどまだ惚れていない。だいたい今俺が告白なんかしたら中柳さん余計に男性不信になるんじゃないのか?もし本当に俺に気を許してるなら一定の距離を保って徐々に男に慣れさせた方がいいだろ。男性恐怖症なんてそんなすぐに治るものでもないだろうから。慎重に、気長に……」


「オッケーわかった。ちゃんとまゆちゃんを優先に考えているね。自分の感情を押し付けようとしない心構え……私の見立て通りだね」


「なんだよ見立て通りって?」


「実はね、もうすぐまゆちゃんの誕生日があるんだよね。今日の放課後に有志を集めて会議をしたくってね。でもね、サプライズにしたいからまゆちゃんには知られたくないのさ。それでいつもは一緒に下校してんだけど今日は一緒に帰れないから……」


 距離を詰め眉月透和の耳元に近づき小声で囁く。






「まゆちゃんと一緒に帰ってもらえる?」








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