21.竜殺しを成し遂げて、その血を浴びる
竜剣ヤオヨロズによる強化の制限時間は、わずか三十秒。そのことを感覚的に悟ったグライクは、急ぎ討たんとボスワームを正面に見据えて駆け出した。
唯一と思われた特有の弱点は幻。であるならば、次なる狙いは、全生物共通の弱点たる心の臓へとごく自然に定められた。
といっても、その位置は定かではない。人と竜とでは体の作りが大きく異なるからだ。
畢竟、攻撃はそれらしき場所への総がかりとなる。行動不能となっているヤマトナとファムファを除き、百二十体のマシンマルは陽動に回り、グライクはその陰に隠れてボスワームの死角から接近する。
「この辺か?」
「左様、手当たり次第斬られるが宜しかろう」
人で言う胸の辺りに取り付いたグライクが、竜剣ヤオヨロズを振り上げた。
「ふぅぅ!」
精一杯の力で振るった剣は、グライク自身も思ってもみなかった速さで、堅牢で知られる竜の体をあっさりと切り裂いた。
それが二度、三度、四度と繰り返され、瞬き一つの間にいくつもの傷が刻まれた。
「グゲエエエエエ!!!!」
痛みに叫び悶えて七転八倒するボスワームに巻き込まれないよう、グライクは一度飛び退いた。
ボスワームの埒外な巨大さ故、まだまだ心臓に刃が届てはいない。それでもかなりの深傷を与えたのは、今の大袈裟な反応からして明らかだ。
「効いてる効いてる! この調子で続ければいいかな?」
「遺憾ながら、戦とは左様に甘からじにて」
調子に乗りかけたグライクにヤオヨロズが忠告した矢先、ボスワームは大きく息を吸い込んだ。いかに経験の浅いグライクであっても、強制的に大いなる危険を察知させられる。
「まさか……竜の息吹!? マズい!」
竜を魔物の王たらしめる理由の一つが、このブレス攻撃にある。竜の種族によって巻き起こす現象は様々ではあるが、必ず共通して途方もない威力を持つ、破壊の技。
このワーム種のものは、致命的な毒を撒き散らすタイプであった。死の息吹が、広大なボス部屋を満たしていく。
「この色、毒か! やばい、俺は大自然の祝福を使えばいいけど、ヤマトナとファムファは動けない! ど、どうしよう?」
「若様! ファムファはこのヤマトナが運びます。毒息が部屋を満たす前に、一刻も早く彼奴にトドメを!」
「分かった!」
ヤマトナの叫びに応えて、グライクは剣を握り直す。もはや一刻も猶予はない。今度はたとえ攻撃を受けようが倒し切るまで不退転の覚悟を決め、ボスワームの懐へと肉薄していく。
「クゴゴゴゴ!!!!」
飛びかかるグライクに向けて直接毒の息が吐きかけられるが、事前に体に振りまいておいた大自然の祝福により対抗。死に満ちた真っ只中を突破して、グライクはボスワームの心の臓目掛けて剣を振りかざす。
「うわあああああ!!!!」
裂帛の気迫をもって無我夢中で斬り続けていくと、やがてボスワームに刻まれた傷の奥に、赤く脈打つものが見えた。
「これだ!」
ついに心臓を見つけたグライクは剣を持ち直し、突進の構えをとる。そして、ここに来て自身の末路に気付いたボスワームが逃げようとするところへ--
「食らえ!」
全身全霊の突きが心臓を捉え、剣は深く深く突き刺さる。そして、巨体のボスワームの体を支えてきた心臓からは凄まじい勢いで血流が溢れ出て、グライクの全身に浴びせられた。
やがて、刺さっていた剣が抜けて支えがなくなると、グライクは遥か遠くまで吹き飛ばされ、部屋の壁に激突した。
「若様、若様! ああ、なんということ!」
背負っていたファムファを投げ捨てる勢いで放り出すと、ヤマトナはいくらか残る竜の毒などまるで気にかけず、倒れたグライクへと一目散に駆け寄る。
竜の熱い血潮によってかジュウジュウと湯気が上がる中、グライクは気を失っていた。
「お気を確かに! いま薬を」
ヤマトナは抱きかかえたグライクの口に瓶をあてがい、一族に秘伝の解毒薬を飲ませる。その間に、全身を浸していた竜の血はみるみる乾いていった――あたかもグライクの体に吸収されたかのように。
「……ごほっ、ごほっ!」
「お気づきになられましたか! ああ、よかった!」
息を吹き返したグライクは、ふと違和感を覚えて自分の全身を見る。竜の血はすっかり乾き切っており、不思議と匂いも残っていないが、何かが前とは違うとはっきりと感じ取れたのだ。
そんな態度を不思議に思い、すわ何事かと慌てたヤマトナがグライクの体をベタベタ触って改めるが、どこにも異変はない。
が、実は一つだけあったのだ。あれだけの戦いを終えた直後だというのにかすり傷一つすらないという異変が。
「ん? なんか妙に体が軽い? どこも痛くないし」
「はっ!? まさか、すでに致命傷で痛みを感じないのでは! おおおお、なんということ! しくしくしく」
「だ、大丈夫だよヤマトナ。そういうのとは違くて、なんかこう、力が溢れるというかさ」
「た、確かに、以前の若様とは全身に溢れるオーラが違います。いえ、もちろん以前も高貴なるオーラに満ち溢れておりましたが」
「りゅ、竜の血を浴びたからニャ。きっとそうだニャン」
二人が振り返ると、そこには這いずってきたファムファがいた。なんとかここまでは来れたが、ヤマトナに放り投げられた時のダメージが甚大だったらしく、目を回している。
「竜の血のせい? え、竜の血を浴びると、どうなるの?」
「き、き、聞いて驚くニャ? 竜の血を浴びた者は……もう人間じゃなくなるニャ。全身の気穴から魔力が溢れ出て、ちょっとやそっとのことじゃダメージを受けなくなるニャ」
何故か暗い口調で語るファムファの言葉に、グライクとヤマトナはどう反応したら良いか分からず、顔を見合わせたのだった。




