5.神話級アイテムの価値を改めて思い知る
一度迷宮の外に出てきたグライクは、早速ファムファにお別れを告げようとした。
「ふぅ、お疲れ様でした。それじゃあ約束通りここで……」
「いやいやいや、こんな可愛い女の子相手にフツーそんな冷たいこと言うかニャ? せっかく知り合えたんだし、この後飲み屋でお疲れ様会でもどう?」
「いやもう疲れたんで宿に行って寝ます……そういうわけで、はい……」
「あ! それなら良い宿を紹介するから!」
それから尚も食い下がるファムファに根負けして、とうとうグライクはファムファが同行することを認めた。
「僕なんて駆け出しのペーペーですよ? 階級だって当然ながらDだし。そんな僕に本気になってどうするんですか」
「いいや! あたしの見たところ、きみは大成するニャ! A級冒険者、いやいや、S級冒険者だって夢じゃないニャア」
冒険者の階級は下からD、C、B、A、更に別格としてSという分類がある。冒険者ギルドに登録する際の契約内容がそれぞれ異なり、上の階級ほど報酬額や受ける依頼の重要度が高くなる。
特に、A級は当世最高の腕利きとして各地のギルドから重大な依頼や引き抜きの話がひっきりなしに舞い込む、冒険者の花形。
ましてS級ともなれば一国の王以上に尊重される。俗に言う勇者、英雄という存在だ。
「そんなおだてたって何も出ませんよ……ちなみにファムファは何級?」
「あたしはC級! でもタメ口でいいニャ! 仲間なんだから!」
テンション高くまくし立てるファムファ。グライクはお言葉に甘え、砕けた口調に切り替えることにした。
「それで、宿屋を紹介してくれるってことだけど、その前に商店に行っていいかな。恥ずかしながら一文無しなもんで、手に入ったアイテムを売りたいんだ」
「あ、それならあの店がいいんじゃないかニャア。付いてきて」
迷宮近くの街に着くと、ファムファはグイグイ路地を進んでいき、とある建物の前で立ち止まった。
そこは大通りから外れた小道にひっそりと佇む小さな店で、看板は出ていない。
「ここは一見さんはお断りの店で、あたしもギルド長に教えてもらったんだ。鑑定は正確でなかなか金払いもいいし、品揃えだって凄いニャ」
「へぇー、それはいいな。教えてくれてありがとう。俺のも高く買ってくれるといいんだけど」
所属する冒険者ギルドから依頼を受け、解決してくればその分の報酬を得られる。が、新人のグライクはまだ何も任されていなかった。なので、当分は魔物のドロップ品や運良く見つけられた財宝が収入源となる。
「ごめんくださーい」
「おう、なんだ誰だ」
扉を開けて呼びかけると、店の奥から現れたのは背の低い壮年の男だった。がっしりした体つきにモジャモジャの赤髭という特徴から、ドワーフであるらしい。
「こんちは、こいつはあたしの連れニャんで、今後ともヨロシク」
「ファムファ、また来たのか。今度は盗品じゃねえだろうな」
「ひ、人聞きの悪い! アレは拾い物だって言ったし」
真っ赤になって否定するファムファをドワーフの男は軽くあしらって、グライクに向き直る。
「おう、ワシはここの店主のショーニンだ。お前らがどんな仲だか知らねえが、コイツのことはあんまり信用するなよ。痛い目見るぞ」
「はあ、肝に命じます」
「うるさいニャ! 余計なこと吹き込まないで!」
そんなやり取りの後、ショーニンはグライクの持ち込んだ品物を預かって鑑定を始めた。
すると――
「……おい、これはどこで手に入れた?」
「えっと、この街の近くのキミョウナ迷宮ですよ。で、どのくらいの値段で買ってもらえそうですか?」
はぐらかしつつ期待を込めて尋ねたグライクに、ショーニンは口から泡を飛ばして答えた。
「バカヤロウ! これは買うとか買わねえとかそんなもんじゃねえ! ワシの見立てじゃ、失われたはずの英雄勇者やら聖人やらにまつわる秘宝だ!」
グライクの鑑定では詳細不明だったアイテムも、やはりとてつもない価値を持つものだったのだ。
「それとも、これがなんだか分かってないのか? なら教えてやる!」
ショーニンの説明を、グライクたちはふむふむと聞き入る。
【漆黒の睡蓮】
回数:∞
等級:神話
解説:原始の世界に生えていた植物。五色全ての魔力を豊富に蓄えており、魔具や魔術の素材として計り知れない価値を持つ。
【マーフィーズロウの腕環】
回数:∞
等級:神話
解説:運を司る力が込められた腕環。装備していると、確率的に起こり得ることが必ず望み通りに起こる。ただし、起こり得ないことは除く。
【荒鬼霊主の靴】
素早さ:x^2
等級:神話
解説:xは装備した者の素早さに等しい。効果は一歩ごとに表れ、足を止めると解除される。
とりあえず見せたのはこの三つだった。実は既にグライクも鑑定していたものの、効果がよく分からなかったのであえてショーニンに渡して、説明を聞くことにしたのだった。
「つまりだな、この花を使えば夢のような魔具が作れるし、この腕輪を装備していれば賭け事や魔物のドロップが思いのままになる。そしてこの靴に至っては、一歩ごとに素早さが倍になっていくってわけの分からん代物だ。これを履いてれば、戦闘じゃ絶対に負けなくなるだろうぜ」
「えっと、花と靴についてはなんとなく分かりましたけど、腕輪の効果は、例えばどんなことができるんですか?」
「そうだな……ちょっと見てろよ」
そう言うと、ショーニンは腕輪をはめてから、机の上にあったサイコロを握った。
「六を出すぞ」
コロコロと転がったサイコロが止まると、その目は、確かに六である。
「もう一度、今度は二つ、どっちも六だ」
今度もやはり、二つのサイコロは六の目を出す。
「面倒だ。次は十個でいくぞ!」
果たして、十個のサイコロ全てが六を示した。グライクが確かめてみても、イカサマをした痕跡はない。
「な、なるほど……」
「こいつは、人間に出来る技を超えてやがる。運ってのは神様が決めることのはずだからな。そんなわけで、神様の物に値段はつけられねえよ……バチが当たっちまうわ」
驚きのあまり固まるグライクとファムファに、ショーニンはいっそ呆れた様子でそう告げるのだった。
*次回、明朝8時更新です。