30.真の最終階層に至り、真実を手にする
通路の先に待っていたのは、これまでの禍々しい空気から一変した、清浄な空間であった。
灯りもないのに異常なほど明るく、壁や床は長き時の経過を感じさせるのにもかかわらずあくまで純白を保っている。
これまでの階層をいわば地獄とするなら、ここはさしずめ天国といったところである。
「敵の気配はないね。もっと進んでみようか」
「うぅ……でも、なんだか怖いニャ。むしろ、さっきのリッチを前にしたときよりも」
「若様、決して油断召されませぬよう」
怖がるファムファと厳しい顔つきのヤマトナを振り返り、グライクは一つ頷くと、また前を見すえて歩き始める。
実際、危険はなかった。罠も魔物も、ましてボスの気配もない。幻覚であろうが天眼の前には通じないので、命に迫る何物もないのは確かだった。
そう長く歩く必要はなかった。この階層についた始めから巨大な扉が見えていたし、そこまでは一本道であったから。
「きっと、ここは特別な場所だね。見るからに」
「ここまで大変だったけど、とうとうやったニャ~」
「ほとんど若様のご活躍のおかげですよ。感謝なさいな、この獣娘」
「それはもちろんニャ!」
「いいよ、みんなの力さ」
「なんと懐の深い……ご立派でございます。このヤマトナ、感無量にございます……!」
賑やかに話しながら、三人は扉の前に立つ。マシンマルはその前で一人、巨大な扉を押し開けていく。
「うわぁ」
思わず声が漏れたのは誰だったか。
そこにあったのは、輝かんばかりに美しい、神を祀る建造物にも似た玉座の間だった。そしてその玉座には、もはや美の極地に至ったと表現して差し支えない、白い服と山高帽の美男子が座っている。
「ようこそ! ここまで辿り着いのは、君たちが初めてだよ。おめでとう」
白い男は朗々とした声でそう語りかけた。わずかな残っていた警戒心を解きほぐし、むしろ喜びをもたらすような、そんな声。
「あなたが、この迷宮の主人ですか?」
「いかにも。おっと、主人といっても、ボスは君たちが倒したリッチだよ。私と戦う必要はないので、安心したまえ」
立ち上がり、見事な足運びでグライクたちに近寄る白い男は、あくまでにこやかなままである。
ファムファも、ヤマトナすらも、もはやその言葉に微塵も疑いを持っていなかった。
「そうですか? 本当に?」
だが、唯一グライクだけは、じっとその目を見つめて離さない。そこに何かを見出さんとするかのように。
「ああ、もちろんさ。嘘をついたって仕方ない。私の目的も君たちのおかげで果たされて、とても嬉しいよ」
「目的?」
「そう、大いなる悲願と言ってもいい。君たちのような存在を求めていたのさ。ずっと、見ていたよ」
そう言って、男は自分の目をトントンと軽く指で示す。
「ズーニーはずいぶん気前のいいプレゼントをしたようだ。しかし、私の目も君の天眼に負けないつもりだよ」
「ズーニーのことも知っているんですね。彼女、何者なんですか?」
「ふふふ。何を隠そう、ズーニーをあの指環に封じたのは私さ。君の力になったようで良かった」
「……そうですか」
これを聞いて、グライクの心に仄かな陰が落ちた。
なぜ? なぜ、あの善良そうなズーニーが、封じられなければならなかったのか?
善良そうなのは見せかけで、本当は悪の精霊なのか?
あるいは、心ならずも何か罪を犯したのか?
それとも……?
考えていても分からない。グライクは、率直に尋ねることにした。
「どうして、どうしてズーニーは封じられなければならなかったのですか?」
それに対する白い男の反応は、実に不可解と言わんばかりであった。
「どうして? 理由がいるかい? この私の行いに。私がそうしたいと思ったから、そうした。それだけさ」
「では、彼女に科はないと?」
「そうさな。強いて言えば、私に逆らったから。いくら我が現し身といえど、堕天には十分すぎる理由だろう」
男の声の調子に変化はない。最初から一貫している、あのいかにも高潔でいかにも清廉な声のままである。
しかし、今グライクが受ける印象は、それとは全く逆。彼は、激しい怒りを覚えていた。
この高慢な男に、自分でも訳も分からない怒りを、覚えていた。
「あなたが一体どれほどの方かは存じませんが、ズーニーを解き放ってください。彼女には自由が似合う」
「おっと。君はズーニーの何を知っているのかな?」
「知りません。知る必要もありません。あなたに彼女を縛り付ける理由がないと知っただけで、十分です」
「はははは、一本取られたかな。ま、自由にするのは簡単さ。三つの願いを叶えさせればいい。それが、封印を解くたった一つの方法だ」
「そうですか。なら--」
すぐさま指環を取り出そうとするグライクに、白い男はこう付け加えた。
「ま、封印を解くと、ズーニーは消え去るんだけどね。それを自由と言っても間違いじゃない」
「……消える?」
「ああ。現し身はもういらないからね。本体の私が魔力の供給をやめているのだから、もちろん現界し続けることなどできずに消え去るだけさ。今は、指環に縛り付けることで存在が維持されているに過ぎない」
もはやその目に完全なる怒りを込めて、グライクは白い男を見ていた。
「出てきて、ズーニー」
「--はい、ご主人様。なんでも願いを叶えましょう。最後の一つ、ですよ」
「ははは、そう、自由にしてあげるんだね。さあ、何を願う?」
ズーニーを一顧だにしない白い男を無視して、グライクは最後の願いを口にした。




