4.女獣人、仲間(諸説あり)になる
「いやー、こんなところに一人でいるから、大丈夫かニャ? と思ってさー。声をかけてあげようとしたわけ。なんかごめんね? ビックリさせちゃったみたいで」
女獣人のそんな言い訳をそのまま鵜呑みにするほど、グライクもお人好しではない。かといって今の雰囲気から丁々発止も辞さない詰問に持ち込めるほどの強引さもない。
そういうわけで、グライクはとりあえず今の出来事をうやむやにすることに決めた。
「ああ、そういうことでしたかなるほどなるほど。でも大丈夫デス、問題ナイデス。ではそういうことなんでこれで……」
適当にあしらってそそくさと去ろうとするグライクだったが、そうは問屋が卸さない。
「ま、ま、ま。一旦待ちニャって。ここで知り合ったのも何かの縁。あたし、あなたについて行ってあげるよ。こう見えて頼り甲斐があるよ?」
「いや結構です間に合ってますそれでは」
「まあまあまあまあそう言わず」
「いやホントに結構です」
「まあまあまあ」
女獣人としても、追い剥ぎはしくじったが、それを言いふらされてはたまらないので必死で取り繕おうと食い下がる。
しばらく押し問答が続いた末、出された結論は……
「じゃあ、とりあえずこれから外に出るまで一緒にってことで! よろしく! あたしの名前はファムファ・タール! 気軽にファムファって呼んでニャ!」
「とりあえずじゃなくてもうそれっきりですけど、はい、まあよろしくです。俺はロー・グライクです」
ファムファが語ったところによると、彼女は他の迷宮の攻略経験もある冒険者で、今日がこの迷宮でのデビューだったらしい。
猫科の獣人であるので夜目と地獄耳、それから俊敏な身体操作をウリとしており、得物はナイフとのことだ。
「これね、あたしのとっておきのナイフ! 見てて……」
そう言うとファムファは、赤い刀身のナイフを通路の奥の暗闇に投げつけた。
すぐにずぶりという鈍い音が聞こえ、次いで何かがどさりと倒れたのが分かった。
音のした方に近づいていくと、迷宮最弱の魔物であるゴブリンが絶命していた。その首には先程の赤いナイフが刺さっている。
「じゃじゃーん! こんな感じで、必中の効果があるんだよね」
「おお、すごいですね! 差し支えなければ見せてもらってもいいですか?」
「……いやいや、悪いニャア、あたしのとっておきなもんで! なんか見せびらかしたみたいで悪いね!」
やけにすげなく断るファムファの態度を、グライクが怪しむ間もなく、彼女はこう続けた。
「んー、でもぉ、あたしってばさっき君にちょっと悪いことしたしぃ、その穴埋めってわけじゃないんだけどぉ……これ、君の持ち物と交換してあげても、いいよぉ?」
妙に甘ったるい口調での提案に、グライクは呆気にとられて反応できない。
「ほら、例えばその剣とかぁ?」
ファムファの視線は、グライクが腰にさした無名に注がれている。
(なるほど、これが狙いか。うーん、どうしよう)
無名は作ろうと思えばまた作れるものだし、必中の効果を持つ武器は何かと使い道がある。交換も悪くないが……何か怪しい。
「そんなこと言っちゃって。実はそのナイフの効果じゃなくて、単にファムファの腕が良いだけなんでしょ?」
グライクとしてはお世辞のつもりだったこの言葉に、ファムファはギクリと体を硬ばらせる。
「……あれ……もしかして、図星?」
「んにゃー! そ、そんなことニャいから! 確かにあたしの腕もアレだけど、うん、このナイフはよく当たるんだって!」
微妙に先程と主張が変わっているファムファ。実際、赤く塗っただけのただのナイフなのであった。そして『必中』は彼女自身のスキルである。
適当なことを言ってナイフの効果を誤認させ、交換を申し出て相手の高価なアイテムを巻き上げるのが、ファムファのいつもの手口であった。
(こいつ、なかなかやるニャア。最初に見た時は、運良くやたら良い装備を拾っただけのぼーっとした新人かと思ったけど……うまく利用できるかもしれないニャ)
偶然の産物であったが、自分が騙くらかしてやろうとしたのを見抜かれたと思い、彼女はグライクの見方を改めた。
そして、もうしばらく彼に付きまとい、様子を見ることに決めたのだった。
(この人、全然信用ならないな……でも、あの暗闇の中にいた魔物の急所にビシッと命中させたってことだ。それなら腕前はかなり頼りになるか? いやいや、キメラ身中の虫って言うし、不安要素を抱えるのは……うーん)
グライクもファムファの腕に感心しつつ、裏切られる不安を秤に載せ、心の中の天秤がグラグラと揺れている。
冒険者はそれぞれにそれぞれの目的があり、その達成のために自分の周りにあるものをどう利用すべきかが重要となる。そしてリスクを取らなければリターンはない。
「えっと、お申し出はありがたいけどなんだか申し訳ないし、交換は丁重にお断りさせてもらいますね」
「そ、それならしょうがないニャ~」
お互いにお互いを値踏みし、気まずい二人であった。